(逆行PM)

「はぁ? 行くわけねーだろ」

馬鹿じゃねーのこいつら――と雄弁に語る翡翠色の冷めた双眸を向けられた一行は不快げに顔を顰めて、何度目かわからない思いを一つに揃えた。
このルークはわがまま過ぎる。過去、仲間たちが共にアクゼリュス崩壊前まで過ごした改心する前のルークよりも上を行く傲慢さだ。ルーク自身の行動は以前と変わりないのだが、彼らの目の前にいるルークは以前よりも数段わがままであった。

何しろこのルークときたら、ティアがファブレ公爵邸にヴァンを打倒すべく侵入し、結果的にルークを巻き込んでしまったときティアが謝罪したにも関わらず「謝られたところで誰が信じるかよ!」などと言って、ティアの謝罪を受け付けなかった。外に初めて出たルークにせっかくティアが戦い方を指南してあげたのに、そのときも「はぁ!? なんで俺が戦わなくちゃいけねーんだよ!」と戦闘拒否し「お前が盾になれよ」と後衛のティアを盾にする始末。
エンゲーブに何とか着いたときも、屋台の林檎を勝手に食べたのは自分なのに、食糧泥棒の濡れ衣を着せられたときカンカンに怒って「マジ信じらねぇ、この俺を食糧泥棒なんかと間違いやがって! 俺の背中に蹴りまで入れたあの村人、ぜってー許すもんか!」といきり立っていた。
再会したジェイドがルークに和平の協力を仰ぐと「誰が俺を拘束するつった奴らに協力するかよ」と頑なに受け入れなかった。ルークは和平の大切さを理解していないのだ。その後も、一悶着ありつつ、一行はルークの扱いに辟易しながらもカイツール軍港までたどり着いた。

そして、かつてと同じようにカイツール軍港襲撃事件は起きた。
以前と同じように攫われた整備士長を救出すべく、コーラル城へ行こうとするイオンたちに、ルークは冒頭の冷めた言葉を告げたわけだ。

「もう! ルーク! わがままはいい加減にしてちょうだい! 貴方は整備士長の命がどうでも良いって言うの!?」
「誰もそんなこと言ってないだろ! ただ俺は行かねえって言っただけなのに、何でそういう発想になるんだよ! 行きたきゃお前らだけで行けよ、俺はやだね。かったりーし」
「人助けを面倒がるなんて、貴方、最低よ」
「お前に言われたくねーっての! 整備士長を助けに行く理由を、預言に詠まれてるから、なんて言った冷血女にはよ! 預言に詠まれてなきゃ助けないくせに、今さら善人ぶってんじゃねえよ! 胸糞わりぃ」
「な…」

侮蔑するような目を向けられて、ティアははくはくと口を無意味に開閉させる。
今のティアはべつに盲目的に預言を信じているわけではない。かつては預言に従うことは正しいことだと思い込んでいたが、預言に従った先に待ち受ける未来を思うとそんなこと到底言えるはずもない。だから、今のティアは『預言に詠まれていたから助けに行くんじゃないわ!』と言い返すことは出来たが、かつては整備士長の災厄は預言に詠まれているのだから助けに行くべきだと口にした手前、言い返すことが出来なかった。
何より、好意を抱くルークに批判されたことが堪えた。――あのとき、ルークはティアの言動を批判しなかったが、本当は今のルークのようなことを心の底で思っていたかも知れない。そう思うと、背筋にひやりとした感覚が走り、自然とティアは黙り込んでいた。

心なしか顔色が悪くなったティアに気遣わしげな眼を向けて、イオンはルークを強い眼差しで見つめた。

「ルーク、ですが貴方が行かないとアリエッタは殺すと…」
「ヴァン師匠が何とかするって言ってたろ。俺は知らないね」
「ルーク…貴方が行かない所為で、整備士長は殺害されてしまうかも知れないんですよ!?」

心根は優しいルークだ。自分の所為で殺害されるかも知れない人を、見過ごすことなんて出来ないはずだ。
きっと、自分達の意に添う決断をしてくれるはず――イオンはそう思っていた。ルークはイオンの言葉にぴくと身体をわずかに揺らしたが、それでも良い返事を返してくれなかった。

「ルーク、どうしてですか?」
「…ルーク様ぁ、助けてあげましょうよ〜」

アニスが『なにルークの分際でイオン様に逆らっちゃってるわけぇ?』と非難じみた眼を向ける。
ガイも苦笑交じりに「助けてやろうぜ? な?」と癇癪起こした子供を宥め賺す口調で、ルークに向かって言う。ジェイドは成り行きを見守り、ルークは苛立った様子で怒鳴った。

「行かねーって言ってんだろ!! 行きたきゃお前らだけで勝手に行け! 俺は知らねー! 大体、なんで俺がお前らのわがまま聞いてやんなきゃいけねーんだよ! 俺はお前らに巻き込まれて殺されかけるわ、人を殺す羽目になるわでろくな目に合ってねーんだぞ! 俺がライガクイーン殺したわけでもねーのに、アリエッタには敵って言われるし、しかもアリエッタに殺害予告されてんのに、お前らはそんな危ないヤツのところにみすみす俺に行けって言うのか!? 俺が殺されでもしたらどーすんだよ! 責任取れんのか!?」
「それは…でも…」

懸念でしかないと、根拠も無くイオンは言おうとするが、ルークは頭を両手で掻き毟った。

「でもも何もねーっつーの! とにかく、俺は行かない! 行きたいならお前らだけで勝手に行け!」

自分の命が惜しいと言うルークに、一行は失望を感じた。
アリエッタに殺害されてしまったらどうすると言われても、一行にはルークが余計な懸念を覚えているようにしか見えなかった。前回はそんなことは無かったし、今回だってきっと上手くいくはずだ。根拠もなくそう思う彼らは、以前の旅路がどれだけ彼らにとって幸運に恵まれていたのか理解していなかった。

