真と虚 (後編)




───…

「多分近い内にあの子…ヨミから接触があると思う」

真剣な表情で語る日詠の言葉に多少は驚いたが静かに続く言葉を待った。

「はっきりとしたことは分からない、私の勘違いかもしれない…でもきっとあの子は私の身体を使って何かをしてる…」
「…何かあったのか…?」
「…時々、意識が無くなってるというか…多分訓練で個性を惜しみなく使ってるから寝てるんだと思うんだけど…今まで私が倒れたりしてたら皆きっと心配してくれるだろうし、焦凍くんも見たこと無いよね…?」
「ああ…」

訓練の途中も後も大した様子の変化も無く、日詠は普通に行動していたように思う…。

「私はあの子を信じてる、皆に危害を加えるような事はしないと思うけど…確証も無いからもしもの事もあるかもしれない…だから私に違和感を感じたら思いっきり取り押さえてくれるかな?」
「…お前をか…?」
「焦凍くんにしか頼めない…ヨミは多分消太くんの前だとなかなか出ないと思うし、クラスの中ではきっと焦凍くんが一番側にいる時間が長くて実力的にも…問題ないと思うから、約束してほしい」
「………分かった」
「ごめんね…我儘言って」
「いや、いい」
「……私は試験が近くなったらできるだけ皆と距離を取るよ…もしもの時の為に、多分個性を使って疲れてる時が一番危ないから…それにその方が焦凍くんも分かりやすいと思うし、もしかしたら試験の時私は限界まで個性を使ってるかもしれないからもし限界が来たら合図でも送るよ」
「合図…?」
「その場の雰囲気で適当にやる」
「……お前のその偶に出る雑さは何なんだ…」
「あはは…でもきっと雑にしてれば悟られないと思うから……後はお願いね」

そう言って微笑む顔は何も心配していない…けれど真っ直ぐに俺を見て頼んできた。

───…


そう話した数日後に皆から距離を取る為とは言えわざと人がいる場所で言いたくなかっただろう自分の出自についての話を公言するとは思っていなかったし、まさか引っ叩かれるとも思っていなかったんだが…。
いや、叩かれたのは多分本気で怒っていたんだろうけど……なり振り構っていられないぐらいあいつが疲弊していたのもその後フラついていた事で分かった、きっともうあの時点であいつの意識は失いかけていたか既に無かったかだったんだろう。

「…話す前に一つ、お前以前日詠の身体使って緑谷を本気で殺そうとしただろ、あれはどういうつもりだ」
「……殺せば、この子は自由になれると思ったのと…多分、八つ当たり…かな?」
「八つ当たりだと…?」
「緑谷クンみたいに無茶苦茶な子がもっと早くにヒーローになっていてくれたら…そしてあの地獄のような場所を見つけていてくれたら…この子も、ボクたちも…もう少しくらいまともに生きられたんじゃないかって……今思えば馬鹿なことをしたなって思うよ」

「変えられる訳がないのに」とこの世の何も信用も信頼もしていない暗い声がその場にいた者の心に重くのしかかる。
ヒーローだって人間だ、あのオールマイトですら引退までに救えなかった命もあっただろう…そんなヒーローに救われなかった命が今目の前に居て、何も信じる者はいないと言わんばかりにその瞳には絶望を写してヒーローを志す子供達を見遣る。

「……もう過ぎた事だし、今更ヒヨッコのキミ達が何かしたところであの場所で死んだ子達は戻ってこないから気にしなくてもいいよ…緑谷クンの事は謝ろう、そしてあの時日詠チャンが人殺しになるのを止めてくれてアリガトウ、轟焦凍クン」

殺そうとした割にはアッサリと、だが真面目な声で緑谷に謝罪を述べた後に目線だけを轟に向けて礼を言って少しだけ、ほんの少し…その場に居た誰もが気付かない微々たる差だがヨミはバツが悪そうな顔をして目を逸らし、重い溜息を吐く。
それと同時に緑谷は「あぁ…」と、日詠と戦った時…正確には斬りかかられた時に聞いた誰かに名前を呼ばれたのを思い出し、確かにあれは轟の声であったと納得をした…つまりは、その時から既に轟はヨミの存在に気付いていたのかと…。

「それで?伝言とは何かな」

先程とは打って変わって調子を取り戻したのか、表情も声色も淡々としたものに戻ったヨミに轟は近付き向き合うと以前日詠に言われた言葉をそのまま声に出す。

「…『必ず守るから』…だそうだ」
「────」

それを聞いて再びヨミは目を見開き固まった。
その言葉はシンプルでなんでもない、ただの意思表示のような一言…だが受け取った本人には何か特別な意味があるのだろう、次第に見開いていた目は伏せられていき悲しいのか、嬉しいのか、色々な感情が混ぜられた複雑な表情に変わっていく。

