暗転。再び
目が明るさを取り戻したのは、自分自身の大きな泣き声とぼやけた視界の中だった。
耳に入ってくる言葉から、感覚でわかる生まれ変わったのだという事実。
赤子の目はしばらくの間光しか感知できないらしく、ぼやけた視界の中を影と光が右往左往を繰り返す。
友、後輩までもおいて勝手に死んだはずの我が身が何故かまた生きなおせてしまうもどかしさ。
恋人のあんなも悲しい目を思い出してしまう自分の記憶の鮮明さに、私は出せるだけの声を張り上げた。
隣にいるのが母だとわかるものの、心地良い声だけで名を呼ばれていれば悲しみで溢れていた気持ちは薄らぎ、こくりと意識は微睡みはじめる。
「私たちの子は幸せになれるかな?」
「どうでしょう。この子…生まれたばかりなのに背中に痣があったり、他の子より少し小さいみたいだから…」
「生まれてきてくれただけで十分じゃないか」
「でも、低い身分な上に体にそんなものが…かわいそうよ…」
「…ご当主様へのご連絡は、私からしよう。お前も疲れているんだろう、しばらくはゆっくりお休み」
「ありがとう、あなた」
気持ちも不思議なほどに落ち着きを取り戻した私が己の仕事である睡眠を全うしている最中、現れた両親の会話を私は知らず、母がどこか悲しげな目をしていた事も知らない。
乳飲み子を隔て、私は徐々に自分の立場を理解して行動を始めた。
輪廻転生とは不思議なもので、意識しはじめた先の両親は、懐かしさを兼ね備えた記憶に残る前世の両親と酷似していた。
否、おそらくはそのままの両親なのだろう。
母の作ってくれた煮物が、涙が出るほど美味しいと感じたのだから。
私は、小さいながらに屋敷の掃除という職務をこなしていくようになった。
跡部家の使用人の子。それが、今世の私の立場であり身分になる。
母も使用人、父は庭師となれば私も母に付き従って屋敷の為にせわしなく動き回った。
前世の様に鍛錬をする暇などほとんど無いに等しいものだったが、少しでも忘れまいと木で苦無と四方手裏剣を作って暇があれば鍛錬に励む。
当主様は、優しく厳しい方で私は新たに私の輪廻に混ざり込んできたこの人に仕える事を大変誇りに思っていた。
ご子息様方と奥方様は、少しばかり我が儘が過ぎるところもあるが可愛いものだと思う。
鍛錬のおかげか体力的に仕事が辛いなどと感じた事も無い。
そんな中でも、私はいつもどこかで自分の様に記憶を持った者がいないかと屋敷に来る人物には目をこらし情報に耳を傾けていた。
「え、?」
私が12になった年、母が当主様の目に止まった。
十年以上仕えた褒美だとでもいうように、母は当主様の妾となり私とは身分の違う存在になってしまうというのだ。
もう、母と呼ぶわけにはいかない。そう父から言われ恐ろしさに肩を震わせた。
こうも簡単に母というものは奪われてしまうのかと、その夜は母の部屋だった場所で泣き喚いた。
あの優しい当主様を一瞬にして恨めしい人だと位置付けてしまうにも簡単なものだった。
しかし泣いたとしても恨んだとしても時は流れるもので、朝がくればいつもの使用人としての毎日がやってくる。
そこにもちろん母はおらず、大人一人の仕事が全使用人にいつもよりも多くのしかかる。
ある日、正式な妾の儀を終えた数日後に見た母だった人は、自室としてあてがわれている西洋調の部屋で少し遠くを見るように私に笑いかけた。
「お嬢さん、私、少し外へ出てくるから旦那様に文をお願いできるかしら?」
「…わた…しにお任せいただけるのでしたら」
「お願いね」
もう母とは呼べぬまま預かった文を握り締め母であった女性に頭を下げる。
数時間後に帰ってきたご当主様に、文を渡せばみるみる表情は変わり私への罵倒が降り注いだ。
何故勝手に出歩かせた!あれは私の女だ!
最初は、意味がわからなかった言葉も積み重なれば話さなくとも何が起こったのかは理解できた。
母は、私を置いて父とこの屋敷から逃げたのだ。
「なんで、私も…」
部屋には、父から私への一文が残されていた。
謝罪と言い訳、一言だけの愛しているの言葉。
母は、私たち家族から離れる度に気を狂わせこんな姿を私に見せたくないと泣いたそうだ。
私が知らない間の事を言われても私にはもう何も残っていなかった。
無情にも過ぎる月日の中、13になった私は第三子である景吾様の世話役を預かる事になった。
ご兄弟の中で一番我が儘で、自信過剰なこの人を私にあてたのは、きっとご当主様の怒りがまだ私に残っているからだろう。
わざとらしく投げつけられる皿や銀食器を半分避けて半分掠めさせた。
一度全て避けたら、こんな使用人は捨てると言われてしまい焦った為、半分だけ見やすい場所を怪我するように心がけた。
今、この屋敷から捨てられたら私は行く場所もなく野垂れ死ぬだろう。
それがとても怖かった。
前世ならばなんともないというのに忍だった頃よりも弱くなった精神で、私は捨てられぬようにと働きづめた。
「彩、伊賀崎屋さんが来たら和三盆を買っておいて」
「畏まりました」
玄関口の掃除をしていれば、使用人頭から和三盆が買えるギリギリの銭が手渡された。
伊賀崎と聞いて胸が少しだけ跳ねる。
あの時代の可愛い後輩の一人と同じ名字、初めての身近な可能性に期待しないわけがない。
しばらくして、玄関の鐘がガランガランと鈍い音をたてた。
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20120520
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