「はあい」秘書が返事をする。
「結社はギルドなので、普段から戦いますよね。戦闘指導はしていただけますか?」
それを聞いたレイは、少しおかしそうに答えた。
「そうそう。丁度、今からその話をしたかったのよ! 勘がいいわね」
「ほんとうですか!? お願いします!」
メアリが素直にお願いをする。
確かに戦闘周辺の話は、今後の死活問題だ。戦えるに越したことはない。
ボスが先に、立ち上がった。
「では、次の案内をして貰おう。任せたよ」
「イエス・ボス。行ってくるわ」
不思議な挨拶だ。
レイも立ち上がり、部屋の出口を示した。
「出るわ。ついていらっしゃい」
シエルとメアリは、彼女について部屋を後にした。
◆
レイミールの後について、階段を下っていく。一階。室内の道中、香ばしくてよい香りがした。近くに飲食店があるのだろうか、などと考えているうちにたどり着いたのは、結社の入り口だった。
「あれ、外に出るんですか?」
「いいえ。こっちに室内倉庫があってね……」
そういって向かったのは、玄関入って右の場所。異質な黒い扉の鍵を開けると、先には薄暗い廊下が続いていた。
その異質な雰囲気に気圧されて、黙って歩く。さらに、厳重なフェンスの鍵を開け、入り口をくぐると、その奥に大きな鉄の扉が見えた。
「少し、下がっていてちょうだい」
レイはそう言うと、丸形の鍵を差し込み、大きな鉄の扉を両手で押し開けた。
「はい、ウチの戦闘施設」
全体が真っ暗だった。ただ、高い天井付近にある窓から差し込む、正午の日差しのみが、視界を確保していた。
「うおお」
「暗い……」
そこは――全面が鉄でできた屋内だった。
「来たか新入り! 待ってたぜ!」
ドスの効いた低音が響き渡る。
声のした方向を見やれば、倉庫の隅に積まれた木箱の山に、人が座っている。
暗がりで、人物の顔は見えない。
おそらく男性であろうその人物は、木箱から身軽に飛び降りると、靴音を響かせ一歩一歩、歩いてくる。茶色いブーツが、光の漏れる空間へと踏み入れ、顔が浮かび上がった。
「来んのが遅すぎてよ。夜になっちまうかと思ったぜ?」
暗い灰の髪。
ディープグリーンの瞳は三白眼。
光る八重歯に、金色のピアス。目と同じく緑のジャケットを、腕まくりして着用している。
常時大きく見開いた目のせいで、彼の顔はぶっちゃけかなり怖かった。
「アナタ、何故居るの?」
レイが呆れたように言った。
「オッサンから頼まれて来た」
ちゃんと鍵も貰ったぜ? と嬉々としてレイさんと同じの、倉庫合い鍵をポーンと投げて見せびらかしている。
「あの人、またこのコに……」
玄関で会ったファクターの顔が浮かんだ。依頼があると言っていたので、そのままこの怖い人に頼んだのか。
倉庫はすべて、両方から閉められるのだろう。
「ってワケで、オレが試験官だ!」
「試験?」
聞いてない話がなだれ込んでくる。
混乱するシエルを見てレイが、補足を入れようとする。
「ああ、ごめんなさいね。説明が遅くなったわ」
実技、まだ言ってなかったのかよ! と突っ込む奥の人物。入り口も通るんだから仕方ないでしょうと、ぴしりと言うレイ。
レイはシエルたちの方を見て、優しく言った。
「俗に言う適正検査なのよ。その人の傾向を調べて、どんな武器、どんな動きが得意か、見極めるの」
「見てわかる物なんですね」
「わかるンだなこれが。ホラよ」
男性が何か重そうな物を押しつける。
「わっ、おっと」
それは奇妙な剣だった。本来切れるはずの角の一部が削れて、丸みを帯びてしまっている。持ち手の部分を押しつけられ、手にするとシエルの左肩は一気に下がった。
「重っ!」
床に打ち付けて、金属の甲高い音が鳴る。
「ソイツは、不良の剣を加工して訓練用にしたヤツだ。叩けば切れるかもしれねえが、大怪我はしねえだろうよ」
まさかの擦り減った剣?
これで戦うって?
