閑話 少女よ本を読め


ドサリ。そんな音を立てて目の前に現れたのは、どこか懐かしいとまで思うほど久しく見ていなかった活字の山だった。
目線よりも高く積み上げられたそれに椿はパチと瞳を瞬かせたが、それに対して当の山を作り上げた鴎外は、その顔に相変わらずの笑みを浮かべているだけである。

「これは?」
「私の私物だよ。何、椿ちゃんがここにいる間は暇だろうと思ってね。外に出れない分、外の事を勉強しよう」

試しに1番上から本を取ってパラパラと活字を追っていくと、そこには有り余る知識が記されていた。山の背表紙を見ればジャンルは多岐に渡り、その中に紛れるファンシーな児童書はどこか異質だ。

「これも森さんの私物……」
と見ていると、
「嗚呼、これはエリスちゃんが選んだんだよ」とキラキラとした乙女チックな色使いの児童書を山の中から抜き取って椿に見せてきた。側に居たエリスが指差して云う。
「わたしのお気に入り!しょうがないから椿に貸してあげるわ!」
「エリスちゃんはいい子だねえ…!!!」

天真爛漫なエリスの成長に感嘆して涙を見せる鴎外の事は華麗にスルーし、エリスは鴎外の手からその児童書を掠め取って椿に開いて見せた。

「ほら、きれいでしょ?リンタロウの選ぶ本、全部地味だし文字が多いんだもん!こっちの方が楽しい!」

確かに言っていることはわかる。鴎外が持ってきた本たちは、控えめに言っても齢14歳の少女に読ませるものではない。
地質学や生物学、化学、哲学等の一般教養の他に、戦争論、戦争戦略論、犯罪心理学、統率術等の物まで有る。何方かと言えば後者が鴎外の趣味だろう、と椿は察したが深くは追求しない事にした。
然し、脳が活字基情報を求めて腹を好かせている事は事実だ。空いた脳の容量を埋めるように、椿は本を手に取り活字を追いかける。途中理解できない言葉は飛ばし飛ばしに読んでいく。わからないことは後ほど森さんに訊けば良いだろう。

夢中で頁をめくる椿に鴎外はふふふと笑みを深くした。
もとより知能が高いこの子の事だ、すぐに分かるようになるだろう。成熟した椿がどれ程の成果を組織に捧げてくれるかは未だ未知数だが、育てていけば必ずポートマフィアにとって大きな戦力となる。……自身の異能を嫌悪している節があるためそこは如何にかしなければならないが。
それも先日来た、この少女と歳の近い、もう1人の優秀な少年を使えば上手くいくはずだ。どちらも育てられるため一石二鳥、否八鳥といったところか。
「…子どもの成長を楽しみにするとは、私も老いたかな?」
「?」
本に沈むようにしていた椿は、鴎外の独り言に反応して目を其方に向ける。鴎外はまたいつもの様に真意の見えない笑みを浮かべるのだった。


「今日持ってこれなかった分は後日運ばせるから楽しみにしていてね」
「わたしが選んだのもたくさんあるから!ちゃんと見てよね!」
「………」

この殺風景な部屋が本で爆発する日もそう遠くはないような気がした椿は、半ば現実逃避のように本に頭を沈み込ませるのだった。