次の日…俺は東都駅から正十字學園前の駅にやってきた。
今は夏休みともあり、學園内の生徒は殆どいないとのこと。案内してくれるのは毎度おなじみの奥村さんだ。
志摩はどうやら任務で手が空いていないらしい。

「宿題は終わりました…って愚問ですね」
「ハハハ…まぁ小学一年生の問題ですからね…」

この人も俺の年齢を聞いてからは敬語を外しても構わないと言ってくれた。ましてや俺の方が一つ上だから奥村さんは敬語で話してくれる。だがなんだかこの人には敬語で話してしまう…。学校での話などをしていればあっという間に目的地に着いたようだ。ただ今回はいつものメフィストさんの部屋ではないらしい。

「失礼いたします」

奥村さんの後に続いて部屋に入れば、畳の香りが鼻孔を刺激し、日を背にして座っている燈さんがいた。ここは燈さんの部屋のようで、メフィストさんのように西洋の物は少なく、和風の物が多い。
燈さんの膝には白い蛇が身体を撫でられおとなしく蜷局を巻いていた。

「やぁ、工藤新一くん」
「こんにちは」

奥村さんに案内されて彼女の正面にある座布団に座れば、お茶が置かれる。
メフィストさんの部屋では感じられなかった神聖さがこの部屋には溢れている。どことなく、神社やお寺にいるような妙な緊張感が襲ってくる。
部屋は先程言った通り和風のつくりで、盆栽や金魚の入った和風水槽など和を感じられるものが多くある。本はなく、多くの巻物が棚に陳列されている。

「さて、聞きたいことはなに?」

いっけね!!つい部屋を見ることに集中してしまっていた…。
俺は先日志摩に尋ねたことを同じように話した。すると彼女はくすくすと笑いだしてしまった。

「はははっ君に死神?誰がそんなこと言ったのよ」
「ってことは…」
「えぇ、貴方に死神はついていないわ」
「…死神"は"?」

一瞬安心したもののその言い方に疑問を持って尋ねれば彼女は目を細めて口を開く。

「先に死神についてね…"死神"とはその人物に死を運ぶ時の王の眷属」
「…時ってことはメフィストさんの」
「そう、サマエルの眷属」
「死神は憑依した相手を死へと導く神です。工藤さんのように周りに影響を与えるモノではありません」
「日本での死神は地獄の閻魔…というかあの補佐官がまだこちらに来ていない人を強制的にこちらに来させる使いであり、基本的には周りに影響は与えないわ…与えたらあの鬼神のことだから恐ろしいことが待っているハズよ」
「ハハハ…死神に憑かれた人は大体が自殺をしたりすることが多いです」
「他人に殺させても地獄での裁判がめんどくさくなるだけだしね。まぁ中には例外がいるけど、今回は関係ないし省くわ」

燈さんの言葉に奥村さんも激しく同意する。…まぁ確かにあの鬼灯さんのことだし、他人に他人の死を担わせることはないだろう。
二人の話を聞いて安心し、お茶を一口頂く。

「たださっきも言ったけど、君には死神よりも厄介なものが憑いているのよねぇ」
「えっ」
「"ヤクビョウガミ"って聞いたことあるかしら?」

疫病神…世の中に疫病をもたらすとされる悪神。医療の普及していなかった古来の日本では病気は目に見えない存在によってもたらされるものと信じられており、特に流行病、治療不可なものは怨霊などの仕業だとされてきた。平安時代にはそれらは疫病をもたらす鬼神のようなものだと考えられた。やがて一般での素朴な病魔への畏怖と結びつき、疫病神という存在が病気をもたらすという民間信仰に至ったと考えられている。

「といっても君に憑いているのは"厄病神"であって"疫病神"ではないのだがな」
「?」

奥村さんがさっと紙と筆を持ってきてくれる。そこに彼女はその文字を書く。

「ヤクビョウガミには二種類いてね…こっちの"疫病神"の方は文字通り、病を流行らせる疫病の神。
とりついた人を苗床に病をあちらこちらにばら撒く黄泉の国の女王イザナミミコトの使者に近いかしら。
それで君についているのはこっち…"厄病神"のほうだ」
「…どう違うの?」
「まぁ簡単に言えば、とりついた人間の周りに厄を呼び込むのよねぇ」

厄病神…こちらは漢字の通り厄を憑依した人間の周りに集める神。その厄は時には善となる時もあるし、その反対の時もある。

「しかし問題があります。厄病神は人に簡単に憑依することはありません。大体は祠で祀られており、めったに出てくることはありませんから…」
「祠が壊されたのは報告として上がっていない…過去、彼と契約したんじゃない?記憶ないかしら?」

そう言われて考えるものの思いだせない。

「厄病神を離したくても、その契約内容が思いだせないと解約する術がないですね」
「そうなのよねぇ…無理やり離してもいいけど、そうなると新一君に負荷がかかるし…下手したら四肢がもげるかも…」
「そ、うなんだ…」
「相手は妖怪や霊じゃないわ…神に席をおくものだから」
「それなりの対処をしなければもっと厄介なことになります」

二人が話していると彼女の膝の上にいた蛇がこちらを金色の瞳でジッと見ていた。

「あぁ、この子…この子はとある水龍の子供よ」
「え!?龍の子!?」
「龍の子は小さい頃は蛇か鯉の姿になって現世に留まるの。それから成熟すると滝を登り天に行く」
「大体は湖や池の水龍は鯉で、川は蛇、海龍はリュウグウノツカイなどに化けていることが多いですね」

へぇ〜ここに来ると本当に色んなことが知れるな…。

「とりあえずは、今特に困っていることはないんだよね」
「はい…まぁ周りに事件が多いのはアレですが…」
「では様子見ですね…なにか思いだしたら連絡ください」

とりあえず今回は己に憑いているものが死神ではないことに安堵した。だけど俺は一体厄病神となにを契約したのだろうか…。