▼人ならざるもの
寒空。
見える世界はとても黒くって、先ほどまでのぬるく、あたたかく、ゆるやかな曲線は影も形もない。
ここにきてから一言も喋ることもなく、おばあさんから神様の嫁になれるなんてアンタは幸せもんだねぇと綺麗なそれはそれは高そうな白い着物を着せられた。
清めの滝、塩を振りまき、胸元にかみさまにむけた嘆願書を携えて。
置き去りにされた寺院は、とても神様が住んでいるようには見えなくて、こりゃ死んだなと自分のことを他人のことの様に悲観した。
だってこれは、あきらかに何かに捧げられた形で、私は何かしらに食われる存在なのだろう。
そう、私が。
人気がなくなった瞬間に逃げても良かったが、ここのらへんの地理がわからない私は、きっとそんな事をしてもあっという間に死んでしまうだろうと動くことをしなかった。
ずるり、後ろで何か大きなものを引きずる音がする。
「君が贄?」
どこか安心感のある優しい声だったから、振り返ることに恐怖はなく、すんなりと見えたその声の主は、苔の様な色の袴をはいていた。
少し困った様にたれた眉とへの字の口からちろりと先の割れた舌が見える。
引きずったような音の正体がこのヒトなのかわからないが、深い森林の硬くなった葉の色をした長めに切り揃えられた前髪の隙間から見えた目は、不思議とその場にうきあがっているかの様にひかり少しだけ不気味に見える。
「おいで、僕はチョロ松だよ」
差し伸ばされた手をとれば、人肌とは程遠い低めの体温が指先から伝わった。
ああ、やはり人ではないようだと思うが足はすんなりと彼のそばに近づくものだから、思わず首を傾げる。
「君を迎えに来たのが僕だから、君は僕のもの。わかる?」
「…食べますか」
「僕は人は、食べないんだ。歯を立てたらすぐだめになってしまうから」
じゃあなんのために、と言葉は続かなかった。
遠くて何かが大きくないた。
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20160601
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