声


彼女の好きなものは、花と、桃色の金平糖と、遠駆の時間と、兄上。
彼女の嫌いなものは、戦と、渋い柿の実と、琴を弾く時間と、俺の声。


「三成様」

ああ、と襖の向こうから返答がかえってくればゆるりと開いたその先から細くとがった目元が抜き出でる。
畳の上には、巻物が数本がころりと転がっているのが見えた。
もっと顔を覗き込ませれば、顔も見合わせてしまうだろう。
しかし、臆病すぎてそれができない。

「行くぞ、左近。秀吉様がお呼びなのだろう」

「はい」

ぎしりぎしりと床が鳴り、二人分が遠ざかるその背後でぐすりと小さく鼻をすする音がした。
その音は、きっと三成様の通りのよい耳にも届いているであろうし、自分にとっては耳どころか心の臓までえぐってきそうな程奥まで到達していた。
ぎゅっと、胸元に拳をつくったとてそれが払われる事もない。
もってはいかぬ感情であると、何度も何度も考えはよぎるのみ。

「兄様をまた連れて行くのですか?」

通り掛けに聞こえたその声にぴたり、と動きは止まる。
縁側でひとり、ただ空虚を眺めて賽をこすれあわせる。
時たまこぼれるわらべ歌で鼻を鳴らす、武将という時間を剥いで居る少しの現。
めったと聞こえる声でも無かったものだから反応が遅れ、なんともぶしつけ
に、あぁ?という空気だけがこぼれた。
奥の襖の向こうに見えたるは、三成様とよく似た銀色がよく似た意思の強い瞳で、それがじいとこちらを見つめる。

「ねえ、貴方でしょう?いつも兄様を連れ出してしまうのは」

遮る様な声は、すぐに己で理解してしまえるほど、単調に紡がれる。

「私のお部屋の前でいつも兄様を呼ぶ声と同じ、嫌い、だいきらい」

ぐさりと、胸に何かが刺さった様な感覚。
真綿で首をゆるりと絞められていくような脂汗の流れる感覚。
嫌われた、のだろうか。
思えば、気持ちに気付いたのは彼女が三成様を訪問してきた時で、あの頃はまだ幼子と言った方がよかっただろう数年前。
妹だ、と挨拶も声も交わさぬ後に三成様に伺いああ、だからあんなにも綺麗な髪なのかと納得の声を無意識に上げたのを今でも覚えている。
それからすぐ、彼女が病の身である事が発覚し大阪城での隔離療養が決まった。
彼女は、三成様以外と顔を合わせる事も無く床に臥す。
いつからか、秀吉様からの三成様への呼び出しなどの役目を自分がするようになってから、声をかける前に聞く二人の会話が好きでたまらなかった。
そこで、彼女の好きなものを少しずつ、嫌いなものを少しずつ知っていった。
その声がいつしか愛しくなっていった。
でも、その声でかけられた初めての言葉はむごい。
思わずこの年で泣きそうになる。

「ねえ、なんで?」

彼女は続ける。

「兄様ばかり、私も呼んではくださらないの?」

「へ」と、間抜けな声が出てしまえば、いつの間にか縁側の日の光があたるところまで出てきていた彼女に目を見張る。
たった数年だと思っていた期間で、彼女は立派に女性となり、美しく、そして清らかな空気を纏っていた。
ふんわりとそばに座り込めば、風に舞う様に香だろうか、ほのかな花の香りが花につく。

「貴方左近、と言うのでしょう?ねえ、私も連れ出してくださいな」

思わず頷いてしまい、手を引かれ、愛馬にまたがってしまった自分はきっと城に帰ったら姫を攫ったとかで処罰があるかもしれない。
ただ、馬の上で聞いた彼女の言葉を聞いていたら、そんな事ぐらい受け入れようかと思ってしまうほど

「左近の声は好きよ、だって外へ連れてってくれる自由の声だもの」

有頂天になるとは、この事か


end
20131217

prev 

[back]


ALICE+