失踪
「それでは今日はこの辺で。明日もまた同じ時間に来てくださいね」
『はい』
霊圧を制御できるようにと、京楽の提案で始まった浦原との修行。
修行といってもそこまで過酷なものではないが、時には疲労で帰ってすぐに寝てしまうほど
な時もあった。
最近はというと、制御装置の研究と開発のために、技術開発局へ通う事が多くなった。
忙しい仕事の合間を縫って、自分の霊圧制御の為に時間を作ってくれている浦原に、コウはとても感謝していた。
京楽に初めて会った時もそうだったけど、最初は正直胡散臭いやつだと、思ってはいたが……。
「ああ、そうだ、明日の内容なんですが、」
浦原から軽く明日の予定を聞き、帰り支度をしようと立ち上がる。
明日は霊圧制御装置の試作品を見せてくれる様だ。
それがちゃんと作動してくれるかの検証をするという事だった。
これまで何度か試作品の効果の実験をしてきたが、どれも結果的には失敗に終わっていた。
コウの霊圧は浦原が予想していたよりも膨大で、力を出し過ぎると装置が制御し切れなくなって壊れてしまうのだ。
その度に浦原は悔しそうな申し訳なさそうな顔をした後、いつも子どもの様に楽しそうに笑う。
研究者としてこれ程やりがいのある研究はない、と。
これが最近の彼の口癖になっていた。
自分の為に技術開発局に頼み込んでくれた京楽は勿論だが、最近はいつも親身になって考えてくれる彼の為にも頑張らなければいけない、そう思い始めていた。
適当に装置を作って渡してくれても良かったのに、ここまで真剣に考えてくれるとは思わなかったから。
「鈴村さん?ぼーっとしちゃって、どうしたんです?」
『え、あ、なんでもないです』
「随分お疲れの様ですね、早く帰ってゆっくり休んで下さいね」
そう言うと浦原は立ち上がり、コウを出口まで送ってくれた。
ここでいいと扉の手前で断りを入れると、眉を下げて笑って御礼を言われた。
ほんとに、威厳が無いと言うか腰が低いと言うか……肩書きこそ十二番隊隊長兼技術開発局局長という、誰もが畏れる存在の筈なのだが、なんというか不思議な人だ。
『……浦原』
「ん?どうしたんです?」
帰ろうと扉を開けて、一歩踏み出したところで立ち止まり、彼の名を呼んだ。
名を呼んで振り向いたは良いものの、特に話すことが思い浮かばずそのまま黙りこんでしまう。
……いや、話したいことはあるにはあるのだ。
これからまた仕事なのか、とか、どうしてそんなに熱心になってくれるのか、とか。
感謝の言葉の一つくらい言えば良いのに、いざ口に出そうとするといつも恥ずかしくて出てこないのだ。
『……』
「鈴村…さん?」
不思議そうに首を傾げる浦原。
ただでさえ忙しい人なのに、こんな下らないことで時間を費やしてどうする!と、コウは自分に葛をいれてやっとのことで視線を合わせた。
『いつも、ありがとう…』
「!」
絞り出したその言葉に浦原は目を見開いて何か言おうとしていたが、やはりどうしても恥ずかしくなってしまい、気づいていない振りをしてその場から立ち去った。あんな、安っぽい言葉だけじゃ彼にとって何の得にもならないだろうし、何かが変わるわけでもない。
ただ一方的に伝えただけ。
ただの自分の自己満足……それでも言いたかったことが言えたからか、なんだか心がすっきりしていた。
自宅へ戻る足取りがいつもより少しだけ軽いように感じた。
「……」
「ほぅ」
「よ、夜一さん!?」
「あやつも可愛い所があるんじゃのぅ。なんじゃ喜助、惚れたか」
「何でそうなるんスか!というか、ずっと見てましたよね。いつから居たんスか」
「あっはっは!お前が気付くちと前くらいからかのぅ?しっかし面白い奴じゃ、見ていて飽きん」
「はは、そうっスね。恐らくあの寡黙な所や無表情に見えるせいですかねぇ、あまり…良い噂は聞きませんが、本当はとても優しい子なんです」
「……そうじゃな」
十二番隊隊長浦原喜助、並びに二番隊隊長四楓院夜一が尸魂界から追放された。
この噂は瞬く間に瀞霊廷に知れ渡り、一部を除く全ての者を驚愕させた。
もちろんコウもその噂を聞いた者の一人であったが、驚きよりも疑問の方が大きかった。
何故こんなに突然、と。
しかもコウはつい昨日浦原と会ったのだ。
話もしたし、次の予定まで聞いた。
十二番隊隊長や技局の局長をつとめている立場上、責任感が無い筈がない。
その為、彼が霊圧装置の件を途中で投げ出したとは思えなかった。
現時点で噂でしかないこの奇怪な出来事の真相を確かめようと、コウは技術開発局を訪れた。
「何だネ貴様」
『あ……』
なんというタイミングだ。
よりによって一番苦手な男に最初に会ってしまうとは、とコウは表情は変えずに数歩後ずさった。
それが気に食わなかったのか、コウを見下ろす技術開発局副局長、涅マユリは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
その独特な顔が更に独特に見える、とは口が裂けても言えないが。
「浦原喜助は居ないヨ」
『……それが信じられないから確かめにきた』
浦原は居ない。
本当に居ないのか…。
コイツの言葉は信用できないから、まだ半信半疑だけど。
