3

次の日、屋敷では私がアストリアに戻れたことを祝うが開かれた。
私が気兼ねなく過ごせるよう、外から招かれたのは薫様と千鶴様、そしてはじめだけで、それ以外は屋敷に仕える方々ばかりだった。
それでも、アストリアには昔から騎士の方々が大勢いらっしゃるから、お酒が進むにつれて、いつものような賑やかな宴になっていった。


「本当によ!帝国のやり方は昔っから気に食わねえ!」


皆にだいぶお酒が回った頃、同じ長卓を囲んでいた永倉さんが突然憤った声を上げ、手にしていたワインの瓶を卓上に乱暴に置いた。


「セラちゃんを連れて行くとか、卑劣極まりねぇだろ!」

「新八っつぁんの言う通りだよな。俺もあの時のことを思い出すたび、腹が立って仕方ねぇんだよ」

「しかも、セラが十七歳のデビュタントを迎えて間もない頃でしたからね。まるで、その時を見計らっていたようにも思えます」


平助君も眉を寄せながら頷き、伊庭君も静かに表情を曇らせる。
その横では、原田さんが私に申し訳なさそうな眼差しを向けた。


「あの時、護ってやれなくてすまなかったな」

「俺も、自分の不甲斐なさを痛感しています。お嬢様や近藤さんを護ることが俺の役目であるにもかかわらず、あの時は何もできずに申し訳ありません」


山崎さんまで思い詰めたような顔で謝ってくれるものだから、私は慌てて首を横に振った。


『いいえ。騎士の皆さんには、今までたくさん護っていただいています。私がこうして無事に大きくなれたのも、皆さんが傍にいてくださったからなんですよ。私こそいつも護っていただくばかりで申し訳ないと思ってるので、もう謝らないでください。ここからは謝るのは禁止です』


昨日も、帰ってきた私に多くの方々が頭を下げてくださった。
特にあの夜、私と行動を共にしていた伊庭君や平助君、山崎さんからは、何度謝罪の言葉を聞いたかわからない。
けれど、私だって皆に怪我を負わせてしまったことを申し訳なく思っている。
だからこそ、これ以上自分を責めてほしくなくて、笑顔で告げた。


「お嬢様にそう言っていただけると、救われる思いです。ですが今回の件で、今のままではいけないと気付かされました。二度と同じ思いをさせぬよう、己を鍛え直す所存です」

「僕もです。セラの専属騎士として、いつまでも不甲斐ない姿を見せるわけにはいきませんからね」

「だが、あのヴェルメルの坊ちゃんが、あそこまで成長してたことには驚いたぜ。かなり強かったんだろ?」


原田さんがそう尋ねると、平助君は苦い顔をして頷いた。


「左之さん達は総司殿と戦ってないからわからないだろうけどさ。強いなんて言葉じゃ足りないんだって」

「確かに山崎や平助、伊庭の坊ちゃんを同時に相手にして、傷一つ負わないっていうのは、相当な手練れだったんだろうな」


アストリアから連れ去られたあの夜が頭の中に蘇る。
昨晩も夜の庭園を眺めていると、あの時の光景が思い浮かび、恐怖が胸を締めつけてきた。


「ですが総司殿は随分と変わられたんですね。昔は僕と平助君と三人で、よく稽古をしていたのに」

「北部では、弱い者は生き残れないと聞きますからね。総司殿もヴェルメルの四男として、強くならざるを得なかったのかもしれません」


伊庭君と山崎さんが、どこか寂しそうにぽつりと呟いた。
ここにいる皆は、まだ幼かった頃の総司様を知っている。
それなりに交流があったからこそ、今の総司様との違いに簡単には割り切れない思いを抱いているのだろう。


「なあ、セラは大丈夫だったのか?帝国でさ、酷い扱いとかされてなかったんだよな?」


平助君の問いに、私は目を瞬かせた。
そういえば、狩猟会で起きたことを皆がどこまで知っているのか、私はまだ確かめていなかった。
薫様とはじめには、アストリアに戻る道中にすべてを話したけど、それ以外の人達にどこまで伝わっているのかまではわからない。
どう答えればいいか迷っていると、不意に肩に優しい手が置かれた。


