決意を胸に
「…お前はそろそろ自分の部屋に戻れ」
「…ここで寝るのは?」
「ダメだ」
「むぅ……」
夜が大分深くなった頃、私は消太くんの部屋にお邪魔している。
仮免試験が終わって、それからの記憶がないということはきっと予期していた通りヨミが動いたのだろう…意識が戻った時にはもう自室で眠っていた。
結果どうなったかはわからないけれど、消太くんの部屋を訪れた際、変な反応はされなかったからきっと何も無かったのだろう…少しだけ安心して合格したことを理由にたまには甘えたいと少しわがままを言った所、渋々仕事の邪魔をしないことと少しの間だけというのを条件に居座ることを許してもらえた。
そんなわけだから時計を見て確かにそろそろ戻った方が良いのかな…とか、わざと寝落ちしてしまおうかとか少し考えていた所、突然通信音が鳴った。
『オイ、イレイザーヘッド!オタクノ生徒がグラウンド・βニイルゾ!監督不行届!!責任問題叱ッテ来イ!』
「まじかよ…」
『マジマジ』
私も時間外にここに居るべきでもない人間の一人な為、知られてはいるだろうけれど通信が切れるまで黙って聞いていたけれど、話を聞く限りどうやら寮の外に出てグラウンドに居るのは王様と緑谷くんらしく、消太くんの顔がどんどん険しくなっていく…。
「日詠、散々言うがお前はもう部屋に戻って寝ろ…俺はあいつらを叱ってくる」
「…一緒に行くのは、」
「ダメに決まってるだろ、何言ってんだ」
「だよねぇ…」
分かってはいた答えだけどなにぶん随分長いこと寝ていたから眠気はない…その事はまだ消太くんに言える事ではないから言わないけれど、部屋に戻った所で眠れる気はしない…そもそもあの二人がまた問題を起こしているというならそれこそ気になってしまって眠れない気がする…。
そして何よりも、私はまだ消太くんに再び記憶が無くなっている事実を伝えられていない…。
「…もう少し起きてたいな…」
「…今日は本当にどうした?」
「…どうも、しないけど…」
「………はぁ、分かった…緑谷と爆豪達を連れ戻したら必ず部屋に戻る事、どうせアイツらはケンカして怪我してんだろ…お前は2人の手当てをする準備をしておけ」
「!分かった」
消太くんと共に部屋を出て、私は救護室に向かい救急箱を出しながら1つ息を吐いた。
消太くんに言うタイミングが見つからない…あったとしてもどう切り出したらいいのか分からなくて、きっと私は尻込みしてしまうだろう。
…それなら言わないという選択肢もある。
いつどんな記憶が消えるかも分からない以上、迷って立ち止まる時間なんてきっと私には残されていない…いずれは消太くんにも分かる違和感も出てくるだろう、何も言わない事は叱られてしまうかもしれないけれど…。
「…今私が出来ることを…」
考えるしかない、最善の道を推し量れ。
今まで私は何をヒーロー達に教えられた?
