ガイ捏造/ペールが怪我してます/ティア厳しめ。
*******
目の前で忽然と消えた、ルークと襲撃者。
譜歌が途切れた屋敷に残されたのは、昏倒する人々だけだった。
「ペール!」
ガイはまだ譜歌の影響力が残る身体を叱咤して、花壇のブロックに頭を打ちつけて倒れているペールに駆け寄った。ペールは青白い顔で瞼を閉じている。頭を中心にじわじわと石畳の上に広がってゆく血がペールの命を刻々と削っていた。
「誰か……誰かきてくれ! ペールが!」
ガイは血相を変えて叫ぶが誰も応えない。ガイの声をきっかけに、意識を取り戻した白光騎士団とメイドは主人の安否を確認するために広間へと向かい、どこかしらでガイと同じように悲鳴をあげて医者を呼ぶ声が錯綜した。
「なんで、どうしてこんなことに。誰か! 早く医者を! ペールが死んでしまう!!」
悲鳴混じりに医者を呼ぶが、誰も来ない。ガイは舌打ちをつくと、自分で医者を呼ぶために駆け出した。
ガイが医者を連れて戻ってくる頃には、中庭の花壇の傍でペールは昏睡状態に陥っていた。
傷ましそうに眉を顰めたヴァンがペールの傍で佇んでいた。
*
国境の砦カイツール――キムラスカ、マルクト間を繋ぐカイツールを前にして、和平使者一行は途方に暮れていた。
「……おい、どうすんだよ」
ルークはじとっと目を据わらせてジェイドに尋ねる。国境には兵が佇み、無許可に越境しようとする者を厳しく取り締まっている。国境を通り抜けるには旅券が必要だった。
だが、和平使者一行は誰も旅券を持っていない。ジェイドは自らの不手際を認めて内心で舌打ちをつきながら、頭を悩ませた。
「そうですね。……ルークの権力で何とかなりませんかねぇ」
「はあ?」
「ルークが王族であることを振り翳して、そこを通せと命じてみるというのは?」
「俺は通れても、お前らは通れねーと思うけど」
「私共はルークの付き人ということで」
「……マルクトの軍服着て? どう考えたって無理があるだろ……」
ルークはジェイドたちの服を一瞥して尋ねる。
「まあ、そうですね。ここは大人しく旅券が発行されるまで待つしかありませんか。ルークはともかくイオン様にはご迷惑おかけしますが……」
「おい! 俺はいいのかよ!」
ルークは吠えるがジェイドは意に介さない。
「――ここで死ぬ奴にそんなもの必要ねぇよ!」
「うわっ!?」
頭上から剣を構えて降ってきたアッシュをルークは何とか避ける。尻餅をついたルークにアッシュが一撃を浴びせる前に、駆け寄ってきた青年がアッシュの剣を阻んだ。
キィィンと刃と刃が噛み合い高音を発する。
「ガイ様華麗に参上ってな! ――ルーク、無事か!?」
「ガイ!」
安堵して表情をやわらげるルークを背に庇いながら、ガイは油断なくアッシュを見据えていた。アッシュは一瞬驚愕した顔を見せたが、すぐさま舌打ちをついて、ガイからすこし距離を取ると途端に背を向けて一目散に走り出した。ガイはアッシュを追うことよりも、ルークの身を優先させた。
「ルーク、探したぞ。怪我はないか?」
ガイは振り返ると、今だ尻餅をついたままのルークに手を差し伸べた。ルークはその手をしっかりと握り、身体を起こした。
「あ、ああ……探してくれてたのか」
「当たり前だろ。マルクトまで迎えにいけなくて悪かったな」
「ほんとだよ! サッサと迎えにこいっつーの!」
「なかなか旅券が貰えなかったんだよ……。何はともあれ、ルークが無事で安心した。ここまでどうやって来たんだ? ……彼らのおかげか?」
ガイは苦笑しながら、ルークの後方にいるジェイドたちに目を向ける。
「あー、まあ、なんつーか、いろいろあってさ……。ガイ、お前一人だけか? ヴァン師匠は?」
「……ヴァン謡将なら捕まってる。バチカル城の牢屋にいるよ」
「はあ!? なんで!?」
「お屋敷で問題が起きただろ? その事件の犯人がヴァン謡将の妹だから、共犯者の容疑がかかったんだよ。……まあ、当然だな」
ガイは苦々しく答えた。ルークは唖然として「マジかよ……」と呟いた。
「ヴァン師匠は悪くねーのに……」
「謡将のことはともかく、ルーク、お前と一緒に消えた犯人は?」
「え、ああ……ティアならそこにいるぜ」
