その日の夜、パパは約束通りシェリル…さんを連れて帰宅した。
ところでシェリルとはパパのお姉さんのことで、つまりあたしの叔母さんなんだけど…
(相変わらず綺麗だな…)
めちゃくちゃ綺麗なのである。三十路過ぎてるよね…?四十近いよね……?
そしてパパもハンサム。お仕事柄とてもモテます。(まぁママとあたしがいるんだけどね!!)
あれかな?この家系はもしかして容姿端麗なのか?言われてみればお婆ちゃんも年齢のわりに綺麗だった気がする。おじいちゃんはもう亡くなっているから会ったことないけど。
うちはママもふんわりおっとり系で可愛いし…。
…おいおい、あたし容姿面ぜんっぜん受け継がれてなくない?最悪だ〜!ロックはビジュアルも大事なんだぞ!
と、そんなわけで。あまりにも美しいので(いくら『叔母さん』って意味の『おばさん』だとしても!)『おばさん』なんて言えるはずもなく。
「シェリルさん、お久しぶりです」
「ハーイ、エリン。元気かしら?」
「ヘビィメタルを演奏するぐらいには元気です!」
なんて会話をしながら再会のハグ。
香水を付けているのか、『大人の香り』がした。いい匂いだなあ。変態ではない。イギリスの未来を担うロッカーである。
シェリルさんをリビングに案内して、ソファーに座ってもらう。
ママが紅茶を淹れている間にあたしはスコーンを運ぶ。これはパパとの電話のあとママとあたしで作ったものだ。味は保証します、ママはお菓子作りが得意なので!
「紅茶もスコーンも最高だわ!」
「ありがとうございます」
「やぁ、待たせたね」
仕事で使った機材とギターを部屋に置いてきたパパが戻ってきて、いよいよ本題に入る。
「エリン、ホグワーツから手紙が届いたというのは本当なのね?」
「ホント!これがその手紙」
シェリルさんに昼間見た手紙を渡す。ついでに同封されていた教科書リストも。ひと通り目を通したシェリルさんは紅茶をひとくち飲んだ。
「これは間違いなくホグワーツからね」
「シェリルさん、ホグワーツって?魔法を学ぶ学校なの?」
静かに頷くシェリルさん。思わず「えっ、まじかよ」と心の声が漏れた。やっべ〜シェリルさんの前では猫を被っていたかったのに。
「あのな、エリン。ママも。」
「はい」
「なに?」
とても神妙な面持ちである。パパにしては珍しい。
こんな顔をしたパパは新曲の作曲・編曲作業が締切直前になっても終わらないときぐらいしか見ない。
こんな顔で何を言うのか。まさか締切やばいのか。
「…パパは、ジェフリー・エーカーは魔法使いの家の出身なんだ」
「……は?」
は?マジで「は?」である。
一瞬時間が止まったような気さえした。いや、止まったのはあたしの呼吸かもしれない。
魔法使い?ミュージシャンじゃなくて?
「と言ってもオレは魔法が使えない。魔法族に生まれながら魔力がないのは、まぁ…たまにあることでさ」
「はあ」
なんかもう、「はあ」としか言いようがない。言うっていうかほぼため息みたいなモンだけど。ママは空いた口を手で抑えている。絶句。
パパは魔法使いだけど魔法使いではありません?なんだそりゃ。今まで生きてきた中で一番ロックかもしれないぞ。ハハハ。
「オレは魔法が使えないけど、シェリルは魔法使いなんだ。魔法界でも顔の利く、立派な人だよ」
「そうなの?!?!」
リアル美魔女かよ、という言葉をぐっと飲み込んでシェリルさんを見る。シェリルさんはにっこり笑った。
証拠を見せる、と言ってシェリルさんはどこから出したのかなんか細長い棒を手に持ち、それをひと振り。するとリビングの隅っこに置いてあったあたし大切なぬいぐるみたち(クマ!とウサギ!)が勝手に踊り出す。宙を舞ったり、泳いだり。
えー!やだカワイイ〜!!このまま喋ったりしないかなー?!…じゃなくて!
「うっへえ…」
これが魔法なのか。
思わず変な声漏れた。
「エリンはジェフの血を受け継ぐ『エーカー家』の者でしょう?だから魔法使いでも全然おかしくないってわけ」
「えっ」
「エリンは魔法使いなのですか?」
ここまで黙っていたママが口を開く。あ、口は最初から開いてたか。
ママの問いにシェリルはイエスと答えた。
うっそまじかよ。あたしってばロックじゃなくてマジカルなガールだったのかよ。
「エーカー家はけっこう、男性は魔力を持たず生まれることがあるの。だからジェフが魔法を使えないのは特別おかしい話じゃない」
「はい」
「魔法が使えない人から魔法使いが生まれることも別に珍しいことじゃないのよ。エーカー家では一世代飛ばして魔法使いが生まれる、なんてよくあること。エリンのようにね」
ぜんぜん知らなかったのは当然として、ぜんぜん気が付かなかった。
自分が魔法使いだなんて。そんなこと思いもしないでしょ、普通。
「エリン、お前は今まで大きな怪我をしたことなかったろ?」
「? そういえばそうかも。三年前公園のでっかい木から落ちたときも擦り傷だけだったなぁ」
「それが魔法なんだ」
「ええ?!」
おっどろきですわ!なんじゃそりゃ!!
どゆこと!!どゆことなん?!
「普通あの高さから落ちたら擦り傷だけじゃ済まないんだよ」
「それは分かるけど!アレは本当に運がよかっただけで魔法とは限らないんじゃ、」
「そもそも、だ。エリン、魔力がない子にこの手紙は届かない。昔のシェリルに届いて、今のエリンに届いて…オレやママに届かなかったのが何よりの証拠だ」
「うぐっ…」
返す言葉がない。残念ながら。なんてこった。
「ホグワーツから手紙が来たからと言って、必ず通えというわけではないわ。選ぶ権利はエリンにあるの。今まで通りの暮らしがしたければそれでいいし、魔法を学びたいのであればホグワーツに通うも良し。」
「オレはどちらでもいいと思う。エリンの好きにするといい。ママは?」
「…わ、私は……まだ、あまり信じられないけど…」
「エリンが本当に魔法使いで、それで魔法を学びたいと言うならそれもいいのかな…」と、ママはそう言った。
パパとママはいつもそうだった。何事もダメとは言わない。放任主義ってわけじゃなくて、まずあたしの意思を尊重してくれる。
「ギターが欲しい」「ギターを弾いてみたい」と言った5歳の誕生日を思い出した。
あの時パパとママは笑ってギターを買ってくれた。その深緑のギターは今もあたしの部屋にあるし、大事な相棒である。今日も昨日も一昨日も…もらってからずっと、毎日弾いてる。出かける時はいつもいっしょだ。
「エリン、答えは急がなくてもいいぞ?」
「そうよ。7月31日までまだあるし」
パパに憧れて、パパみたいになりたくて毎日ギターを弾いて、歌って。路上でライブして。いつかはメジャーシーンで活躍するロックスターになるっていうのがあたしの夢だった。
ロック。あたしは最高にロックな瞬間を求めて生きてきた。楽しいこと、つらいこと。ぜんぶひっくるめて「Rock!」と叫べる瞬間を。
…このまま今までみたいに生活するのと、魔法学校に通って魔法使いとして生活するのはどっちがロックだろう?
そんなの、決まってる。
「あたし、ホグワーツに行きたい!」
だって未来のロックスターが魔法使いだなんて 最高にロックじゃないか!
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