「…──そう…」

無機質な、そうでもないような声で何かを納得したかのようにそれだけ言うと黙ってしまった。
轟は日詠から頼まれた伝言の真意を知らない、だがそれが2人にとって大切な言葉だということは何となく察しがついていたからこそ、それ以上は何も言わなかった。
静まりかえる部屋に深いため息が響く。

「……ばかだなぁ……」

両手で顔を覆ってから再び金色に輝く瞳を上げてその場に居た一人一人の顔を見て何かを決心したような顔で口を開いた。

「…彼女がそう言うなら、ボクもそれに応えないといけない…キミ達があの子を信じ助けてくれるならボクはボクが完全に壊れるまでの間・・・・・・・・・・、出来る限り力を貸そう」
「それって…」
「ボクは彼らを裏切れない…裏切る気は無いけれど…自分達の情報は開示しよう、時を見て彼女の信じるヒーローにボク達が育った施設の事を話す…きっとそれも君たちヒーロー側には欲しい情報だろうからね」
「こっち側に付く気はねぇのにその話を信じろってか」
「おい爆豪!!」
「そりゃそうさ、ボクは彼らが日詠チャンと同じくらいスキなんだ、日詠チャンがキミ達を思うぐらいボクには彼らをタイセツに思っている…これだけは変えられないボクの気持ちなんだよ」

そう語る顔は見たこともない、先程とは打って変わったような穏やかな微笑みに変わっていた。
その笑みは日詠が今まで人に見せていたものとは少し違ってはいたが、その言葉が本心である事が分かる程にそれは優しく、慈愛に満ちた笑みだった。

「勿論日詠チャンの事もタイセツだから、キミ達の観察はもう少し控えるけどね」
「やめはしないのかよ…」
「真っ当に生きるニンゲンを知る良い機会だからね、やめたら勿体ないだろう?観察くらいなら日詠チャンも許してくれるさ、あの子は優しいから……さて、もう夜も遅い…疲れているんだろう?キミ達はゆっくりお休み、ボクもこの身体を返さないといけないから部屋に戻るよ」

そう言って立ち上がってから思い出したようにまた口を開いた。

「…あぁ、そうだ一つだけ…キミ達は"感情"という"個性"にどれだけ理解があるんだい?」
「…どういう意味だ…?」
「そのままの意味さ…だけどその様子だと良くは知らないという事だね、キミ達も、日詠チャンも…」

目を伏せ今度は悲しげに笑うとヨミは全員に目を向ける。

「"感情"は伝播するんだ……この意味をキミ達は理解し、よく考えるべきだとボクは思っている」
「わ、分かんねえよ!!もっと簡単に言ってくれよ…!!」
「……伝播…つまり、日詠さんの感情が私達にも影響がある…という事でしょうか…?」
「…ご名答」
「ヤオモモ!どういうこと!?」
「それは……」
「"感情"という"個性"は周りのニンゲンに影響するのさ、日詠チャンが好意を持てば周りは日詠チャンに好意を持つように感情が操作される、嫌ったりしても同じだ…そして君たちが気にするべき事はあの子がそんな"個性"を常時発動しているという事さ、無意識下ではあるけれどね」
「…お前は、俺たちが日詠の"個性"で、あいつを仲間と認識させられている・・・・・・・とでも言いたいのか」
「…そうだよ、だからキミ達は考えるべきだとボクは思った、改めて問おう、それを知っても尚変わらず・・・・あの子と接する事が出来るかい?」

その場に居た者全員の身体に汗が伝い、息を呑む。
日詠に向ける感情は全て操作された『ニセモノ』であるとヨミは語った、馬鹿げているとその場の全員は思っただろう…実際、「そんな馬鹿なコトあるかよ!?」と峰田は皆の心を代弁するように否定の声を上げた。

「そんっ!そんな事してお前らに何のメリットがあるってんだ!!」
「残念ながらあるんだよ…好意を持つニンゲンに攻撃をするような奴は少ないだろう?この力は相手が善人であればあるほど抑制力があるのさ……だからよく考えて、真摯にあの子と向き合ってほしいんだ、変わらずにいても嫌ったとしても、それがあの子には救いになる・・・・・
「どういう事だ」
「それはキミ達の答えを聞いたら教えてあげよう、ボクはまだ完全にキミ達を信頼してるわけじゃない、あの子の言葉とキミ達が子供じゃなかったらここまで話す事じゃないんだ……じっくり考えて答えを聞かせておくれ、それじゃあおやすみ、またね」
「っ待て!!」

にこりと笑って部屋に戻ろうとするヨミを轟は追いかけた。
轟以外の者はその場に固まったまま動かないのを尻目に制止の声も聞かずに歩くヨミとそれを追いかけた轟の2名のみがその場を去った。