「帝国では不遇な扱いを受けていなかったと聞いている。故に、心配する必要はないだろう」


振り返ると、はじめが涼しい顔で私の代わりに答えてくれていた。
私と目が合うと、少しだけ口元を緩める。
その笑顔に、張りつめていた心がほどけていくような気がした。


「それより、殿下が呼んでいる。行けるか?」


そう言われて、私は宴の向こうにいる薫様に視線を向けた。
薫様と千鶴様は少し離れた場所からこちらを見ていて、私と目が合うと柔らかく微笑んでいた。


『うん。皆さま、少し失礼します』


騎士の方々に頭を下げて、私は席を立つ。
千鶴様の隣の席に座ると、向かいに座る薫様の隣にはじめが腰を下ろした。


「セラさん、改めておかえりなさい」

『ありがとうございます』


かちん、と小さな音を立てて、四つのワイングラスが触れ合う。
私はグラスを傾け、一口だけ口に含んだ。
甘く華やかな葡萄の香りが広がり、思わずほっと息を吐く。


「先程の件だが、狩猟会のことを知っているのは俺達だけだ。話すかどうかは、セラ自身が決めればいい」


はじめの落ち着いた声を続いて、薫様が口を開いた。


「あの時は近藤公もかなり精神的に辛そうだったから、これ以上心労を増やすべきではないと思ったんだ。何があったのか、すべて明らかになるまでは伏せておいた方がいいと判断させてもらったよ」

『そうだったのですね。お心遣い感謝いたします。もう終わったことですから、皆には話す必要はないかなと思っています』


私が微笑むと、千鶴様は少し眉を下げ、心配そうに私を見つめた。


「薫から聞いたわ。向こうで大変だったのね。身体はもう大丈夫?」

『はい。帝国に行ってから一ヶ月ほどの間にあったことなので、今はもう何も問題ありません』

「それにしても、あれほどの傷がよくここまで癒えたものだな」

「セラさん、今少し見せていただいてもいい?」

『はい』


私は左腕の袖をそっと捲った。
あの薬を毎日欠かさず塗り続けたおかげで、今では腕に残る痕もほんの僅かになっている。


「まだ少し痕はあるけれど、このくらい薄ければ、もうほとんど目立たないわね。薫とはじめさんが見た時は、そんなに酷かったの?」

「酷いなんてものじゃなかったよ。繰り返しつけられた火傷に、まるで何かで抉ったような傷まで、両腕の至る所につけられていたんだ。自分達の都合で連れ去った挙句、あれだけの傷を負わせておいて、セラが自分でやったことにするなんて……アルディオン公も、あの屋敷の連中も、俺は到底許す気になれないよ」


吐き捨てるような薫様の言葉には、総司様に対する苛立ちが滲んでいた。
私を案じてくださっている気持ちは有り難いからこそ、私はそれを否定することもできず、ただ黙って聞いていた。


「だが、その一件があったからこそ、今回セラをアストリアに戻すことができたとも言える」

『あのことがアストリアに帰るきっかけをくれたのなら、結果的には良かったです。また皆さんとこうしてお話しできるから』


あの時はもう二度と言葉を交わすことも、お顔を見ることも出来ないと思っていた。
だからこうしてまた大切な人達と同じ時を過ごせることが嬉しかった。


「俺としては、断罪出来なかったことが悔しいよ。誰がやったのかは知らないけど、そいつらはまだ屋敷で何食わぬ顔をして暮らしているんだろ?」


その言葉に、私は一度だけ口を閉ざした。
浮かんだ記憶を静かに辿りながら、どう伝えればいいのか考え、それからゆっくりと言葉を紡いだ。


『いいえ。今は、もうどなたもお屋敷にはいません』


私は総司様があの現場を押さえ、私を傷付けた人達を一人残らず突き止めてくださったこと、その使用人達をすぐに解雇して、新しい使用人の方々と入れ替えてくださったことを話した。
そして、その中心にいた側室のニコラ様も、先日、不慮の事件に巻き込まれて命を落としたのだと告げる。
三人は黙って私の話を聞いていたけど、最初に沈黙を破ったのは薫様だった。


