逃げて!伊達さん!
「お願いです先輩ー!」
「嫌!ぜーったい嫌!」
ぐじぐじと縋るように私にまとわりついてくる彼女を、顔以外の場所を小突いて離れてくれと切に願う。
「次ぎりぎりの点数とったら、事務所で缶詰させられるんですよ?!中学生や高校生じゃあるまいし!!」
「毎回毎回自業自得じゃない!私専攻違うんだから!」
「でも先輩じゃないですかー!」
「美術専攻の人間に理数系の手伝いなんてできるかー!!」
彼女こと、かすがの事は大学時代から十分に理解した仲だったというわけではない。
そもそも、共通の友人や二、三度飲み会の席に居合わせた程度で顔とかふわっとした雰囲気は知っているけど連絡先も何も知らない人だった。
それが何の因果か、かたや裏方かたやグラビアアイドル。
今回の撮影で小道具ミーティングに遅れて現れた彼女に、ああ!と大声で指をさされたのは記憶に新しい。
それから、先輩先輩と言ってくれるのは嬉しいが、いかんせん芸能人。
なかなか勉学に時間が割けずかといって甘やかしてくれるような事務所に所属していない為、試験が迫ったりレポート提出の期限が迫る度に私に助けを求めに来る始末だ。
「大丈夫です、今回は中国語!先輩の得意な中国語ですよ!」
大きくて綺麗な目をらんらんとさせながら見てくるかすがにうっと少しばかり言いよどみ悩む。
このわずかな時間で、いけると感じ取ったのだろう。かすがは次いで次いでとここがあーだこーだでわからないんだと主張してくる。
しかし、現在二人とも仕事中。
演者は、休憩でいいかもしれないが私にも仕事がるし、此処は顔見知りのスタッフが多すぎる撮影所。
案の定、他のスタッフや出演者たちが、なんだ?なんだ?と不思議そうに見ながら通り過ぎていくのがわかりサッと血の気が引いた気がした。
「かすがちゃんまたみょうじさんに教えてもらってるの?」
ひょこり、長くしてる前髪をメイクさんが準備したのだろう緑と黒のシュシュで持ち上げた猿飛さんと風魔さんが揃って顔を出す。
風魔さんの口には歯ブラシが銜えこまれていて、先程まで二人で食事でもしていたのだろう。
いつもの事かとばかりに聞いてくる猿飛さんはへらりと力なく笑った。
「先輩の得意科目だから聞いてるだけです!」
「現役学生から離れてしまった頭では得意も不得意になるんだってば」
「先輩のいじわるう!文法のチェックだけでいいですからあ」
やいのやいのと騒がしい私たちをしり目にまるで微笑ましい動物ドキュメント映像でもみているかのような優しい視線を向ける猿飛さん。
歯ブラシをゆらゆらと揺らしながらかすがの手元から落ちたのであろうプリント用紙を眺めている風魔さん。
そんな一風変わった状況下の中で風魔さんが歯ブラシを銜えたまま器用に呟いた言葉で状況は一転する。
「中国語かー。なら伊達さんは?あの人営業マンで中国語得意じゃなかったっけ?」
ぎらりと、もはや私の命でもとりにこようとしているように見えたかすがの目が光ったような気がした。
逃げて!伊達さん!
20131012
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