本来は一人で訪れてはいけない街の外れで名前は右往左往していた。
数週間ぶりに時間の目処がついた名前は、真っ先に少年に連絡を取り今日の予定をこじつけた。しばらく会っていなかったからか寂しさを覚えた名前は、いつもなら彼の姿が見える待ち合わせ場所に今日こそは待ち伏せするのだ、と意気込み通常より30分前に家を抜け出した。
目論み通り見慣れた姿はいつもの場所にはなかったのだが、その場所に一人で佇んでいる光景は町の住民には異様なものだったようで、通りすがる住民の探るような目つきに気まずさを抱き居た堪れなくなっていた。
せめてもの目線は会わせないようにしようと俯いたその時、何やってるんだ、と聞き覚えのある声に顔をあげた。
「ダリル!」
待ち望んでいた相手を大声で名前を読んだせいか双眸を細めたダリルは静かにしろと言わんばかりに『si――』とジェスチャーをしている。
待ち合わせに無事巡り合えた名前を気にする通行人は最早居なかったが、何事だ、と怪訝そうにこちらを見やる視線にダリルは足早にそこから離れる事を決意する。
右腕を掴む腕は心なしかいつもより強い。
有無を言わさない剣幕のダリルに、今はおとなしく付いていこうと名前は開きかけた口を噤んだ。
街についてからはダリルの説教に近いお小言が飛んだ。
『あんなところに一人で立つな!』とか『待ち合わせ時間は守れ!』とか『無防備に待つな!』とか最早最後は理不尽な文句にしか聞こえなかった。時間は守れ、ということに関しては先に来るのもいけないのかと反論したかったのだが、名前に何も異常がないことを知ったダリルが自身の肩に額を乗せ安堵のため息をついていたことに何も言えなくなった。
「周りには十分に気を付けろ、何かあってからじゃ遅い」
「うん。…心配かけてごめんなさい」
おとなしく反省の色を表す名前にダリルはこれ以上彼是いうことはなく、右手を軽く握り歩き始めた。
「今日の門限は」
「えーと、今日はちょっと早いかも。17時くらいにママが帰ってくるからそれまでには部屋に居ないと」
「…わかった」
「どこに向かってるの?」
「近くの河川敷だ」
「いつもいく海は?」
「遠くには行かない。16時までなんだろ。行ける場所なんて限られてるだろうが」
「ごめん」
ここから家まで30分とかかる時間計算を逆算すると、ダリルと名前が一緒に居れる時間は後3時間ほどに過ぎなかった。
本来、家の住人に外出の旨を告げずにお忍びで出てきている。
一人で出かけようとするとかならず屋敷の誰かはお付きとして付いてくるだろうし、ましてやボーイフレンドとデートなど口走ったからには確実に交友関係を制限されるに違いない。その為、名前は母親である彼女が習い事で長時間家を空ける時を狙ってこうしてダリルと会うことにしていた。
最初はお付きである執事のマーフィーもダリルと会うことに猛反対の意を示したが、小さい時から甘やかしている名前のお願いにお嬢様愛を拗らせているマーフィーにそんな威勢は為す術もなく、有能な執事に寄って『母親が外出中、名前は部屋で勉強をしている』というウソのアリバイは今も尚暴かれていない。
「ダリル、見ない内に髪の毛伸びたね」
風に揺れている襟足を首になでつけるように触る名前にダリルは自然に身を翻す。
「急に触れるな」
「いいなぁ、柔らかい髪質」
「…聞いてねぇな」
咎めたのにもかかわらず触ることを辞めない名前にダリルが折れる。
暫く好きにさせていれば興味を無くしたように髪の毛から手を放した名前に、今度はダリルが彼女に触れていく。
「くすぐったいよ」
「静かにしとけ」
「ふふふ…ねぇダリル、楽しいね」
名前の問いかけに何も言わないダリルであったが、きっと彼もそう思ってくれているだろうと名前は気づいていた。
優しい手つきのまま名前の頬を撫でつけているダリルは、少し身を屈め小さく笑みを浮かべていた名前の口端を啄む。
かわいらしい音がして離れていく顔の距離に行き場のない互いの手は宙を舞う。そして気恥ずかしさを覚え、二人して俯く。
まだ目的地にはついていないのに、足を進めるのが途端に億劫に感じていた。
熱に浮かされるようにダリルは名前の腕を引き人気の少ない路地裏へといざなう。
言葉はなくとも、握り返した掌の熱がすべてを物語っていた。