電車が行ってしまったホームには虫のさえずり以外の音が聞こえない。電灯の明かりしかないこの寂しげなホームには一つの青いベンチとタバコ捨てと、駅の名前が書かれた標識だけがあった。駅の標識は「きさらぎ駅」前の駅は「やみ駅」、後の駅は「かたす駅」と書かれていた。

「…やはりだめか…」

スマホを見ていた安室さんの言葉に辺りを探っていた視線を安室さんに戻せば、スマホを見ながら眉間に皺を寄せていた。

「どうしたの?」
「スマホの充電が不規則な上、位置情報が不明なんだ…これはきさらぎ駅で実際に起こる現象の一つだよ」

その言葉で自分のスマホを見れば確かに充電の数字がいきなり60から15パーセントに変わり、かと思ったら54に上がったりしている。位置情報も不明を刺しており全く役に立たない。
赤井さんもどこかに電話していたようで、耳からスマホを離し舌打ちをしていた。

「…タクシーに電話してもそんな駅はないといわれる」

そして線路に降り立ったと思えば電車が着たほうとは逆の方に歩きだそうとする。

「おい、赤井どこに行くつもりだ」
「帰る、線路を辿れば元の駅に着くだろう」
「おい、やめろ死にたいのか!!」
「ばかばかしい、こんなことで死ぬわけがないだろう。異世界など非現実的だ」

赤井さんの言っていることは正論だ。
常人からしたら確かにありえないことで、とても信じられるものではない。でもここは本当に異世界なのだ。
なんと言って赤井さんを引き留めようとした時だった。

ードン…シャン…

どこからともなく、鈴の音と太鼓の音が響く。口論をしている二人は気づいていない。

「…二人とも!!静かにっ」
「「…」」
「笛の音と、太鼓、鈴の音が聞こえるよね…赤井さんこんな時間におかしくない?いくら遅い祭りでもこんな時間までしないよ…電車で起こったことと今あるのは現実なんだ」

二人とも耳を澄ませ音を聞き取っている。赤井さんはしばらく眉間に皺を寄せていたが、溜息を吐くと線路からホームの方に戻ってきてくれた。とりあえずは分かってくれたようだ。

「だが、ここから出るにはどうするんだ?」
「…帰ってきた人の話だと村人に連れて帰ってもらっていることが多い…しかし」
「しかし?」
「…中には人肉を食べる目的で話しかけるモノもいるらしい」

「カニバリズム…」赤井さんはそう呟くと大きく溜息を吐く。

「でもなんでカニバリズムってわかったの?」
「初めにきさらぎ駅に来た人は2chに書き込みをしていたんだ。駅から出て軽トラで乗せてくれた男性がブツブツと呟きながら森の中に入ろうとしたらしい」
「その時のワードにそう言ったセリフがあったの?」

その言葉に安室さんは静かにうなずく。
その間静かに会話を聞いていた赤井さんが何かに気づいたようで、駅の改札口があるほうを見た。

「シッ…音が近づいているぞ」

話をやめて耳を澄ませれば確かに先程の音がかなり近づいているのが分かる。赤井さんの判断でホームと線路の間にある隙間に入り込むことにした。
しばらく息を潜ませていれば、音はどんどん大きくなり、人の足の音も大きくなる。ただ人の足音をトントンと表現するならば、聞こえてくる足音はズルズルなのだ。そしてどこからともなくうめき声のような声も聞こえる。
また異臭…というか人が死んだときに発する腐敗臭の匂いがする。ここの人たちは本当に人なのか?

【ア"ー】
【ウ”ー】

すぐそばで聞こえる声に耳をふさぐ。声と共に口臭だろう血の匂いと共に腐敗臭の匂いが強くなる。
時間にして五分ほどだろうか音はずっと駅周辺で聞こえていたが、しばらくすると音と共に足音も離れていく。

「…大丈夫だ」

赤井さんがあたりを確認して、俺達もようやく外に出る。
ホームに引き上げてくれた安室さんに礼を言って先程のことを思いだし身震いする。身の毛のよだつような寒気が背筋を走る。

「…にしてもどうすればいいんだ」

赤井さんはあたりを見渡し参ったというように溜息交じりに言葉を発する。帰れる方法は村人の中で比較的まともな人…一歩間違えれば殺される危険性が大いにある。一体どうすれば…あ、

「安室さん燈さんに電話はつながらないの?」
「それが…さっきから連絡しているんだが、つながらなくて…」
「そんな…」

頼みの綱である燈さんに連絡がつかないとなると…どうしたらいいんだ…。

「…帰れる方法に村人に、っていうのならば駅から出たらいいんじゃないか?」

確かに赤井さんの意見にも一理ある。ここに居ても助かるなんて保証はないのだから。

「…確かにな、ただ注意してほしい。この世界にある物は決して口にしない事。口にしてしまったら最後、この世界の住人となってしまう」
「…」

俺と赤井さんは静かにうなずく。
そしてきさらぎ駅の改札口から一歩外に足を踏み出したのだ。