また記憶を全て失ってしまう前に、自分の中の"絶望"という名の激情に黒く塗り潰される前に…遺せるものは遺さなくては。
───例えこの命が燃え尽きるとしても。
救急箱を抱えながら瞼を閉じてまた一つ息を吐く。
やる事が決まったならまず今出来る事を考えなくてはいけない…この先の私が絶望しない方法を、今の私の記憶をできる限り遺す方法を…。
思考が巡る中ガチャリと扉が開く音がして振り向けば消太くんが一人で頭を掻きながら入ってきて思わず首を傾げる。
「?あれ、緑谷くん達は…?」
「オールマイトに呼び止められてな…2人を止めて連れてくるそうだ」
「オールマイトが…」
「お前は何でそんなとこで救急箱抱きしめて突っ立ってんだ」
「あー…いや、今日の試験の反省点をちょっと…」
つい口に出した咄嗟の嘘だったけど「あ」と思ってももう遅く、消太くんがものすごい剣幕でこちらを見ていて冷や汗が伝う。
「そうだな、その事で少し説教しようと思ってたんだ…寝る気が無いなら丁度いい、緑谷と爆豪をオールマイトが連れてくるまで話をしよう…座れ」
「ハイ………」
その後宣言通りオールマイトが緑谷くん達を連れてくるまでの間、私は床に正座して消太くんに感情のコントロールが甘過ぎる事を長々と説教された…。
自分でも思ってた事だし、もっともな話だから何も言えない…何も言えないけどちょっと泣きそうである。
暫くしてオールマイトに連れ戻された緑谷くん達が部屋に入ってくるなり説教されている私の情けない姿にギョッとした顔をした。
そこで一旦説教は止まって消太くんに言われるまま、個性を使わずに2人の…相当激しい喧嘩をしたんだろう事が伺える傷だらけの顔を中心に、まず用意していた濡れタオルで汚れを拭いてから消毒をして絆創膏やガーゼを貼っていった。
「───よし、2人とも他に怪我してるとこはない?」
「ぁ……ううん、大丈夫だよありがとう怒木さん」
「………」
「王様…?」
目線は合うけれど無言のままの王様に首を傾げていると消太くんの捕縛布が伸びてきて2人を拘束してギリギリと音を立てる。
びっくりして消太くんの方を見ればまさに鬼の形相で2人を睨み付けていて思わず「ヒェ……」と情けない声が出てしまった…私の説教の時より怒っている…。
「試験終えたその晩にケンカとは元気があって大変よろしい」
「相澤くん待って捕縛待って」
オールマイトが怒る消太くんを落ち着かせる為に2人のケンカの理由を口にし始める。
こっそりと、小声で話していた内容はざっくり言えばオールマイトが引退した事で負い目を感じていた王様の負の感情が爆発したという事…そんな彼のメンタルケアを怠ったが為のケンカだったらしい。
恐らく半分くらいは本当の事を織り交ぜたオールマイトの嘘だろう…私は知っているけれど、消太くんは知らないオールマイトの秘密…『ワン・フォー・オール』の話もきっとあるはずだ。
だって王様のカンは鋭いから…。
「……だからルールを犯しても仕方ない…で済ますことは出来ません、然るべき処罰は下します」
「………」
「先に手ェ出したのは?」
「俺」
「僕もけっこう…ガンガンと…」
「爆豪は四日間!緑谷は三日間の寮内謹慎!その間の寮内共有スペース清掃!朝と晩!!
+反省文の提出!!怪我については痛みが増したりひかないようなら保健室へ行け!ただし余程の事でなければ婆さんや日詠の"個性"は頼るな、勝手な傷は勝手に治せ!」
消太くんが一気に罰を言い終わらせ解散の流れになり、オールマイトや緑谷くん達が部屋から出て行くのを横目に手当ての為に出した薬や絆創膏などを救急箱の中に戻した。
今後の事を考えながら救急箱を元あった場所に戻そうとしたら横から手が伸びてきて救急箱が持っていかれてつい驚いてしまう。
「ぇ、あ……王様…?部屋に戻ったんじゃ…」
「…まだ出てすらいねぇわ」
「あ、そう……戻してくれてありがとう…?」
「…別に…」
棚に救急箱を戻して振り向いた王様はまたじっと私を見てきて少しだけ困ってしまう…。
「……戻ンぞ」
「はぇ…?」
ゆっくりと近付いて来たかと思えば手首を掴んで歩きだすし、困惑したまま救護室を後にする…流れるようにちゃんと電気を消すところは流石だなと思った。
強引なようで、手首を掴む力は随分と優しくて…その事に少し戸惑いながらも引かれるままについていきエレベーターに乗り込めば王様は無言で私の部屋がある階のボタンだけを押していたのでどうやら部屋まで送ってくれるらしい…。
エレベーターが動き始めたのと同時に手が離れていきポケットに入って行ったのを見たままお互いに無言の状態で階に着くのを待っていた…正直すごく気まずいので早く着いてほしいと思ってしまうのは仕方がないと思う。
「…なぁ」
「へ…?」
「……お前」
言葉はエレベーターが階に着いた音で途切れて、舌打ちが聞こえたかと思えばそのまま歩き出してしまい首を傾げたまま後ろを着いていく…どうやら本当に私の部屋まで送ってくれるようだ……え、なんで…?