「こんなことある?」
シエルの脳内は、疑問符だらけだった。
「試合条件は二対一。あのコに剣を当てられたらアナタたちの勝ち。疲れて動けなくなったら負け」
「ちょっと待って」
同じように、重たい剣を両手で受け取った姿勢のまま、固まっているメアリ。
彼女が気づいた。
「怪我させちゃうかもしれないわ」
彼女がそう伝えたところで、訓練場の灯りが付いた。レイミールが魔煌を使っているのが見えた。
「出来るモンなら、やって見せろよ!」
各々が武器を手にした様子を見て、男性もまた自身の剣を構える。
刀身が短いが、角の丸まった訓練用の短剣剣だった。
彼が声を張り上げた。
「オレは結社・|恒久の不死鳥《エタネルフェニックス》所属、ロネ・ウッズベルト!」
シエルは腹をくくって、向き直った。
「ロネ先輩ですね。よろしくお願いします」
ロネが、心底楽しそうに笑った。
「さァ――失せろッ!」
直後、シエルの腹を目掛けて、一直線に襲いかかった。
「うおわぁっ!」
腹を狙われたシエルは、咄嗟に剣で弾き返した。反動でよたつく。弾かれた短剣を、ロネは今度はメアリの右腕に振りかざした。
「きゃああ!」
メアリは、叫び声を上げてバックステップした。
「オイオイ、退屈させんなよォ!」
さらに、ロネはシエルに殴りかかりながら、短剣を空に振り抜いている。一寸の隙もない、複数人の戦闘に慣れた者の動きだった。
「勝てるといいわね」
レイミールが訓練場の隅で、にっこりと笑った。
◆
「遅れたな。もう始まっているか」
丁度二人が実技試験を始めた頃、ギルドの長が倉庫を訪れた。
「アラ、珍しい」
ボスがココに来るのは珍しい。
「これを頼む」
「畏まりました」
秘書が書類を見やり、受け取った直後。ねぇ、と掛けた声が普段よりも低かった。
「ボス! アナタね! 廊下を歩きながら、この手の書類の束を読んでくるのは、おやめなさいと! わたくし以前言わなかったかしら?」
「目を通さないと、明日の執務に響くだろう」
「戻ってからやって頂戴」
本人たちの方が、戻ってからやった方がよい類の痴話喧嘩なのだが、気づく由もない。
二人は、目の前の若者たちの戦闘を見ていた。
シエルは息を切らしながら、ロネの挙動に必死について行く。
剣を振り回したり、背後に回ったりして当てようとしてみるのだが、まるで近づけない。こちらの方が剣は長いのに。
「テメーら、こんなモンかァ?」
シエルたちの様子を見やり、ロネが煽る。
続いて彼は短剣を防御位置に構え、詠唱した。
『朱ァ・豪炎来たれ・其は汝らへの怒り――……』
「ちょっ! 魔煌《ヴィレラ》アリなの!? ひどい!」
「メアリなんとかして!」
シエルは、風系統の魔煌以外は不得意だった。火に弱っちい風なんて吹き込んだら、危うく強化されかねない。
「もう〜……」
メアリが前方に手をかざした。
『蒼・強固なる水爆・我の盾となれ』
彼女は唄を被せるように紡ぐ。キラキラとした生命力の粒――煌力《レラ》が舞っていた。
魔煌が完成した。
『唸れ!――朱鉄拳《フォティア=クラーク》!』
『おねがい――蒼防壁《ヴァダー=ディフェンダー》!』
一瞬の差だった。ロネの炎が具現化し、空中で巨大な握り拳のように変形した。ほぼ同時に、メアリの掌から水流が溢れ、スカイブルーの丸い盾の形を作る。
人の意思を得た炎が、少年の元に迫る。
「ぷわっ!」
間一髪で水流がメアリたちの眼前を覆い尽くした。炎が爆散し、その一部がシエルの上半身に掠った。
「あっつ熱い! 死んだ! 死んでない!」
その場に膝から崩れ落ちる少年。
掛けていた眼鏡が、無機質な音を立てながら床に転がった。
メアリが振り向いた。
「ごめん間にあわなかっ……ひゃあ!」
いつの間にか、ロネがメアリのすぐそばにいた。彼女が手空きにしていた手首を引っ掴む。
「油断したな?」
「しまった……!」
メアリの手首を外側に極めるようにして、関節技が決まる。女性に容赦なく、人体の可動範囲ぎりぎりで。
「いたたた!」
当然痛い。
ロネは床に座り込むシエルの胸板を、剣の平らな面で叩いた。
「勝負あり!」
そう言っていた、が、シエルの方はまだ諦めていなかった。
「うぅう……ッ」
うつむくシエルの手元が、翡翠色に光っている。瞳が輝く。
無風の室内に、一陣の風が吹いた。
『うああああああああああああ!!』
剣がシエルの煌力《レラ》に呼応している。自身が淡く光り、剣の刀身は強い光を纏って細長く変形していた。
「何だ!?」
剣が変形したのではない。
煌力の粒子が剣を形作っているのだと、ロネは理解した。