「あははっ、そうか。なら、その女にも相応の報いがあったということだね。自分がしたことの責任を、自分自身で受け取ったまでの話だ。まったく、ざまあないね。身から出た錆とはよく言ったものだよ」

「薫、そんな言い方は良くないわ」

「だって、実際そうだろ。あれだけのことをしておいて、何の報いも受けずに済むと思う方がおかしいよ」

「確かにそうだけれど、そういうことは心の中でひっそりと思うものよ。私だって内心では、彼女に制裁を加えた方に拍手喝采しているわ」


二人のやり取りを聞いて、はじめは小さく息を吐き、それから切れ長の瞳を私に向けた。


「その側室を殺めた者は、まだ見つかっていないのか?」

『はい。お話では、その日の御者の方の身元がはっきりしなかったそうです。公爵家お抱えの御者ではなく、別人が御者の一人になりすましていたようで……その後、事件について何か進展があったのかは、私にもわかりません』


捜査そのものは、まだ続いているはずだった。
けれど、総司様がどれほど事件を気に掛け、どこまで調べているのかまでは、私には知りようがない。
総司様は、あの事件について深く気にしているようには見えなかったけど、それも総司様が自分の胸の内を見せないために、そう振る舞っているだけなのかもしれない。
結局のところ、今の私は総司様のことをよくわかっていなかった。


「可能性の話ではあるが」


はじめの静かな声に、私達は揃って視線を向けた。
小首を傾げながら次の言葉を待っていると、はじめは僅かに瞳を細めた。


「総司自身が手を下したということはないのか?」


その言葉を聞き、私は思わず首を横に振っていた。


『それはないよ。だって、ニコラ様は総司様の奥様なんだよ?』

「だが総司は昔から、セラに危害を加えた者に対しては容赦がなかった。今回、解雇されたという使用人達も、実際にどのような仕打ちを受けたのかはわからないだろう」

「斎藤、その話を詳しく聞かせて」


はじめの言葉に、薫様がすぐさま反応した。
すると、はじめは私達がまだ幼かった頃の話を、感情を交えず淡々と語り始めた。
総司様が、私に意地悪なことを言ったベリアル様に制裁を加えたこと。
酔って私に絡んできた男の人にも、容赦なく手を出したこと。
どちらも私が傷付けられたと知った総司様が、相手にそれ相応以上の報いを与えたのだという話だった。


「俺は今の総司のことをよく知らぬが、躊躇いなく人を傷付けられるあの様子には、昔から危うさを感じていた。故に以前、セラにも総司とは距離を置くよう伝えたことがある」

「セラさんは、アルディオン公と距離を置かなかったの?」


千鶴様に問われ、私は少しだけ視線を落とした。


『……はい。総司様は私にはいつも優しかったので……。それに、はじめからその話を聞いた直後に母の事件が起きて、その後は結果として総司様とは疎遠になってしまいましたから』

「でも、仮にあの男が今もセラを想っているのだとしたら、あんな乱暴なやり方で帝国に縛り付けたりなんて出来るはずがないだろ」

「普通ならば、そうだろう。だが総司は、俺から見れば普通とも少し違う。殿下も感じなかっただろうか。俺達を見るあの者の目には、時折り狂気じみたものが宿っていると」


薫様は手にしていたグラスを傾け、残っていたワインを飲み干した。
それから苛立たしげに額に手を当て、乱れた前髪を掻き上げる。


「確かに、この前も俺に対して好戦的だったよね。あの時のことを思い出すと、斎藤の言っていることも強ち冗談には聞こえないな。目的が何であれ、今回の件にはあの男の私情が絡んでいると可能性があるからね」

『私情……ですか?』

「ああ。俺が引っ掛かっていたのは、セラを帝国に留め置く理由が、どうにも政治的な利得として釣り合っていないことなんだ」


薫様はそう言うと、空になったグラスを卓上に置き、冷静な眼差しを私に向けた。


「講和を結んだ時、アストリアは帝国から厳しい条件を突き付けられていた。戦を避けるために、その場ではある程度の譲歩を受け入れるしかなかったのも事実だ。だから人質としてセラを帝国に置くこと自体は、講和の条件として理解出来るよ。アストリアが後日になって条約を破らないよう、帝国が保証を求めるのは不自然なことじゃないからね。でも、俺が疑問に思っているのはその先だよ」