ルークが顎でティアのことを指し示す。ティアは不思議そうな面持ちで立っていた。目を細めてガイを観察している。
「彼女が?」
「ああ、ヴァン師匠の妹」
「……そうか」
ルークの言葉を聞くと、ガイは表情を消した。
「……ガイ?」
幼馴染兼親友の異変を悟りルークは怪訝そうに名を呼ぶ。ガイはその声には応じず、次の瞬間剣を抜くと、ティアに向かって走り出した。殺意を向けられたティアは武器を構えて応戦しようとする。が、前衛のガイの素早さのほうが勝った。
「ガイ!?」
ティアよりもガイの方が早い。そう判断したジェイドが瞬時にコンタミネーションで出現させた槍でガイの一太刀を弾く。急所を正確に狙う剣の鋭さにガイの殺意を読み取り、ジェイドは目を細めた。
「そこを退いてくれ」
「理由を聞いてから考えましょう。すこし冷静になっては?」
「俺は冷静さ」
「そうは見えませんが。何故ティアを殺そうとするのです?」
「そいつは俺の親代わりの人間を意識不明にまで追いやって、たくさんの人を怪我させたんだ」
「……ティア?」
どういうことだとジェイドは名前を呼ぶことで事情を尋ねる。ティアは慌てて首を振り否定を示した。
「言い掛かりです! 私はあなたの親代わりの人を殺してないわ。それにたくさんの人を苦しめただなんて……きっと、何かの誤解か、人違いよ」
「人違いでも誤解でもないさ。君はヴァンを殺害するために、譜歌を使ってルークの家に忍び込んだ。そうだろう」
「それは……」
ティアは言いよどむ。否定しないティアに、ジェイドたちは不信の眼を向けた。
「そのせいで……君が譜歌を使ったせいで、ペールは酷く頭を打ちつけて、大量の血を流して、意識不明になった! 医者はもう目覚める見込みはないという。わかるか? 君のせいでペールは植物人間になっちまったんだ!」
「うそ、そんな、私は誰も巻き込まないように譜歌を使ったのに」
ティアが青褪めた顔で自らの行動を正当化する。ジェイドが眉を顰め、ティアの言動を否定した。
「ティア、あなたは何を言っているんですか?」
「大佐?」
「タルタロスのブリッジを取り戻す際、私はあなたに譜歌を歌い神託の盾騎士団兵を眠らせるように指示しました。あなたの譜歌によって、神託の盾騎士団兵は眠り、その場に勢いよく倒れましたね。彼らは神託の盾騎士団規定の甲冑で身体を保護していたから身体的ダメージは少ないでしょうが、これが民間人相手ならどうなると思いますか?」
ジェイドは冷ややかな声で現実を突きつける。
ティアはごくりと唾を飲み、ルークはジェイドの言葉に想像を膨らませて青褪めた。
「硬い床に頭を打ちつけたら、脳震盪を起こし、打ち所が悪ければ脳出血、死亡する可能性があります。その時は問題ないように見えても、数日後に脳出血を起こす場合があります。外に居た場合、危険性はさらに増します。地面に転倒した場合石に頭を打ちつける可能性がありますし、もしこれが街の外だったら譜歌の影響で満足に体が動けないうちに、肉食の魔物に襲われる可能性があります」
生きながらにして、魔物に食われる恐怖を味わうことになるかも知れない。
それは可能性に過ぎないが、決して無いとは言えないのだ。
「家の中でも危険です。窓に転倒すれば、ガラスは割れ、全身に大怪我を負うかも知れません。料理人が厨房で転倒すれば包丁で怪我をすることも考えられますし、火を扱う職業上、大火傷を負う危険性、油などが燃えて家が火事になる危険性もあります。そうなった場合、譜歌のせいで身体が満足に動けず逃げることも儘ならず、一酸化炭素中毒で死亡する可能性も考えられる。あなたは直接的には人を死に至らしめなくても、間接的に人が死亡し兼ねない状況を作り上げたんですよ」
「その人の言うとおりだ。ルークがいなくなったあと、屋敷中、大混乱だった。死人は辛うじて出なかったけど、それでも多数の怪我人は出たんだ。ルーク、奥様だって危ない状態だったんだ」
「は、母上が……!? それで、大丈夫だったのか!?」
「ああ。奥様は病気がちだろ? 元々そのせいで体力があまりないから、回復まで時間がかかったけど、今は問題ない。お前の無事を心配して心労が祟って、寝込みがちになってるけど、お前が無事の姿を見せてやれば元気になるはずだ」