「貴様まさか、あの男が貴様の為に霊圧調整の研究をしているとでも思っているのかネ」
『…は?』
「あいつは貴様を裏切ったんだヨ。危険な存在であるお前を見捨て、面倒事から逃げたんだヨ」
『…』
やはり、コイツは嫌いだとコウは改めて思う。言っている意味が全くわからない。私の為…?裏切った?見捨てた?全て違う。コイツに聞いても無駄だと判断し、諦めて後ろを向く。
『あいつは裏切ってないし見捨てない』
「はっ、何を寝惚けたことを言ってるのかネ。現実はどうダ。奴は貴様に何も告げずに此処を去ったではないカ」
『あいつの、噂…追放されたってのがほんとうなら、何か、私なんかよりもっと、もっと重大な、何かがあったんだ』
その何かを確かめに来たのだけれど、知ってても教えてはくれないだろうことはコウには分かっていた。コイツは昔からそういうヤツだ。それに、この下らない会話の間にも、局員達がバタバタと走り回っているのを見た。局長不在というのは本当らしい。認めたくないが、そう結論付けた。
「貴様のお気楽思考には程々呆れるネ。知ってるヨ。あの男の研究を頼りにしてたことなどお見通しダ。その内自分の霊圧に食い殺されるがいいサ」
『それは、別に、構わない…』
「ハッハッハ!震えてるネ。いい様ダ。やはり貴様は我々の研究に不相応な、価値の無い存在なんだヨ!」
確かにコウの声は震えていた。それは浦原の研究を頼りにしていた、という言葉が、例えマユリから言われたとしても、すんなり納得できてしまったからである。知らぬ間に追い詰められていた事に気付いた時には、もうその場から動けなくなっていた。これ以上、コイツの言葉を聞きたくないのに…
『価値が無いなんて、そんなこと分かって…
「あんまりうちのかわい子ちゃんを苛めないでくれるかい?」
『!』
この、声は…
聞き慣れた声と霊圧を感じ、コウは顔を上げる。
声の主、八番隊隊長 京楽春水はひらりとコウの前に下り立つと、自身が身に付けている女物の羽織を肩から外す。
「よっ、と」
『あ…』
一瞬のうちに、羽織をコウの頭から掛ける。
まるでマユリから隠すように…
そして羽織越しにコウの頭を自分の胸の中へと引き寄せた。
突然の事に慌てて少しバランスを崩したコウは、京楽の胸の中へ寄り掛かる形となって動きを止めた。
「有ること無いこと好き勝手に言わないで欲しいね、副局長さん」
「事実に基づいて言ったまでだヨ」
「まったく…。コウちゃん、大丈夫かい?彼らの事はまだ疑問点が多いんだ。考え込んじゃだめだからね」
京楽の胸の中でコウはこくりと頷いた。そして、すがるように隊長羽織を握る。
「さぁて、こんな所に長居は無用だよ。戻ろう、コウちゃん」
『え、うん…って、わ…っ』
そのまま京楽に抱え上げられると、気が付けば技術開発局から少し離れた所に居た。どうやら京楽は瞬歩を使ったらしい。すとん、と地面に下ろされて、コウはそのまま京楽を見上げた。彼の女物の羽織が頭から肩へと滑り落ち、コウは地面に落とさないように慌てて押さえた。
「さて…と、探したよコウちゃん。まさか技局に居たとはねぇ」
『どうしても、確かめたかったから…』
結局、欲しい答えは貰えず、浦原にも会えなかったのだが。
「コウちゃん…」
『わたしが、勝手にあの人に甘えてただけなんだ。思ってたよりずっと、頼りにしていた。だから、動揺、して…アイツに何も言い返せなかった。だめだね、わたし』
京楽は腰を折ってコウと目線を合わせる。
今まで見たことがない程に、コウの瞳は不安げに揺れていた。
「何を言ってんだい。駄目な訳無いだろう?」
優しく微笑みかけ、コウの頭を撫でる。
そして彼女を一刻も早く安心させあげなければ、と自分の懐から何かを取り出した。
「さあ、これを付けて」
『これ、は…?』
小さな巾着袋を京楽から受け取って開くと、中には小さな石の付いた耳飾りが入っていた。
訳が分からず京楽を見つめる。
「うちの隊員が浦原くんから預かったみたいでね、僕から君に渡すように伝えて欲しいって」
『じゃあ、これ…っ』
投げ出すわけがない、そう思っていても事実何も残さず消えてしまっては受け入れるしかないのかと諦めかけていた。
しかし、やはり渡す余裕も無いほどに、何かが起きたのだ。
やっと、やっと、確信が持てた。
本当は不安で仕方がなかったのだ。
「でも意外だね、耳に飾り用の穴があいてたなんて知らなかったよ」
『うん、昔ね、興味本意で空けたの。あ、良かった…まだ塞がってない』
鏡も見ずに器用に2つとも付けると、そっと飾りに触れる。霊圧もしっかり制御されているみたいだ。
「大丈夫そうかい?」
『うん。ごめんね、ちょっと取り乱しちゃった…』
「そんなこと、気にしなくてもいいんだよ。しかし…」
『?』
「耳飾りなんて…彼も粋な事するね。まるで恋人への贈り物みたいでさぁ、なんだか妬けちゃうねぇ」
『…もう、』
何を言ってるんだと、呆れながらもコウは京楽に困ったように微笑む。少し、いつもの調子を取り戻した様子に、京楽は内心胸を撫で下ろした。
「何か、理由があったんだよ」
『そう、かな…そうだよね…』
fin.
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