薫様は空になったグラスを卓上に置き、静かに言葉を続けた。


「講和を結んだ時、アストリアは帝国に対して多くの譲歩をしている。交易の条件も、賠償金も、国境防衛の砦についてもね。帝国はそれだけでも十分な利益を得ているはずなのに、この期に及んでわざわざセラの婚姻まで帝国側の都合で決めようとしたこと自体が引っ掛かるんだ」


薫様は少しだけ眉を寄せる。


「なぜなら、セラをあの男の側室にすることは、帝国にとって新たな問題を生む可能性がある。セラはアストリア公爵家の一人娘で、将来その家を継ぐ立場にある。そんなセラが帝国の大貴族であるアルディオン公の側室になれば、二人の間に生まれた子供の扱いを巡って、帝国でもアストリアでも余計な議論が起きるのは目に見えている。」

『では、どうして……』

「そこなんだよ」


薫様は私の言葉を遮るように、低い声で言った。


「国益だけを考えるなら、もっと揉め事を生まない形はいくらでも選べたはずだ。仮に何か意図があってセラを帝国に残したのなら、もっと単純にただの人質として扱えばいい。それなのに帝国はアルディオン公の側室という立場で、セラを手元に置こうとした。条約で認められている範囲を越えてまでセラを帝国に留める理由が、国益だけでは説明出来ないんだ。だから俺は、アルディオン公自身の意思が強く絡んでいると思っている。帝国がセラを必要としていたわけじゃなく、あの男がセラを帝国から帰したくなかったんじゃないかってね」

「つまり薫は、アルディオン公の望みによってセラさんが帝国の人質になったと思ってるの?」

「可能性の一つとして考えてはいるよ。もちろん、俺がそう考えているだけで、確かな証拠があるわけじゃない。でも政治的な理由だけでは説明しきれない部分に、あの男の私情を当てはめて考えると、妙に辻褄が合うんだ。皇帝の甥であり、帝国の剣とまで呼ばれるアルディオン公なら、その程度の融通を利かせることも出来るだろうし、そこに私情が絡んでいるという決定的な証拠でもない限り、周囲が強く抗議するのも難しいだろうからね」


薫様の見解は、私が思ってもみなかったものだった。
確かに、言われてみれば理解出来る部分もある。
けれど、それでも私は、総司様の私情が絡んでいるとは到底思えなかった。


『私情だと考えても……総司様が私を側室にすることで、何か利点が得られるとも思えません。帝国での総司様の地位は、並ぶ方がいないほど高いのですよ?』

「総司がまだ、セラを諦めきれていないということはないのか?」

『それこそ、あり得ないよ。総司様は再会した時も、とても冷たかったし……最後にお出しした手紙にも、お返事をくださらなかった。その手紙のことを聞いてみた時も、すごく嫌そうなお顔をされて……それで私は総司様にはもう、とっくに嫌われていたんだと思ったくらいだから』


総司様に見放されたのは、私の方なのだ。
もし今も総司様が私を想ってくださっているのなら、私が最後にお出しした手紙に対して、あれほどまでに嫌悪を滲ませるような態度を取るはずがない。
だからこそ、総司様がアストリアに攻め入り、私はそのまま総司様のお屋敷で暮らすことになると知った時、心が凍るような思いがした。
私は昔大好きだった人に、もう一度拒まれるのだろうかと……それが怖くて仕方がなかった。


「そうなの?そんな話、今初めて聞いたんだけど」

『お伝えしていなくて、ごめんなさい。皆で参加した西部の舞踏会の日のことなんです』

「ああ……あの時か。確かに、あの時は親しげには見えなかったけど……じゃあ、あの男の屋敷で暮らしていた時はどうだったの?」

『過去のことは、お互いに気にするのはやめようという話になったんです。それからは普通にお話し出来るようになりましたし、狩猟会でのことがあってからは、私のことも気に掛けてくださるようになりました。それまでは総司様もお仕事で留守にされることが多くて、ほとんどお顔を合わせることもなかったくらいです』