「そ、そっか……よかった……」
ルークはほっと安堵の吐息をこぼしたあと、ティアを睨んだ。自分一人を巻き込んだだけなら寛容に許せたが、ガイの話を聞くところによると、ティアは母やペールたちも巻き込んでいる。元々ティアはライガクイーンの一件や、偉そうに指図する姿が気に入らなかった。神託の盾騎士団から一度攻撃を庇ってくれたからすこしは見直したものの、見直したことを後悔するほどの怒りを覚えていた。
「その中でもペールはもっとも酷い怪我だった。ペールはもう高齢だから、手術するのも大変だったんだ。何度も心臓が止まりかけたんだぞ!? 辛うじて助かったけど、いつ目覚めるかわからない。一度も目覚めずに、寿命を迎えるかも知れないんだ。君が譜歌を使わなければペールは今も元気だったのに……!」
ガイは憎悪を剥き出しにしてティアを睨む。ペールとガイの擬似親子関係を知るルークは親友の心情を思い遣って同情し、さらにティアに腹が立った。
「……ごめんなさい。巻き込むつもりはなかったの。本当よ」
「だからなんだ? 俺はそんな謝罪が聞きたいわけじゃないんだ。あんたに聞きたいのは、自分のしたことの重さを理解して、罪を償う気があるのかっていう話なんだ」
「え……」
ティアは戸惑いを浮かべたあと、きりっと真面目ぶった顔をした。
「……もちろん、あるわ。だから私はルークを屋敷まで送り届けようとしたのよ。本当に、」
ごめんなさい、と続くはずの言葉は、不快気に顔を歪めたガイによって遮られた。
「――その程度でペールたちを傷つけた償いになると思っているのか?」
ティアはガイの顔を改めて見遣る。十六年生きてきた中で初めて遭遇する表情に、ティアは息を飲んで思わず後ずさった。ガイは眉間に皺を寄せるだけでは足らないと、小鼻にも皺を寄せて、口元をぴくぴくと引き攣らせていた。
「ルークを送り届けることが君の誠意ある謝罪なのか? 元はといえば君がルークを無理やり連れ出したんだろう。ルークを巻き込んだことに悪気がなかったというのなら、ルークを無事送り届けることは君の最低限の義務だ。――それが、ペールたちに何の関係がある?」
「え、あの……」
「ルークとペールたちへの謝罪を混同するな」
ガイの鋭い眼差しに気圧されて、ティアはついに言葉を失った。
ルークは軽蔑に染まった眼でティアを見て呟く。
「ほんとマジ信じらんねえ……あそこには俺とヴァン師匠以外にも、ペールや、ガイだって居たのに。俺にだけ謝れば良いと思ってたのかよ」
「この様子だと、どうもそうみたいだな……残念だよ」
ガイは首を振って、ティアを見限った。ルークとガイの冷ややかな目はティアを最低な人間だと告げているようで、屈辱のあまりティアは下唇を噛んで震える。どうしてこんなに針の筵にならなきゃいけないのかー―ティアは惨めな思いでイオンに視線を向けた。ティアにとってイオンは最後の救いの砦だった。だが。
「イオン様、ティアに近付かないでください」
アニスはティアを嫌悪の眼で見つめながら、イオンを背に庇った。イオンは困ったように眉を垂れ下げて、アニスの名前を呼ぶがアニスは退こうとしない。それどころか、アニスは声高にティアを非難した。
「ダメですよぅ! もしイオン様の身に何かあったらどうするんですか? あんな危険人物に近付いたり優しくするのは反対です。それにティアのせいでヴァン謡将捕まっちゃったんですよ? キムラスカに迷惑かけてるし、ティアのせいでイオン様は頭を下げなきゃいけないんですよ。ダメダメ、ティアなんかに優しくしないでください!」
アニスの悪意はティアの心を容赦なく抉った。
ティアは呆然と立ち竦む。
「しかし困りました……ローレライ教団の軍人がキムラスカ王族を襲うなんて。マルクトは、和平仲介役にイオン様が相応しくないと判断せざるおえません」
イオンは驚愕したように目を瞠る。そんな、とアニスは声をなくした。
「イオン様には関係ないのに」
「組織に属している以上、無関係では通りませんよ。ましてティアは軍服を着用して、所属部隊を名乗ってますから。”ローレライ教団大詠師モース旗下、第一情報部所属ティア・グランツ響長”と。これを聞いて、彼女が教団の人間でないと思う者はいません」
