02
病院に着くと、先に到着していた蓮が名前を見つけ声をかけた。
「名前ちゃん!こっちだ」
「お兄さん…!」
「よく来てくれたな。ありがとう、雅貴に代わって礼を言うよ」
「お兄さん…私…わたし…ッ」
気丈に振る舞っていた鎧が外れ、名前は崩れそうな身体で蓮に縋りつくと堰を切ったようにぽろぽろと涙を溢した。
「ぅう…っ」
不安だった、雅貴がいなくなったらどうしよう、失ったらもう生きていけないと思ってしまった。
自分を愛してくれる体温もその低い声も、優しい笑顔も見られなくなるかもしれないと思ったらこの世界に一人取り残されたようで恐ろしくて仕方なかったのだ。
「おっと…落ち着いてくれ、雅貴に見られたら怒られる」
「っ、うっぁ、ひっく…」
「こんなに愛されてる雅貴は幸せ者だな。今、治療してるけど1番大きいのは頭を縫うくらいだってさ。出血はかなりあったようだが、事故の規模よりずっと軽傷だ。」
「っほんと、に」
「ああ、本当。」
「…ぅ、よか、った」
美しい涙を流しながら恋人を想い取り乱す名前に、蓮は無意識のうちに優しく頭を撫でる。
「あっ、悪い。これはマジで雅貴に殴られるやつだ。あいつには内緒な?」
「…っ、ふふ。いえ。ありがとうございます。すみません、取り乱してしまって。」
「いや、気にしなくて良いよ。」
落ち着きを取り戻した名前は涙を拭うと蓮から離れた。
「名前ちゃんには絶対に伝えなきゃと思って。雅貴の大切な人だしな。」
「ご連絡と病院の住所、ありがとうございました。お陰ですぐに来られました。」
そんな会話をしていると、手術が終わった事と病室番号が伝えられる。
蓮の後ろに続いて病室に入ると、穏やかな寝息をたてる雅貴がいた。
生きている。雅貴を失わずに済んだのだ。
その手に少し触れれば、温かい彼の体温を感じてまた涙が溢れる。
「雅貴…っ」
「まったく、心配かけさせやがって」
「…っはぁ、心臓が止まるかと思いました…」
「俺も、最初聞いた時は本当に焦ったよ」
暫く蓮と会話をしていると、握っていた雅貴の手がぴくりと動いた。
名前が顔を覗き込むと、雅貴はゆっくりとその瞼を開いた。
心配そうな顔で覗き込む兄と恋人の姿をその目に映すと真っ先に雅貴は掠れた声でこう言ったのだ。
「ん……っ、蓮…名前…?…あいつらの、大会、どうなった」
開口一番に教え子の戦績を気にする雅貴に蓮と名前は顔を見合わせると、次の瞬間笑いあった。
◆
蓮に風舞の結果確認を任せ、病室は雅貴と名前の2人きりになった。
「心配かけて悪かった。」
「もう、雅貴のばか…死んじゃったらどうしようって怖かったんだから」
「本当に悪かったよ。ごめん。」
「もう2度と心配させないで…私の前から消えようとしないで…」
「ああ、約束する。」
しばしの沈黙の後、見つめ合えば唇を重ねる。
窓からさす夕陽が口づける2人を照らした。
「んっ、」
「はっ、んぅ」
角度を変えながら何度かキスを繰り返すと、名残惜しそうに離れていく。
雅貴は息を吸い、何かを決心したような真剣な表情で口を開いた。
「なあ名前。結婚、しないか」
「え…」
真っ直ぐに見つめられ、名前は瞳を逸らすことが出来なかった。
「もっと名前と一緒にいたい、これからも色んな初めてを積み重ねたい。」
「…っ」
「出会って、付き合ってからも名前の事がどんどん好きになっていく。愛しくて仕方がないんだ。名前の事をちゃんと側で守りたい、俺の手で幸せにしたい。だから、名前のこの先の人生を俺にください」
息を呑んだ。
真っ直ぐ瞳を見つめながらそう言う雅貴は、弓を引いている時と同じ眼差しで名前を射抜く。
断る理由などなかった。
名前もまた、雅貴とずっと一緒に居たいと思っている。
好きで好きで、愛していて、この想いをどこにぶつければ良いのか分からないほどに愛していた。
「はい、喜んで。私のこの先の人生、全部雅貴に貰って欲しい。」
「…っ、ありがとう。」
ゆっくりと雅貴の腕に抱きしめられる。
耳元で聞こえる彼の鼓動は早い。
「後日ちゃんとした所でやり直しさせてくれないか?病室じゃムードも何もあったもんじゃない」
「別に私はシチュエーションなんて気にしないけど…雅貴が気になるなら。」
「気になるからやり直させてくれ。でも返事は変えないでくれよ?」
「そんなの、変わるわけないじゃない」
「はぁ…名前、好きだ」
「私は愛してる」
「何だずるいぞ、俺だって愛してる」
優しく微笑みキスをする2人は、未来に向かって歩き始めたばかりだ。