恋情を抱いたのは、過去にも一度きりでそれは今世でも変わらずあの優しい笑みに想いは募る。
「失礼する!こちらになまえ殿はおられるか!」
終業の鐘が鳴り終えたとほぼ同時に駆け込むは、自分の教室とは真逆のそれでありまだ室内には教員すら残っている状態に皆ぽかんと口をあける。
すぐに視界は目的の人物を射止め、足早に彼女の前に立てば顔に熱が籠もるのを振り切るように頭を下げた。
自分が彼女の顔を見るのは、あの頃と合わせたとて両手で足りてしまうが間違いない彼女の姿に胸元があつい。
「俺は、A組の真田幸村と申す、しばし俺にお時間をいただけないだろうか!」
「…えっと…ちょっと、なら…」
「忝ない!ではこちらへ!」
困惑しているだろう彼女を後ろに引き連れ、廊下を進む。
人通りも少ない廊下を少し曲がった踊場で向き直れば鞄を胸元に抱えた彼女が、びくりと肩を跳ねさせた。
「…なまえ殿は、団子は好きでござるか?」
「お団子…?好き、ですよ」
しどろもどろに答えるその姿に過去を重ねる。
性格が変わってしまわれたのだろうか、あの時に向けられた優しい笑みがなく内心少しばかり落胆してしまう。あの頃の様に笑えないのかと、疑問がよぎった。
「もう少し、笑顔で言えませぬか?」
「…え?」
「いや。お気になさらず」
むちゃくちゃな願いを投げかけたと即座に訂正して、彼女を見やる。
記憶が無いのだろうか、だから笑いかけてもくれないのかと無理やりに納得してこくりと一度唾液で喉を潤す。
思い出せばきっと懐かしいあの笑みで呼んでくれるのだろうと信じた。
「…某、真田幸村と申す」
「?はい」
「真田、源二郎、幸村でございますなまえ殿」
一人称を戻し、繰り返す。
今世ではもう名付けられたわけでも引き継いだわけでもない懐かしい過去の字を唇が紡ぐ。
彼女がわずかながら目を見開いた事がわかり、記憶が蘇ったのだと歓喜が満ちた。
しかしたった一瞬の歓喜は、しっかりと変わりきった彼女の表情に奈落へと堕ちる。
「…源二郎…っ」
『こんにちは、源二郎さんっ』
笑みを浮かべて呼ぶ姿と視界が重ねても、目の前の彼女は到底笑みとは言えぬ恐怖を含んだ歪みを貼り付けた。
一歩後ずさり、抱きしめる力が強まったのか鞄の皺が深くなる。
「なぜ、思い出されても笑いかけてくださらないのですか?」
俺が想った貴殿は、某にふわりと笑って内緒だと団子を一串増やして出してくれるような方でした。
「貴殿はなまえ殿では無いのですか?」
そのように怯え、恐怖に歪んだ表情の貴女を恋い焦がれたわけではありません。
end
20120902
memory of YouのIFとしてリクエストをいただきました。
本編をお読みいただいていなければ、あまり意味がわからないかもしれませんが基本的には佐助の時と変わりません。
幸村は、数度訪れた茶屋で一目惚れ→国境で主の無残な姿を発見→転生後見かけたので突撃
です。
幸村なのでまどろっこしい事はしないだろう、そして思い込みが多少激しく夢見がちとさせていただきました。
幸村の中のなまえさんは、いつも笑顔で接客する優しい素朴な女の子。
その笑顔に惚れ込んでいたが故に、一向に笑いかけてくれない主に対してそんなわけない!と自暴自棄になりかけている。
黒い幸村にしたつもりないです。
とりあえず、ただ幸村は懐かしい笑顔が見たかっただけ
Thanks request 飛鳥様![
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