シトラスの余薫・中

 

 
みょうじに病院で会ってからというもの、三ツ谷は妙にみょうじが気になってしまっていた。
初対面のどこか人を寄せ付けない雰囲気からうって変わって最近はよく笑うようになっていたが
それでもどこか一線を引いているような感覚を覚えて。

「なまえ」

「ん?どーした、タカ」

「オマエ、昨日も遅刻してきたけどなんかあんの?」

「いや?別に、ただの寝坊だって」

さらに、ここ最近目に見えて遅刻してくる事が増えた。
理由を聞いても今のようにはぐらかされてしまって、
三ツ谷の気掛かりが増える一方だ。
教室移動や昼食、自習や体育の授業でのペアだとか、もうすっかりみょうじと組むのが当たり前となっていたが、
それほどの距離に居ながらにしてみょうじの私的な事には何一つ触れさせてもらえない事にやきもきする自分に気づいていた。
ただ一つわかるのは、遅刻してきたみょうじからは決まってシトラスが薫っているという事だけだ。
相変わらず違和感なく日常に溶け込んでくる女装姿ももう見慣れたものだが、
その中身に踏み込もうとするとするりと逃げていく。

「……なあタカ、今年の春は、あんまり暖かくねえな」

「え……?」

「夏は暑くなくていい、冬も寒くなくていいけど
 春に寒いのは勘弁してほしいな」

教室移動の途中、隣を歩いていたみょうじは窓の外を見ながら突然そんな事を言った。
視線は窓の外、すぐにある桜の木だったが、
三ツ谷には全く別の何かを見ているように思えて心臓のあたりがざわつく。
少し開いていた窓から入り込んだ風に吹かれる横顔は相変わらず綺麗だったが、妙に寂しそうに見えた。
 

 
 

「いや、悪いな三ツ谷」

「ったく……オマエ、マジで気を付けろって。
 大怪我したっつーから来てやったらなんだよ階段から落ちたって」

「え、オレちゃんと言ったぜマイキーに」

「……あー、うん。なんとなく察した。うん」

もう春の陽気も翳りを見せている頃、三ツ谷は偶然にもいつかの病院へ足を運んでいた。
同じ東卍に所属する林田春樹が大怪我をした、と聞いたものだから慌てて見舞いに来たものの
当の本人は階段から足を滑らせて捻挫したぐらいで至って元気な様子だった。
そんな結果に肩をおとして、三ツ谷は自分達の総長の顔を思い浮かべて顔をそらしため息をつく。
と、その時視線を流した病院の廊下に、見覚えのある姿が見えた。

「なまえ……?」

以前、妹が熱を出した時に見かけたみょうじの姿。
片手に花を持って向かうその先が、いやに気になって。
学校で見るみょうじよりもさらに深いその奥が知りたくなって、三ツ谷は罪悪感を抱きつつも林田に断りをいれて後をつけた。




「あ、なまえくん。
 今日も来てくれたの?ありがとー」

「なんだ、昨日より元気そうじゃん」

ガツン、と頭を殴られたような衝撃だった。
みょうじが向かった先に居たのは自分やみょうじと同じ年頃の少女で。
その相手に向けるみょうじの顔が、心底愛おしいような、慈しむような。
見たことのない表情をしていたものだから。
三ツ谷の胸のうちにざりざりとした感情が芽生え、遅れてそれを自覚した三ツ谷はハッとして顔を上げる。
と、そのタイミングで少女の方とばっちり視線が交錯してしまう。

「……誰?なまえくん、知り合い?」

「あ?何が……、……って、タカ?
 なに、オマエも誰か知り合いが入院してんの?
 どうしたこんなとこで」

「あ、いや……悪い。
 友達の見舞いだったんだけど、見かけて思わずついてきちゃってさ」

「ははっ、ストーカーかよオマエは。
 いいよ別に、タカなら。見られたって」

学校の奴等はごめんだけど、と付け足して、花瓶に花を活けていたみょうじは笑って室内に手招きする。
ふと目に入った病室のプレートにみょうじという文字が見え、三ツ谷は先程の感情が霧散していくのを感じて
再び驚き、軽く頭を振った。

「えーっと……初めまして。三ツ谷隆っていいます」

「はい、初めまして。
 なまえくんがいつも話してるタカくんだね、
 学校での自分のお話するの珍しいからすぐ覚えちゃった」

「あ、そうなんだ?
 ていうか、妹さん?」

「そうだよ。
 ほら千花、名乗ってもらったんだからオマエも名乗って」

「あ、そうだね、ごめんなさい!
 わたし、みょうじ千花っていうの。
 なまえくんとは双子なんだよ」

よろしくね、と差し出された手をとり、改めて三ツ谷は千花と名乗った少女を見る。
顔立ちは双子というだけありみょうじとそっくりなものの点滴らしき管の繋がれた身体は痩せこけており
輝くような笑顔とは裏腹に、病に伏しているのが見てすぐにわかるほどだ。
なるほどこれがやけに遅刻をしてきていた原因か、とみょうじにちらりと視線を投げると
仕方なさそうに苦笑するみょうじが居た。