ジェイドは皮肉ったように口角をつりあげて言う。ティアは軍人である自覚は持てど、自らが犯罪者である自覚は無かった。それ故に、自らがローレライ教団の軍人であることを公言していた。
「キムラスカは当然、モースかイオン様の命令でティアが動いたと考えるでしょう。キムラスカは大詠師モースと懇意にしています。この事実を踏まえて考えると、キムラスカにおいてイオン様よりモースの方が信用性は上です。モースと敵対しているイオン様がティアに命じて屋敷を襲ったと考える可能性の方が高い。事実は異なっていても、モースがイオン様が大詠師派を陥れようとしたと責任転嫁すれば、どうなるかわかりません」
導師派が大詠師派を陥れようとした証拠がないので疑念で終わるとしても、払拭できなければイオンへの不信感は残る。世界の半数を治めているキムラスカに導師派の長が不信感を持たれれば導師派の影響力が落ちて、大詠師派の台頭を許してしまう。そうなってしまえば、イオンが導師でいられなくなるのも時間の問題だ。
ジェイドが難しい顔で説明すると、イオンとアニスは揃って顔色を悪くさせた。
ティアの犯罪がイオンの責任にされてしまう――導師派にとって、イオンにとって大きな痛手だった。
「そんな……そ、そうだ! ルーク様がイオン様を庇ってくれれば……!」
「お、俺!?」
話の矛先を向けられたルークはギョッと驚いた。
「ルーク様ダメですか?」
「いいけど……でも、俺が庇ったところで大して意味ねーぞ」
ルークは苦虫を踏み潰したような顔をした。ガイは難しい顔でもっともらしく頷いた。
「ルークには政治影響力がないからな……」
ルークは当てにできないと言外に言うと、イオンとアニスは落ち込んで項垂れる。ジェイドは思考に耽る。
今回の一件はマルクト派としても大打撃だった。
和平交渉のためにキムラスカに向かっているのに、同行者の中にキムラスカ王族を狙ったティアがいるのだ。マルクトがルークを保護したと言っても、キムラスカはマルクトと導師派が共謀してティアに公爵邸を襲撃させて、擬似超振動が起きてルークを連れ出せたことを幸いに、彼を人質に取ったと判断するだろう。そんなつもりは無いと弁解しても、ティアを野放しにしている以上、その言に信憑性はない。ジェイドは視界の端に映る、青褪めて呆然とするティアを見る。切り捨てるしかない。
「――イオン様、マルクトはティアを緊急逮捕したいのですが。その許可をいただけますか」
ジェイドの冷ややかな声が広がり、弾かれたように一同が面を上げた。
「何を……」
「事は導師派だけの問題に留まらず、マルクトにも及びます。私は和平使者として、和平交渉の障害になるものは排除しなければなりません」
「ティアが、和平の障害になると?」
「少なくとも今のままではそう判断せざるおえません。このままティアを野放しにしておけば、マルクトは導師派と共謀して公爵邸を襲撃したばかりかキムラスカ王族を人質に取った嫌疑が掛かります」
もっとも、もう遅いのかも知れないが。
「これ以上ティアのせいで、マルクトの評判を落とすわけにはいきません。イオン様だとて、ティアのせいで立場を悪化させたくないでしょう」
ぐっとイオンは息を飲む。その些細な動作が彼の胸中を周囲に教える。イオンだとてティアを庇う余地はないのだとわかっているのだ。言葉にしないだけで。だが、口にしてもらわねばならない。導師イオンはティアを切り捨てたのだと、彼女が起こした行動を迷惑に思っているのだと、公言してもらわねばならなかった。
ジェイドは強い口調で答えを迫る。
「今すぐご決断を」
ティアが縋るような眼差しをイオンに送る。一方ジェイドはティアを切り捨てるように奨める。家族を亡くしかけたガイの厳しい眼がイオンの決断に睨みを利かせる。
ああ……。
イオンの口からこぼれ落ちた吐息は苦渋に染まっていたが、彼ははっきりと言葉にした。
その言葉はティアを絶望の入り口に押し込める。
蒼白して佇むティアの心情を考慮することなく、ジェイドは一言言った。
英断です、と。
END.
prev next
back