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0401
Mon
イドクリア&ご返信

巌窟王モンテ・クリスト伯で人生初の天井を踏みましたヤッタァ!!!!
ということで私です。こんにちは。なんか色々と書きたいことがあるような気がするのですが情緒がめためたになりすぎて何も手に付きません。皆様イド後、いかがお過ごしでしょうか。
私は大変僭越ながら、1.5部の辺りからFGOを始めた故にかなりナニモン・ナンデス側のユーザーだったのですが、福袋で引いたり本編のシナリオバトルで使って強さを体感したり聖杯をあげたり幕間を読んだりなどはしていたのです。
ただ、あの……モンテ・クリスト伯の顔が、大変好みで直視できないでいたらストーリーで色々あって、そうして悲しみに暮れていたら普通になんかバグでカルデアに来て……と怒涛の一週間強を過ごしました。濃かったぜ、この一週間。ここ一年〜数ヶ月で巌窟王の魅力にようやく気付き始めた判断の遅すぎるマスターに実装から8年分の文脈の重みをワッと浴びせるのはやめて欲しいです。死んでしまいます。
ジャンヌ・オルタたちに関しても言いたいことや淋しいことがたくさんたくさん胸の内にあるのですが、ひとまずこれだけは。
ロボ、最後にまた君の背中に乗せてくれてありがとう。
大きな愛と希望を残してくれたアヴェンジャーたちに、願わくは、旅の終わりの先でまた会えたらいいな。

追記から、3/23にメッセージを下さった方へのご返信です。



はじめまして。
pixivから「夜はきみに〜」をお読み下さったとのことでとっても嬉しいです。あの短編はユガのストーリーをクリアした後、しばらくマハーバーラタについて調べまくり、神たるアルジュナ、もといアルジュナ・オルタについてやっと自分なりに飲み込めるようになってから書いたお話でした。
当時のアルジュナ・オルタは正直に言えばユガ・クシェートラという物語そのものだけでは掘り下げきれておらず(だからこそ私は原典にまで手を伸ばして色々調べたのもあるのですが)、彼をどう描けばいいのか、マスターとどのような関係を築いているのか、何から何まで手探りでした。あれこれと頭を悩ませて書いた覚えのあるお話をこうして後のイベントなどから彼を知ったマスターさんに読んで頂けて、そして色んなことを読み取って頂けて、メッセージを頂いた時になんだか感無量の気持ちになりました。
リアルタイムで物語が更新されるソーシャルゲームのジャンルならではなのかもしれません。

アルジュナの背中に「父親」を感じるというのは私もなんとなくわかる気がします。アルジュナは徹頭徹尾色んなものを背負い込んでしまう人で、それは兄弟だったり妻だったり子供たちだったり、あるいは正しさであったり己が悪性であったり。
誰よりも英雄らしくあろうとするアルジュナの自己への厳しさや真面目さはフィクションとして例えるならば英雄性であり、身近な例にするならばやはり「父親」なのかもしれません。
その上で多くの人を率いて「父」たらん、清廉潔白にして頼るに値する素晴らしい英雄たらんとするアルジュナがその背中ではなく「顔」を見せ、共に手を取り歩いていく。そう出来るマスターとの出会いもやはりまた運命だったのだろうと思います。

閑話休題。

神たるアルジュナが輪廻という枠に乗ったものがアルジュナ・オルタだという解釈、納得感がすごくてメッセージを頂いた時に思わず「なるほど〜!?」と手を打ってしまいました。彼がカルデアに召喚された理由を私はまだ見つけきれていなかったのですが、そう考えるとユガのストーリー運びにも必然性が生まれますね。
神たるアルジュナが求めたのは完璧で悪のない世界。それは究極的には人間という不完全を削ぎ落としてしまう、"次"のない世界でした。けれどそんな世界を求めた完璧たるアルジュナ自身がカルナとの戦いを経て"不完全"となったからこそ、輪廻してアルジュナ・オルタというサーヴァントとして"次"の生を手に入れた……。
いや、これは全く思いも寄らない視点でした。素敵な解釈をありがとうございます。私の中で一つ、ジュナオへの答えを得られたような気がします。

改めまして、この度はメッセージをありがとうございました。本当に嬉しいお言葉をたくさん頂けて、数日舞い上がってから今、テンションをやっと少し落ち着けてお返事を書きました笑
これからもまた、細々とではありますが色んなお話を書けたらいいなと思っているので、今後とも気が向いた時に読んで頂けたらとっても嬉しいです。

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