「…まだ何か用でもあるのかい?轟焦凍クン、それともキミは他の誰よりも先に答えを聞かせてくれるの?」
「…俺は……いや、まずはお前が何をしたいのか聞きたい、何でこんな事をする、日詠の味方をするならあいつから人を遠ざけさせるような話を皆にした理由を聞かせろ」
「…はぁ……それを含めて答えを聞いたら答えるつもりなんだけど?セッカチなのは嫌われるぜ?」

嘲笑うような顔で轟を睨みつけるが、轟は臆せずに腕を掴んで離さないどころか手に力がこもる。

「答えろ…」
「…『感情は伝播する』と言っただろう、それは何もあの子から周りへ伝わるものだけじゃない…周りから向けられた感情があの子へ伝わり、そして周りへの感情を変質させる事もある」

絵の具が広がり、滲み、別々の色が混ざるように…と呟き、目を伏せた相手を轟はじっと見つめていた。

「今はそれがタイセツなんだ、なんでも良い、変わらない感情、何があっても揺るがないものが…"怒木日詠"が生きる為に必要な過程だ」
「……日詠が、生きる為……?」
「この際だ、キミにははっきりと言っておこう…日詠チャンはもうそう長くない」
「…は?」

息が詰まった、掠れた声が小さく漏れ出た。
腕を掴んだ手が小さく震え始めたのを感じたヨミは静かにその手を腕から外し、轟は外された手を下ろし一歩、二歩と足を引く。
信じられないといった顔を真実だと冷たくその瞳に映していた。

「あの子の"絶望"は『破壊』と『破滅』に自動変換されるようになっている…そう学んでしまっているんだ」
「……」
「何かを壊さなければ生きていけないのがボク達兵器だ、生きる為に壊さなければいけないのが兵器ボク達だ、だがヒーローは守るものと縛られている以上それを志すあの子は何かを『壊せない』、ヒーローの矜持を守る為にあの子は自分を壊し始めた・・・・・、完全に負のループが出来始めている」
「何を…仮に、そうだとしてもなんで…」
「いいかい、怒木日詠を蝕む破滅の引き金になる感情は"絶望"だ、この事実をあの子だけが知れば確実にその感情は強くなり今度こそ『個性の暴走』なんて言葉で片付けられなくなる、感情に塗り潰されればキミ達の知る怒木日詠に戻れない、完全な"兵器"として覚醒する…そうなれば彼女は永遠に絶望し続ける事になってしまうんだ」
「…っだから、俺達に話したのか…知った上で側にいる事を選んでも、嫌悪を抱かれても…」
「そう、どちらを選んでも絶望感は薄まる…だけど今話したことを話せば善性を持つキミ達には強制力が高まってしまう、それではダメだ、彼ら自身で選ぶべき事なんだよコレは」
「……日詠が、知らないでいる方法はないのか……」
「…あの子はあの方に接触した事で徐々に忘れるべき事を思い出している筈だ、隠しても知ってしまうのは時間の問題だろうね…とにかくあの子に"絶望"を感じさせるな、時間稼ぎくらいの気休めにしかならないけれど……弔クンと変に接触してなければ今は充分な筈…」
「死柄木との接触…?待ってくれ、それは神野区での事以降の話だよな…?」
「…以前に、あるのか…?」
「お前たちが襲撃してくる前、緑谷と日詠は死柄木に接触してる」
「───なんだって?」

轟から話を聞きその頬に冷や汗が伝う、ヨミは明らかに焦っている様子で轟に制止の声をかけた。

「待って、待ってくれ…そうなるとボクは、間違えた…?あぁクソッ!!壊れた身体じゃマトモな思考回路が出来てない事は自覚してたけどここまでとは…っ!!」
「何かあるのか!?教えてくれ!死柄木と接触したら何がマズいんだ!?」
「っ、いや…そうだ……まだ決定的じゃない、悪いけど今日はここまでだ、コッチで調べる事がある…キミはもう部屋に帰れ、また後日…ゆっくり話そう」

ふらふらと部屋に入ろうとドアノブに手をかけてからゆっくりと息を吐き轟に振り返る。

「キミは、キミだけでも早くに答えを聞かせてくれよ…あの子に"その感情"を教えてあげられるのはキミだけだ」
「なんっ」
「それじゃあおやすみ」

バタリと扉が閉められ、止めようとして上がった手がダラリと下がり轟の瞳は扉を見つめて揺れる…。

「俺、は…───」

心は決まっている、言うべき言葉ももう見つけていた。
ただそれを言葉にして聞かせるには愚かな事をした後だからか、聞かせるべき相手を怒らせてしまったからか、今の轟には難しかった…。

「日詠……」

今はただその名前を呟く事しか出来なかった。









「………チッ」

影に隠れ2人の会話を聞いて真実を知った者がもう1人、不機嫌に舌を打つと早々にその場を離れ部屋へと戻らず暗くなった外へと足を運んだ。





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