それからしばらく、学校の事や趣味の話、千花の好きなアイドルや、いつかそのライブに行きたい事。
テーブルの上に散らばったいくつもの写真や雑誌を手に取り、いくつも変わる話題を三ツ谷とみょうじは笑って聞いていた。
そして、いろんな話をしているうちに千花の検査の時間になったからと病室を後にする。
病気を患っているのに悲壮感のない千花は明るく、常に笑顔で三ツ谷やみょうじと話してくれた。
その事に感心している三ツ谷に、隣を歩いていたみょうじが不意に話しかける。

「学校に、通いたいんだと」

「え……?」

「学校に通って、授業受けて。
 いろんな事を学んで過ごすのがアイツの夢なんだ」

「……そんなに、重い病気なのか」

「今年の春はさ、いつもより寒いだろ。
 今日は元気だったけど、いつもは状態がもっと悪いんだよ。学校に、なんてとても叶いそうにないぐらい」

そう話す横顔は、いつか学校で見たものと一緒で。
憂いを含むその顔にまた胸が締め付けられるような気持ちになった三ツ谷は無意識に足を止めた。
それに気づいたみょうじは振り返って、どこか寂しそうな顔はそのままに笑顔をつくる。

「学校でのアレはさ、趣味じゃねーんだ。
 ただ、オレがああして過ごしてさ、それを話してやったり写真見せてやったりするとアイツが喜ぶから。
 まるで自分が通ってるみたいだって。そっくりだったろ、顔」

「……そりゃ、似てたけど」

「興味本位とか野次馬根性とか、あとはまあ動物園のパンダみてぇなさ、
 そんなのはまあいくらでもあるんだけど。
 それが全部気にならないくらい、少しでも元気になってほしいし、
 どんなにくだらない事だろうがやってやりたいから」

「……、……その生活の中にさ、なまえはどこに居んの?」

「……ははっ。そーゆーとこ。
 オレ、タカのそういう、そいつの中身自身を見てくれるとこ好きだよ。
 オレの学生生活は全部千花にあげるつもりだったけどオマエが居るからオレも学生できてる」

ありがとな、と笑うみょうじの手を、三ツ谷は無意識に掴んでいて。
1ミリもそうでない趣向で自分を飾る事も、周りからそのレッテルを貼られる事も。
そのレッテルがゆえに、みょうじに対するネガティブな噂話は飽きる程耳にしていた。
まるで針の筵にでも座っていたような気持ちだっただろうに、
双子の妹のために中学生という時期を媒体のように過ごす覚悟にたまらなくなって
言葉が喉を通らないままに三ツ谷は黙ってみょうじを見つめ、そして、
自分の腕の中にその身体を閉じ込めた。
いつか薫ったシトラスが、ふわりと鼻腔を擽る。

「……タカ……?
 えーっと……オレ、そういう趣味は……」

「悪い。オレがこうしたい」

「……そう?
 まあ別にいいけどさ、人が来たら離れろよ。
 この病院、学校からも近いからダサい噂たっちゃうぞオマエ」

「なんでそんなに他人ばっかなんだよ……」

「いやいや、今更オレにそんな噂が追加されようがたいしてかわんねーから」

笑いながらも、三ツ谷を無理に振りほどこうとせず、嫌がる素振りもなく。
それどころか、優しくあやすような手つきで背中を叩くものだからやけに気恥ずかしくなった三ツ谷が程なくして離れた。

「もういいの?」

「……ん。
 悪い、急にこんなことして」

「別に、タカならいいって。
 じゃあまた学校でな」

「ああ。またな」

家が逆方向らしく、みょうじとは病院前で別れる。
背は三ツ谷よりいくらか高かったが、思っていたより華奢だったな、とみょうじを思い返していると
後ろからどさりと何かを取り落としたような音がした。

「み、三ツ谷オマエ……そんな……ソッチだったのか……」

「パー……。
 いや違ぇよ、忘れろ。つーか捻挫もういいのかよ」

それは、三ツ谷がすっかり存在を忘れていた林田が荷物を取り落とした音で。
まあ林田なら明日には忘れているだろう、とどこか安心した三ツ谷は仮にも捻挫しているからとその荷物を持ってやる。
林田の前だからと、違う、と否定した気持ちは
シトラスの残り香と共に三ツ谷の中に確実に広がっていた。