古い改札口を出れば、バス停と椅子、そして自動販売機が置かれていた。どうやら駅の周りは広い田園が広がっていた。今俺達が立っている地面もコンクリートではなく、草がところどころ生えた土だった。
蛙と虫の鳴く声が響く以外の音は何も聞こえない。夜でわかりにくいが、どうやら山で囲まれた場所のようだ。

「あっちに町があるようだな…」
「うん、安室さんどうする?」
「…警戒しつつ行ってみますか…」

駅から離れた所にぽぉと灯の付いた場所がある。
虫の囁く声を聴きながら歩み出す。

「…にしても何故怪異など信じるんだ」

疑問だったのだろう赤井さんは俺と安室さんに視線をよこす。

「…僕は今年の夏、二回怪異と呼ばれるものに遭遇しただけ。一つは自分の命を失う危険性のあるもの、もう一つは呪いといわれる類のものに…信じる信じないの話じゃなかったんだよ」
「…僕は周りにそう言った関係の人が多かったこと、そしてそれに幼い頃からよく巻き込まれていただけですよ…そしてそれは今も…」
「…」
「赤井、お前なら知っているんじゃないか?正十字騎士団という組織を…」

安室さんがそう言って赤井さんを見ると、珍しく赤井さんはそのモスグリーン色の瞳を驚愕に見開いていた。

「何故…その名が君からでてくる…」
「…何故って彼らと日本警察は協力関係にあるから」
「なるほど…俺もその組織を知っている。
俺がまだFBIに入って間もない頃だ。先輩たちと共にイルミナティと呼ばれる組織を俺達は追っていた」
「イルミナティ?」
「……黒の組織より厄介な組織だよ」
「イルミナティは一般人からすれば、いかれたオカルト集団でな…人をこの世のモノとは思えない姿にしたり、化け物を使ったりする集団だった…俺達は奴らの研究所の一つを見つけそこに奇襲をかけた…だが、そこで待ち受けていたのは人ではなく、ゾンビのようなものたちだった…奴らは殺そうとしても殺せず、逆に次々に優秀な先輩たちは殺されていった」

赤井さんは夜空を見上げ、小さく呟くように言葉をだす。きっとその時を思い出しているのだろう。

「…俺も殺されそうになった時だった…白い狼に連れられた黒い服を着たたった数人の人物に今まで苦戦を強いられていた状況が一変した…奴らは強かったさ、それまで全く通用しなかった銃が次々に当たり、詠唱を唱えればゾンビの動きが停まる…そしていつの間にか戦いは終わり、生き残ったのは俺と数人の捜査官のみ」
「…」
「すべてが終わったあと、白い髪をした女が俺にいったんだ。"この件は私たち正十字騎士団…常世の問題だ、現世に帰りなさい"とな…そのあと意識が飛んだ俺は気づけば病院にいた」

全てを話し終えた赤井さんは大きく溜息を吐いた。そんな赤井さんに安室さんは口を開く。

「…たしかに彼らは常世の者たちだろう、だが日本という国は常世と現世がまじりあう国だ…それはこの国ができてから何も変わらない。人から神が生まれ、神から人が生まれる…神は人を愛し、人は神を敬う。
神は人を愛しすぎ、常世へ攫う」
「神隠し…」

安室さんはその言葉に頷く。そして周りを見渡し静かに言葉を続ける。

「これもいわば一種の神隠しなんだろうな」

その時だった後ろから一台の車が近づいてくる。車はどんどんと近くなり、俺達の横に着いた。

「おう、あんた達どうしたんだい?」

車の運転席から現れたのは一人の男だった。男は帽子をかぶり、作業服を着ていた。車は軽トラだ。

「あー、最終電車を逃してしまって…どこか泊まれる場所とかありませんか?」
「おぉ!!それは気の毒だな!!どうだ?泊まれるところまで連れていってやろうか?」

男は安室さんの言葉を聞くと嬉しそうに笑い、そう提案してくる。

「本当ですか?と言いたいですが、軽トラに三人は乗れませんので…」
「なぁに!!構わないさ!!こんな田舎だ!!」

安室さんが交通ルールについて断るが男はそれでもしつこく食いついてくる。おかしい…ここまで食いついてくるなんて…。そう思っているのは俺だけではなかったようで、赤井さんが何時の間にか俺の前に立ちふさがる。

「赤井さんこの人おかしい…」
「…あぁ、分かっている…きっと安室くんも気づいている」

「ですから僕たちは歩いていきます」
「…て…てん…だ」

安室さんが何かに気づき、一歩後退する。

【久方ブリノ肉喰ラウ!!!】
「走れ!!!」

男が口を開けて叫べば安室さんも同時に叫び、そのすぐに赤井さんが俺を抱きかかえて先程来た道を逆走する。
男を見れば、軽トラを田んぼの中に入れ、無理やりこちらに方向転回している。

「赤井さん!!安室さんヤバいよ!!」
「くそ、車にはすぐ追いつかれる!!」
「なんで黄泉の国に車があるんだっ!!」
「それは黄泉の国も現代に合わせて進化しているからですよっ!!!」
「「「え??」」」

ぎゃいぎゃいと言いあいながら走っていれば突如すれ違った黒い着物を着た人物。彼はすれ違い様に俺達の問いに応え真っ直ぐにやってくる車に向かって棍棒を思いっきり投げつけた。
ガシャァアン!!!と大きな音を立てて車は停まる。…というか停められた。

「ふぅー、全くここの亡者たちは本当に見境がない…」

唖然とする俺達の前に立つその姿に見覚えがあった。
あの日、黄昏時に見えた黒い生地の着物に背中に真っ赤な鬼灯が描かれた着物を着た…

「初めまして、私地獄閻魔大王第一補佐官鬼灯と申します」

人にはない白い角が一本生えた地獄の使者。