君へ、今生にて


枝垂れ桜が今宵満開に咲き乱れ、しかしこれもあと数日もせずに枝のみとなってしまうのかと思えば至極悲しいものである。
幾度も幾度も月日とともに重なる光景は美しく、時にこの下で幾人もの人の命が尽きただろう。

「こんばんは、お姉さん」

「ああ、こんばんは、さんじろう」

太くしっかりと伸びた幹と枝の間に腰かけて途絶え消える事のない徳利を傾ける。
御猪口からこぼれた数滴を追いかければ枝の合間から見える笑みにと目線を少しだけ合わせすぐ月夜へと持ち上げる。
今日は雲もない、昼間であれば見事な晴天であろう。

「今年も無理そうですか?」

「そう簡単にいけばいいんだがね。あんなに小さかった君も随分と大きくなった」

「きっともう、お姉さんを見下ろせますよ」

「そうやって下に降ろそうとするのはおやめ?わかっているだろうに」

ぶらぶらと空を見上げたまま感覚のない足を揺らし、桃色を眺めほっと音にならない息を吐いた。
どうせ一切風にもならないのだから花びらの一枚すら影響を受けて散ることもない。

「お姉さん」

不意にかかる声は下からではなく、目の前からで、器用に枝に立つ姿は実に立派になったといえよう。
彼が十の年から毎年毎年。
お姉さんお姉さんという彼はもう少年というには精鍛すぎる顔つきとなって変わらぬ優しい笑みを携える。
白い装束は、少し使い込んだ形跡も見えるあたりあの真新しさが懐かしい。

「ぼく、やっと卒業しました」

「そう」

「そろそろお名前教えていただけませんか?」

とん、と錫杖が突き出され縮まる距離によって視界いっぱいの顔は今まで見たことのない笑顔で早々に感じ取る。

「…お前は本当に優しい子だね」

「お願いです。お姉さん」

「どうか放っておいてくれないか。共に朽ちたい」

「嫌です。お姉さん、ぼくと約束したじゃないですか」

「忘れたよ、ごめんねえ」

そう言い返し、歪む表情に向かって手を伸ばす。
触れることのないその頬に伝う水滴が御猪口の中に伝い落ちて木の根元まで通り透け、一切の影響もないとばかりにまだそこにある。
愛しいな、と幾年ぶりかにそう思った。

「三治郎、君は私のことなど忘れてお過ごし?君にもいい話があるだろう。こんな存在に気を許してはいけないよ」

「ぼくは、結婚などしません」

「そう言わないで、どうか幸せになってほしい。君のややを見せにきておくれ。きっと君に似て笑顔のかわいい子が生まれるだろう」

ぎりっと歯を噛み締める音が響く。
既に知っている。この枝垂れ桜が切り払われることなど、もう次の春にはこの場所で花を咲かせる事もなくこうしてここに居座るだけの私もそれと共に消えるだろうとも。
それをわかっているからこそ、優しいこの子は言い続けた。

「立派な山伏になってお姉さんをきっと成仏させてあげますから。お名前教えてくださいね」

懐かしい高い声を思い出し、久方ぶりに交わした会話はほんに楽しいものだった事を懐かしむ。
ただ人がそこで飲み交わす声ばかり聴いていただけで、この子は慣れたように声をかけてくれるものだから。
少し甘えて、お願いねなどと無責任な事を言ってしまった。
消える気など早々にないにも拘わらず、だ。

「…なまえさん」

まるで山葵の葉を噛むようなツンと鼻先に音が伝う。

「教えてくれないってわかってました。自分から降りてきてほしかった」

「でも、嫌なのよ。私、此処から離れたくないの」

「降りてきたら、貴女は此処で待つ理由がなくなるからですか?」

私が座る枝の反対、根元に彫られた小さな謝罪。
ああもう、私の事など愛してはいないのだと知っていたのに。
約束だとあれだけ言っていたのに裏切ってそれでも憎み切れない私は、無理やり彼の思い出にしがみついた。
流れぬ涙を頬に伝わせ、割れぬ徳利と御猪口が地面に転がる。

「なまえさん、次の約束をぼくとしてください」

「もう、約束はいや」

もう、約束を違え時の成すままに気持ちが揺らぎ裏切ることなど考えも経験したくもない。
触れぬ三治郎の指先が、桜の幹をゆるく撫でた。

「絶対にぼくはそっちに行きますから」

「三治郎、…っ」

「なまえさんがそっちで待ってるって、思わせてください」

齢19。
地主の息子の恋仲となった娘は、約束を交わし住む地を追われ、戻るや否やその場で朽ちた。
いつまでもかなわぬ約束ばかりに徳利を傾け、月夜に夜桜を肴にちびりちびりと嗜んで、酔うことのない空気に触れる。
一人の山伏、齢37。
十の頃より想うその人の為、一族随一の強者となり。
命朽ちるは樹齢100年余りの桜の切り株。
嫁も子も無くただ一人、あの世で待つわ初恋の君。

20130322

成長三治郎=山伏=霊感
というだけで書きました。
これの前に少しだけ、成長三治郎でこういう幽霊ものの長編も考えていてとりあえず短編で様子見してみました。
捏造いっぱいですすみません。
一人称は、のちのち私になればいい。
多分は組の中で三治郎に一番夢見てます。
成長は組は、全員頻度は違えど忍者してたらいいなーと。
また、これも小ネタで書いてまとめたい


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