第01話〈昼下がりのジャック・ナイフ〉
____春はまだ浅きアフタヌーン。時刻は13:15。
ここジャポン国イーストシティ
スーパー・マーケット〈ブルジョワ〉で、事件が起こる。
海外輸入物の多くが陳列されている店に、その少女は疎外されているようだった。
少女はチューニング・エイジであるにも関わらず平日はもっぱら普段着で街を行き、暇を持て余す。
ショートパンツ、スタジャンを羽織り、合皮のブーツに、ショートカットが揺れると見える、ゴールドリングと首元のタトゥー。
それはよく見れば不恰好な造形だ。
まつ毛やリップはあたかも“そうである”という偽装で、一方で口元から鳴る咀嚼の仕草は拙いと言えよう。
すれ違い様にあてがわれる多種多様な視線に気づかないでいてこそ完璧で、闊歩することでもっとそれに近づけた。
ピカピカと際立つ白いタイルの艶の中で、浮いた色。かつてスケートリンクだと思っていた頃の私は、幸せだったっけ。
今では目的が果たせればくすんでいようがどちらでも構わない。テレビも、フライパンも、歯ブラシも、同じことがいえよう。
開いた冷蔵ショーケースはトマトジュースを沸騰しそこねて、しばし体内へと注がれる。
今日はどうも暑い。さしずめ、春の陽射しとやらが舞い込んでいるのだろう。
《いつも通り、慎重に・・・》
少女は手際よく懐に。今更だが、この日に限ってスタジャンは流石に違和感がある。いつもに増して視線が多いのはそういうことだ。
違和感に視線を当てられるのはこれといって不思議ではない。
だが、自身と目が逢うモノにおいては嫌な予感しかしないのはどうしてであろうか。
恰幅のいい男の目が、一心に自分の眼だけを見ているような気がしてならない。それはを
やがて、手招きを始める。背中からの濁流に押し流されるように少女は前進するが
枝にしがみつくことが出来るかを考えていた。
このままでは餌食になってしまうのが目に見える。
“逃げるしかない。大丈夫。相手はきっと鈍足の亀”
店主の体型がおのずからそう見えた。
何を思ったろう。踵を返したとき、コーナーを右に曲がった時、否。このスケートリンクを走った時のような無意識さを思い出す。
流れるプールは右にしか回らない。その中で一人でも逆走しようものなら。そんなことは考えない。
ただ、流されていたくはなかったのだ。
コーヒーの苦さも、香辛料のツンとくる匂いも、赤い液体や青ざめた悲鳴も。暗闇の中にいれば慣れてしまえるのを知っていたから。
男は入り口へに待ち伏せている。何を待っているかは察しがついた。それは男が見たものである。
男が見るモノは、無為にたじろいで現れたり消えたりした。
出口が無いのならば残されるのは降伏である。悪足掻きも呆気なく、生きようと足掻けどもおよそ与えられた時間には逆らえなかった花のよう。ポトン、重く疲れ色を失い、枝先から丸ごと落下していくのだった。
「お前、初めてじゃないな?」
「・・・・・」
「なまえは?」
「・・・・・」
「もしもし、店の管理してるモノですが“万引き犯”を捕まえまして____」
途端、スタッフルームから飛び出した少女。
背後の叫び声から遠ざかる、これぐらいの距離があれば店の外に出られるはずだ。店主が少女の行動を予測し、もう一人の男を入り口に配置さえしていなければ・・・。
「残念だったな」
そこまでは予想しているわけがない。予想できるのは、いつも観察していたろうその店主であったからだ。
だが、護身用に持ち歩いていた折り畳みナイフが、今がこの時と表に出される。
「お嬢ちゃん、そんなものどこで手に入れたんだい。さ、渡すんだ」
「近寄ったら殺すよ。そこを退いてあっちまで歩け!早く!!」
出口を開けるよう煽動している最中だった。
背後から右腕を掴まれ、ナイフが床に落下した。
「畜生!!離せよ!触んなバカ!!」
全身を駆ける悪寒。
右足を勢いよく背後に蹴りだし、あまつさえ、急所を目がけた。蹴り飛ばしていた置物のようにはいかない。バッドが自身を握るものを振り解くには力が及ばない。
「バカが、こんなナイフじゃ死にはしねぇよ」
拾った男の手の動きに吐き気を催す。
「ねえ、触らないでっていってるでしょ?」
店主の顔に付着した液体。
店内は一瞬、音を失う。
「このクソガキが、調子に乗りやがって!てめぇみたいなのがいるから世の中は迷惑してんだ!」
店主の鼓膜を貫かんとばかりの怒声。
皆が沈黙し続ける中、胸ぐらを掴まれる少女は、決して視界には入れてやろうとはせず。口角を上げながらせせら嗤った。
「くっさ。もう虫の息っていってんの。服が伸びちゃうから汚い手離してくれない?」
血眼赤面。およそこの男は、理性を半分持って行かれているのだろう。ヒステリック講釈。限りなく耳障り。そう思って視界を閉じ、ただ耐える。
「大人を舐めてるんじゃないぞ!!」
「ナメる?あんたナメるくらいなら道に落ちたガム噛んでる方がマシ」
「このっ・・・・」
「店長!」
「嗅覚と聴覚の暴力はやめて!セクハラじじい!」
店内に充満する不穏の空気は、どちらかというと男から発せられていた。距離をとっていた客達はオドオド動き始めた。
棚の隙間に戻る品物。開いては閉まる自動ドア。
「店長、子供相手にムキにならないでください。あとは警察に任せましょう」
「このガキみといてくれ、外で一服してくる」
「おい。こっちこい」
二度目のスタッフルーム。
ドア閉められると同時に、1つの空間となると男は頓狂な事を言ってみせた。
「いい身体してるなぁ」
「・・・・」
「おい、どうした?生きてるか?」
「触んな、気持ち悪い」
「いきがいいねぇ」
「っ!!!この!!」
“ガチャッ”
振り返ると、予期せぬ黒服の男が一人。
「おい、ここは部外者立ち入り禁ッ・・・!」
ドスッ。
失った声の代わりに、血が吐き出された。刺された箇所は右肺。
室内の沈黙は僅か5秒。何がなんだか分からない。開け放されたドアの向こうからやってきた店主が、その光景を見て喫驚すると、再び銀の光が心臓に目掛けて飛んだ。ピカピカの白い床に拡がる、赤。その上に立ち、ナイフを抜き取る。次に懐からハンカチを取り出しそれを拭き取ると、監視カメラのビデオテープを破壊した。
そして去り際に一言。
『盗むならもう少し上手くやるんだな』
男は全く奇天烈だった。
このスーパー・マーケットに赴くには、頗る相応すぎたからだろう。そう、矛盾の一欠片だって感じさせなかった。取り乱すことない姿勢や声色からだって、道理に適っている。
ミチチ、ミチチ。赤い足跡を残しながら、自動ドアの開く音。
目先に突っ伏す男の背に折り畳みナイフ。
少女はそれを抜き取った。
“死んだじゃん”一言。
店内のタバコを持てるだけくすね、直ちにそこから去った。
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