きら、きらり


初産を終えたのは、分娩室に入って7時間が経過した頃だった。
手をぎゅっとにぎりしめてくれていた母さんは、お疲れ様と笑い。
外で待っていた父さんは、あまり浮かべない笑顔で私を迎えてくれる。
3225gの元気な男の子。
しわくちゃの目元は、まだ私を見てくれてはいなかったけれど、生まれたすぐにでもわかってしまううちの家系にはいないすらっとした鼻は、間違いなく彼の遺伝子であろう。

佐助さんがいなくなった事を悟ったあの日。
マンションにいる意味を見出せず、しかしどこかすっきりとした頭の中で管理会社に連絡をとり、今月いっぱいで退室したい事を告げ、引越し業者にも話をつけた。
一歩。外に出れば、待ち構えていたのだろう記者に話しかけられたが、何も答えられることはありません。彼は、田舎に帰りました。彼との関係は何もありません。否定ばかりをならべたてた。
5日かかってまとめた身の回りと荷物。
引越し業者のトラックにまとまった家財道具一式と廃棄処分する家具。
ロフトベッドは、処分して。
赤い一人用のソファは、トラックに乗っている。

ガラガラとうるさいキャリーバッグと、ずっしりと肩を刺激するボストンバッグをもって帰ってみれば、偶然休みだったのだろ弟が珍しく「おかえり」などといつの間にそんな事を覚えたのか荷物をもって出迎えてくれた。
待ち構えていたのは、弟だけではなく母もで、家に上がろうとしたにも関わらず腕をつかまれ車に乗せられた時には、何か小言を言われるのかなと身を引き締めたものだ。
が、荷物いつくるの?から始まる会話には一切渡しを咎めるものはでてこない。

「ひぇ?」

間抜けな声が清潔感のある一室で響いたのは、車に乗ってからわずかな時間で、昔からお世話になっているお医者先生がにこにこと笑いながら「名前ちゃんがお母さんになるのねえ、早いわ」という言葉を聞いてからである。
妊娠していると思っているわけもなかった。
隣で話を聞いていた母は、何やら私よりも真剣に話を聞いているし、現実なのだろうかという夢心地にすらなっていたのを今でも覚えている。
お腹が大きく目立ち始めたころには、サスケというモデルの失踪やスキャンダルなど誰も触れる事すらなくなっていた。

「名前は?」

「五月生まれだから、さつき」

「漢字は?」

「にんべんに左に月で佐月」

まだ開ききらない目元に視線を落としながら、ぎこちなく抱える我が子。
しわくちゃの手をたまににぎにぎと動かして眠るその姿に、男前になるぞなんていう親バカも仕方ないとすら思った。

「佐月、さっちゃん」

不意に腕の中で呼び声に答えるかの様に体をよじる佐月が、ゆっくりと初めて私に瞳を見せた。

「…きれいな目だね。パパにそっくり」

その日、深夜のローカル番組の下世話なコーナーで佐助さんの現在を探っていたらしいのだが、何を勘違いしたのか、海外へ逃亡してパティシエをしているらしいという完結の仕方をしていたのが少し可笑しくて笑ってしまった。

彼がそんな近くにいたら、きっとこの子を今抱いている。

end
20150218

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