訳がわからないけれど口を出せる雰囲気でもないのでそのまま着いていって自分の部屋の前にたどり着く…王様はこの短い道のりでも終始無言だった。
疑問が解けないことに小さくため息をつきながら部屋に入ろうと扉を開けたところで呼び止められて再び王様の姿を視界に入れる。
「…神野で言った時のこと覚えてっか…」
「…神野…?」
「テメェがウジウジと考えて轟の野郎と話してた時に俺が言ったこと」
───てめェらだってこいつに″居て欲しい″から救けたんだろが。お前もこっちに″居てえ″から今ここに居るんだろ、それが答えだウジウジ考えてんじゃねぇよ
神野で皆に救けられた後、焦凍くんと話していた時に王様に言われた言葉で思い出せることと言ったらあの言葉しかない…迷っていた私に答えをはっきりとくれたのが嬉しかったから、覚えている。
「…覚えてるけど…」
「…なら、いいわ…気持ちが変わらねぇなら、ぜってぇ忘れんなよ」
「?どういう…」
意味が分からず聞き返そうとして、言葉が詰まる。
王様の赤い瞳が真っ直ぐと私を見ていて、その瞳の輝きと真剣な表情から目を離せなくなった。
「俺も誰がなんと言おうが変わらねぇ」
「………」
「俺の感情は俺の、俺だけのモンだ…テメェの感情だってそうだろ」
「…そう、だね」
「テメェはなんか考えて行動するより直感で行動しろ、その方が合っとる」
言葉を選ぶように話す王様がガリガリと頭を掻いて少しだけ目を伏せたけれどすぐに目線が戻って私を見つめる。
「…もし、何かまた考え込んでンなら…手ェくらいは貸してやる」
「…体育祭の時みたいに?」
「余計なことばっか覚えてンじゃねェ!!そもそもアレはテメェが勝手に…!!」
「ふふ…ごめんごめん、声量落として」
少しだけ揶揄ったら怒る姿はやっぱり面白くて自然と笑いが込み上げてくる。
いきなり何の話をしてるのかはよく分からないけれど、ヨミに何か言われたのかもしれない…そのあたり回りくどい事が嫌いであろう彼が詳しく話さないなら私は知らない方がいい事なんだと思う。
「その気遣いを少しでも他に向けたら色々変わったかもしれないのに」
「なんか言ったか?」
「何でもありません、何でもないので個性抑えていただいてもよろしいですか」
「チッ…」
「また舌打ちする…」
何はともあれ、彼は″私が何者であったとしても″私の味方でいてくれるのだろう…私を信じた上で、間違ったとしてもきちんと怒ってくれそうな、何故だかそんな信頼感がいつだって彼にはあった。
信じてくれるというなら私もそれに応えたい。
「…ありがとね、王様」
「なにが」
「色々と」
おかげでやるべきことが見えてきた気がするから───。
「…少しだけ時間が欲しいかな」
「あ…?」
「自分の、これからやるべき事を考えるから…考えがまとまったら協力して欲しい事ができるかもしれない」
「…何するつもりだテメェ…」
「───さぁ?」
怪訝そうにこちらを睨む王様に微笑って答える。
だってまだ決まっていないのだから仕方がない…直感で決めろと先程言われたけれど頭を使わないと解決しない事もあるのだから、思考を放棄するわけにはいかない。
「それじゃあおやすみ王様、身体お大事に」
もうかなり遅い時間になってしまっているから無理矢理会話を終わらせれば、それを察したのか無言のまま来た道を戻る彼を少し見送って自室へ戻りベットへは行かずそのまま棚にしまってあった私が拾われてから今日まで書き記していた数年分の日記を取り出して机に置いた。
「───さて、と」
分厚い日記帳を読み返しながら真新しいノートに気になる点を書いていく…。
皆の為にも、私の為にも、できる限りの事はしなくてはいけない。
時間は有限…睡眠時間を削ってでも無意味になってしまう事かもしれないという不安をかき消して夜明けまでの長い時間ペンを走らせた。
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