私の言葉を聞いても、三人はすぐには答えを出せず、互いに顔を見合わせながら考え込んでいるようだった。
その沈黙の中で、千鶴様だけが何かを思いついたように、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「セラさんに特別な感情がなくて、家にとっても何か大きな利益があるわけじゃない。それなのに私情で婚姻を望んでいたのだとしたら……あと考えられるのは、復讐くらいかしら?」


あまりにも突飛な言葉に、私は思わず目を見開いてしまった。
すると薫様が呆れたように千鶴様を睨む。


「千鶴じゃあるまいし、いくらアルディオン公でも、そんな面倒なことはしないだろ」

「復讐ならば、そもそもアストリアに攻め入った夜にセラを連れて行く必要すらない。その場で斬り捨ててしまえばいいたけだからな」

『そうですよ。それに、総司様もご自分で、復讐とかではないから勘違いしないでほしいと仰っていましたし』

「でも、本人が自分でも気付いていない可能性もあるわ。愛憎、とでもいうのかしら。大切だったからこそ許せなくなって、自分以外の人と幸せになるくらいなら、その幸せを壊してしまいたい……みたいな?」


千鶴様は頬をほんのり赤く染めながら、可愛らしく小首を傾げてみせる。


『もう、怖いこと言わないでください』


私が困ったように眉を下げると、千鶴様は「ふふ、ごめんなさい」と小さく笑った。
けれど薫様は、そんな千鶴様を見ながら大きく息を吐くと、突然ぱんと手を打った。


「……ああ、もう。この話はやめだ!」

『薫様?』

「考えたって仕方ないだろ。あの男が何を考えていたのかなんて、本人にしかわからない。それに俺達は、もう無事にセラを取り戻せたんだ」


そう言って、薫様は私を見る。
その表情には、先ほどまでの険しさが少しだけ和らいでいた。


「これから先、わざわざアルディオン公と関わる必要もないだろうかね。だったら、今さらあの男の考えをあれこれ推測するより、これからのことを考えようよ」

「そうだな。終わったことをいつまでも考えていても、答えが出るとは限らない。セラが無事に戻ってきただけで十分だ」


総司様のことを考えれば、今でも胸が苦しくなる。
けれど私はアストリアに戻ってきて、これからはこの場所で皆とまた暮らしていける。
そう思えば、自然と口元に笑みが溢れた。


「ねえ、セラさんはまず何をしたい?」


千鶴様がそう言って、嬉しそうに私に微笑みかける。


「帝国にいる間は出来なかったこと、たくさんあるでしょう?昔みたいに庭を散歩したり、お友達に会ったり」


千鶴様が楽しそうに指を折りながら挙げていくのを聞いているうちに、自分が本当にアストリアを戻ってきたのだと実感する。
目の前には、昔から変わらない優しい人達がいる。
皆の眼差しに包まれていると、心まで温かなものが満ちていくようだった。


『私、また皆で学院に通いたいです』


その言葉に、三人が顔を見合わせ、それから嬉しそうに笑った。
お父様は私がいつか必ず戻ってくると信じて、学院には特別に事情を話して許可を頂き、休学の手続きまで取ってくださっていたのだという。
卒業まで、残り半年。
もう二度と戻れないと思っていた場所に、私はまた皆と一緒に通うことが出来るんだ。


「それなら決まりだね。久しぶりのセラとの学院生活、今から楽しみになってきたよ」


薫様がそう言って笑うと、千鶴様も嬉しそうに頷き、はじめまで僅かに口元を緩めた。


『はい。私も、とても楽しみです』


帝国で過ごした日々は、決して忘れられるものではない。
総司様とのことも、まだ心の中で整理出来てはいない。
それでも今は、帰ってきたこの場所で、皆と笑って過ごせることが嬉しかった。
残された半年を、今度こそ大切に過ごそう。
そう思いながら、私は三人に向かって微笑みを浮かべた。

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