08 アマリネの独白
AM4:00 雅貴は自然と目覚める。
今日は仕事が休みだというのに、どうやら生活リズムというのを身体が覚えているようだ。
唯一いつもと違うのは隣に愛おしい温もりがあり、お互い裸だということだけだった。
隣ですやすやと眠る恋人の姿を確認する。
昨晩は初めて彼女と身体を重ねたのだった。
掛け布団から覗く白い肌が眩しい。
その首筋には己がつけた鬱血痕がいくつも浮かんでいる。
彼女の初めての男になれたことが嬉しかった。
この愛しい存在を手離すつもりはない、最初も最後も自分が貰うのだ。そんな気持ちで首筋に痕をつけてしまった。
「独占欲ってやつか。」
彼女は雅貴の手で乱れに乱れた。
初めてとは思えないほどの乱れ様に自分も欲が止まらず結果として激しく抱いてしまったのだ。
奥を突くたびに漏れる気持ちよさそうな喘ぎ声と、快楽に溺れ紅潮し己にしがみついて絶頂する名前の様子をありありと思い出してしまい、また下半身の熱が緩やかに上がるのを感じた。
これ以上彼女に無理はさせられない。
雅貴は恋人を起こさぬ様にそっと起き上がると、その熱を処理するべく一人浴室へと向かった。
-アマリネの独白-
ふわりと香るコーヒーの香りに意識が浮上する。
「んん……」
寝ぼけ眼を擦り、少し目を開く。
共に寝たはずの恋人の姿は隣には見当たらない。
コーヒーの香りがするということは、どうやら今日は仕事が休みのようだ。昨晩はそんな確認もせず、雅貴と初めての夜を迎えた。
身体を重ねる事がここまで気持ちいいとは思わず、かなり乱れてしまった自覚がある。
彼の熱く大きなものを受け入れていたそこが、なんだか疼く。まるでそこに入っていない事がおかしいみたいな感覚だ。
「ま、さ、、き」
恋人を呼ぼうとするが夜に声を出しすぎたせいで蚊の鳴く様な声しか出なかった。起きあがろうにも、身体も重く腰が痛い。
それでもなんとか起きあがろうとベッドに両手をつき、体勢を整える。
「…ッい、たっ!」
腰が痛い、腰もそうだが、足の付け根が1番痛む。当たり前だ、昨日あれだけ激しく抱き合ったのだから。
「名前…?起きたか?」
痛みで漏れた声に気がついた雅貴がリビングから顔を出した。腰の痛みに返事が出来ない。
「っ……う」
「おはよう。身体、痛むか?昨日はすまなかった。初めてなのに激しかったよな…」
「ん、いいの、大丈夫。」
雅貴は申し訳なさそうに眉を下げ、背中と腰をさすってくれる。そのうち痛みが少し和らいできた。
「ありがとう…多分起きれる」
「無理するな、抱き上げようか」
「ううん、いい。」
申し出はありがたいが、裸で抱き上げられるのは恥ずかしいので断った。
そして何とか浴室に辿り着き湯を浴びれば少しばかり頭も身体もすっきりとする。
この身体の痛みも雅貴と繋がれたことの証拠だと思うと愛おしいものだ。
初めての行為は最初こそ少し痛んだものの、最後には快楽でところどころ記憶が飛んでいた。
次はちゃんと全てを覚えていられるだろうか、そんな事を考えながら身体を清めた。
◆
数日後、夜多ノ森弓道場には弓道部の面々が揃っていた。
今日は学校の事情で弓道場が使えないのだと言って、雅貴が1人弓を引いていた所に尋ねてきたのだ。
「ほんと、弓馬鹿ばかりだな」
自分が恋人に弓馬鹿だと言われたことは棚に上げてぽつりと呟いた。
「あれ、マサさんそれどうしたの?」
「ん?何がだ?」
そう言った湊の指先は、弓を引くために肌ぬぎをしていた雅貴の左肩あたりを指していた。
「背中と肩、引っ掻き傷が凄いよ。何かすごい痛そうなんだけど…」
その言葉に雅貴は思わず動きを止める。
それはこの間、名前が破瓜の痛みに耐えた際にたてた爪痕と、快楽で前後不覚に陥った際に彼女に引っ掻かれたものだった。
あれから少し日数が経っていたし、何より1人で弓を引いていたので油断していたのだ。
まだ傷が完全に治っていない事を雅貴はすっかり忘れていた。
しまったな、さてどう言ったもんか。
「ああ、この前子猫に引っ掻かれたやつだな。もう痛くないから大丈夫だ」
「マサさん猫なんて飼ってたっけ?」
「いや?近所の猫な。」
「ふうん、そっか。もう痛くないなら良かった。でもちゃんと治した方がいいよそれ」
「ん、ありがとな湊。」
適当に嘘を言ってその頭をわしゃわしゃと撫でれば純粋な湊は雅貴の嘘を信じたようだった。
背後にいる静弥は怪訝そうな顔をして自分を睨みつけているが、まあいい。
何があるか分からないし、名前を抱いた後は暫く肌ぬぎしなくても済むようにしないといけないなと思い顎に手を当てる。
「ねえマサさん、最近何かいいことあった?」
突然に湊が言う。雅貴はその問いに首を傾げた。
「何だ湊、唐突に」
「いや、何か前と比べて嬉しそうっていうか、雰囲気が少し変わった気がするんだ。より柔らかくなったっていうか…なんだろ?」
「あ、なんか分かるかも!最近のマサさん笑顔増えたよね!」
湊に続いて遼平が会話に乗っかる。
「お前ら何言ってんだ、マサさんはいつも優しいだろうが!」
「かっちゃん熱すぎ。でも俺もなんかわかるよ、幸せそうな感じ?マサさん、もしかしてこれ?」
七緒がそう言いながら小指を立てる。
雅貴は参ったなと思いながら髪をかき上げた。
そこまで観察されているとは思わなかったのだ。だが、たかがコーチの私情など彼らに教える必要もなく、この場は適当にはぐらかして乗り切るしかない。
「いや、特に何もないぞ?気のせいじゃないか?そんなことより練習するんだろ。6時にはここ締めるからな。」
「って、あと少しじゃん!早く弓引こう!」
「あっ俺も俺も!」
「何かはぐらかされた気がするな…」
「マサさんが言うんだからそうなんだろ」
わいわいと騒ぐ高校生を微笑みながら見つめる。
静弥だけはこちらへ近寄ると、いつもの落ち着いた静かな声で雅貴に言う。
「肩の傷、子猫とか嘘ですよね。滝川さん、あなたは一応高校弓道部のコーチなのだから、あまり部内の風紀を乱さないで貰えますか。」
「んー?いや、俺は別に何も乱してないだろ…ほら、俺のことなんていいから、行った行った」
相変わらず勘が鋭いなと思いつつ、何でもない風におどけて手をひらひらとする。
名前のおかげで自分は今ここにいて、この子たちに弓を教えている。
弓引きを辞めなくて良かった。彼女が好きだと言ってくれた自分の弓を、これからまた探していきたい。
彼女と初めて出会ったこの道場で、雅貴はまっすぐに霞的を見つめていた。