あなたと共に
『神前式をするなら私が斎主をやってもいいけれど、どうする?』
神前式を挙げたいと話をした際に母から出た言葉がそれだった。
その言葉に甘えさせてもらい、雅貴は自分の神前式の斎主を同じく神主の実母にやってもらう運びとなったのだ。
神前式の当日。夜多神社には両家の親族が集まっていた。
名前はこちらが地元ではないし、友人に来てもらうのも遠くて忍びないからと互いの親族のみの式に落ち着いた。
「雅貴」
「名前。ああ、本当に綺麗だ。似合ってる」
「ありがとう。雅貴はいつも和服を着てるからより馴染むね。凄くかっこいい」
「確かに着慣れてはいるけどな。でもいつもよりずっと緊張してるよ」
「雅貴でも?それなら、私が緊張するのも当たり前よね。朝からずっとドキドキしてるの」
白無垢を着た名前は息を呑む美しさだった。
白い肌に紅を引いた唇が目を引く。
するりと細い首筋を雅貴の手が滑ると名前は幸せそうに笑みを浮かべた。
「ふふ、くすぐったいよ」
「こんなに綺麗な女性が自分の妻だなんて未だに信じられないな」
「急にどうしたの…いつもと変わらない私だけど?」
「いつも綺麗だが、今日はとびきり綺麗だから落ち着かないんだ。」
「私だって落ち着かないわよ。雅貴、めちゃくちゃかっこいいんだもの」
「名前にそう思ってもらえてるなら嬉しいな。よし、行くか」
「うん」
雅貴は名前の手を取り母屋を出る。
外で待っていた斎主である実母は2人の顔を見ると柔らかく微笑んだ。
「雅貴、名前ちゃん、2人ともよく似合ってるわ」
「母さん、今日はよろしくお願いします」
「お母様、お世話になります」
「気にしなくていいのよ、2人の晴れ舞台なんだから一肌脱いじゃうわ。名前ちゃん、雅貴と家族になってくれてありがとう。これからも雅貴をよろしくね」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
「それじゃあ、行きましょうか」
斎主に続いて本殿へと向かう。
幼い頃から見慣れた夜多神社も今日だけは別の場所のように思えた。
◆
神前式を終えた後、神社の母屋では二次会のようなものが開かれていた。
身内だけの式ゆえに披露宴は無しにしたのだ。
「雅貴と名前ちゃんもこれで晴れて夫婦か」
「籍はもう入れてたけどな」
「いやー、それにしても感慨深いな。雅貴が俺に相談してきたあの日が懐かしいよ」
「相談って…?」
「名前ちゃんに逃げられた時の雅貴の落ち込み様は酷いもんだったぞ?」
「蓮、どの締め技がいいか言ってみろ。選ばせてやる」
「雅貴とお兄さんは相変わらず仲良いね」
「雅貴はつれないけどなぁ。塩対応される兄ちゃんは寂しいぞー」
「はぁ、お前もう酔っ払ってるだろ」
「祝いの席なんだしたまにはいいだろ?ほら、名前ちゃんと雅貴の結婚に乾杯」
「まったく仕方ないな、乾杯」
「ふふっ…はい、乾杯」
注がれたビールを一口飲み込む。
アルコールが体内を巡る感覚は久しぶりで自分も蓮と同じく早々に酔ってしまいそうだ。
神前式も無事に終えて気持ちに一区切りがついた。
改めて雅貴が夫で蓮が義理の兄なのだと思うと何だか不思議な感覚である。
暫くして仲睦まじげに談笑する3人を見守っていたらしい名前の両親が頃合いを見てこちらにやってきた。
「名前、おめでとう。凄くいい式だった」
「父さん、母さん。ありがとう」
「雅貴くんと会うのは結婚の挨拶に来てくれた時以来だね」
「お義父さま、お義母さま、この度は遠い所からお越し頂きありがとうございました。名前さんの事は私が責任をもって幸せにします」
「そんな畏まらなくていいのよ雅貴くん。娘と雅貴くんが幸せそうにしてるだけで嬉しいんだから」
「雅貴くんになら娘を任せられると思っているよ。自由で抜けてる所のある娘だが、どうかこれからは夫婦として仲良くしてやってほしい。」
「ちょっと父さん、抜けてるって何よ…」
「はは…確かに名前はちょっと抜けてるというか天然な所がありますね。でも、そんな所も俺は可愛いと思ってます。」
「雅貴まで…もう」
「そんなにむくれるな。ほら、可愛い顔が台無しだぞ」
両頬を軽く摘んで横に伸ばした雅貴が軽快に笑う。「リスみたいだ」と小声で呟いたのを聞き逃さなかった。リスみたいにしているのは雅貴だろう。
「ばか、まひゃき」
「ふっ…あはは!すまんすまん」
楽しそうに笑うと、雅貴の手が頬から離れた。
いつも通りの距離感で彼と話す様子を両親に見られていると思うと何だか気恥ずかしさを覚える。
「名前、よかったわねこんな素敵な人と出会えて」
「うん。本当に、自分には勿体無いくらいなの。」
「俺の方が勿体無いくらいですよ。名前さんは聡明で優しくて、それでいて綺麗だ。」
「雅貴くんみたいなイケメンにそんな風に言ってもらえると娘のことなのに嬉しくなっちゃうわね」
「名前、何か困ったことがあれば遠慮なく連絡しなさい」
「雅貴くんと幸せになるのよ」
「うん、ありがとう。2人もね」
名前の両親が座席に戻った後、幸せそうな笑みを浮かべた雅貴に手を握られる。
「名前、俺と家族になってくれてありがとうな」
「ううん、こちらこそありがとう。私、雅貴と出会う前は結婚はしないかもって思ってたから奇跡みたい。」
「名前との出会いは運命みたいなもんだったからな…俺も同じだ」
お互いに一目惚れをし、色々あったが想いを通わせてこうして家族になれた。
皆に祝福されながら彼の家族として認められた事が嬉しくて胸がいっぱいになる。
「雅貴、これからもよろしくね」
「ああ、よろしく。俺の可愛い奥さん」
見つめ合うと無意識に2人の顔が近づく。
瞼を閉じれば軽く唇に口付けられすぐに離れていった。
無意識の行動にはっと我に返った名前は己の顔が熱くなっていくのを感じた。
目の前の雅貴も同じく無意識の行動だったようで、珍しく頬を紅く染めて片手で口元を隠している。
互いの両親は雅貴と名前の仲がよくて何よりだと言いながら酒を酌み交わし、その他の親族は新郎新婦の様子に呆けていた。
蓮が雅貴お前いくら嫁さんが可愛いからって見せつけるなと騒ぎ、雅貴が恥ずかしさを紛らわすように抗議する。
騒々しいその空気に思わず笑ってしまった。
「幸せだな…」
ぽつりと言葉を溢す。
これからも彼の隣で支え合いながら生きていきたいと改めて思う晴れの日だった。