「…仕方ないですね、僕たちだけで行きましょう」

本当に仕方ない様子でイオンはそう言う。ティアは溜息をつきながら同意を示し、アニスはルークを軽く睨んだ。
ガイも手のかかるルークに苛立ちを禁じえない様子で渋い顔をして、ジェイドは何を考えているのかわからない表情で「話は終わりましたか? それならサッサと行きますよ」と言った。ルークをカイツール軍港に置いて、一行は歩き出す。ティアはミュウも連れて行きたがったが、ルークの肩に乗っかったミュウは彼から離れようとしなかった。アリエッタの言うことをまんまと聞く一行を、ルークは呆れと嫌悪が入り混じった視線で見送る。
一行はその視線に気付くことなく――あるいは気づいていても、視線の意味を理解することは出来ずに――アリエッタから整備士長を助け出すべく、コーラル城へ向かった。






「ほんっとこの頃のルークってわがままだよね〜」

刺々しい口調でアニスがそう言うと、一行の全員が同意を示した。
アクゼリュス崩落という惨事を目の当たりにしない限り、ルークが変わることはないのだ。そう思って、一行は苦々しい表情をする。今度こそアクゼリュスの住民を助けたいが、またしてもルークの所為でアクゼリュスは崩落してしまうかも知れない――それ以前に、一行はなぜルークがアクゼリュスを崩壊することが出来たのか、その理由について考えてもしなかった。彼女らは一様に、ルークがアクゼリュスを崩落させたという結果しか見ていない。コーラル城にたどりついた一行はアリエッタを退け、整備士長を救出する。タイミング良く現れたヴァンにアリエッタを預けると、導師イオンを仲間に入れてカイツール軍港に戻った。ヴァンや六神将がこれから起こすことをさすがに理解していた彼女らは、ヴァンとアリエッタを今の時点で殺害しておきたかったが、今の一行では、戦闘経験が足りないから無理だと、一行の頭脳役であるジェイドが判断したため、実行に移すことは出来なかった。何故、身体だけ今の自分たちなのかと悪態をつきたくなる。彼女らは、記憶と感情だけ、ND2000時の肉体に戻っていた。
この頃のルークのわがままっぷりに毒づきながら、会話に花を咲かせて、一行は軍港に一歩足を踏み入れた。

「…なんか騒がしくないか?」

怪訝な面持ちでガイが言うと、一行の全員が同意した。
アリエッタに襲撃された軍港が騒がしいのは当然であったが、以前とは違う騒がしさだと一行は一様に思いをそろえた。
大事な軍事拠点でもあるカイツール軍港を、六神将とは言えたかが少女ひとりに襲撃されて、あまつさえ人質まで取られてしまったのだ。キムラスカ軍人は自国の軍港を守ることが出来ず内心で腸が煮えくり返っていたが、最優先に何を行うべきなのか忘れていなかった。まず被害がどれくらい出たのか大まかに把握し、平行して、殺害された軍人の死体を安置所に並べる。それらを行っている軍人たちをさらに忙しくさせる存在があった。

一行たちの存在に気付くと、キムラスカ軍人は厳しい目つきで彼らを一様に取り囲んだ。
ティアたちは動じなかったが、整備士長は「ヒッ」と慄いた声をあげた。善良な一般市民が軍人に取り囲まれるという状況はあまり無いので、整備土長の反応は仕方ないことだった。ティアたちはてっきり整備士長を救出したお礼を言われると思っていたのだが、取り囲む軍人たちはピリピリとした雰囲気を放つばかりでお礼など言いそうになかった。イオンはおずおずと口を開く。

「…あの、整備士長は僕たちが助けました」

キムラスカ軍人はその言葉によりいっそう、厳しい目つきをした。
意味がわからず、イオンたちは困惑してしまう。
一行を取り囲む軍人の背後から、ルークがひょっこりと顔を出した。

「へー、本当に助けたのか。整備士長が無事で良かったじゃん」

ルークの物言いが癇に障り、ティアとアニスが眉根を寄せた。

「ルーク。貴方、その偉そうな言い方何とかしたらどうなの?」
「…ルーク様の言い方って〜、すっごくむかつく喋り方だとアニスちゃんは思うなぁ」

ティアとアニスの物言いこそ、周囲にいるキムラスカ軍人の怒りを煽った。
自分たちに向けられる無数の怒気を感じ取り、ジェイドとガイは落ち着かない様子で視線を走らせた。ルークに意識を向けているイオンとアニスとティアは、自分たちに向けられた冷たく尖った視線に気付かなかった。

「俺の喋り方についてお前らにどうこう言われる筋合いはないっての。…つーか、お前らさ、今の状況わかってる?」
「は?」
「イオンもアニスもティアも、何の無関係そうな顔してるけどさ、お前らの同僚がカイツール軍港を襲撃したことについて何にも思わないわけ?」
「それは……本当にアリエッタが申し訳ないことをしたと思っています。すみません」

イオンは沈痛な面持ちで頭を軽く下げて謝罪する。
ルークはつまらなそうな顔でイオンの謝罪を聞いていた。

「ところで、そのアリエッタはどうしたんだよ」
「え…」
「え、じゃねーだろ。アリエッタはどうしたって聞いてんだよ。アリエッタは、軍港を襲撃した犯罪者だ。キムラスカに引き渡すのが筋ってもんだろ」
「それは、…彼女はヴァン謡将がダアトに連れて行きました。ダアトで査問会を開いて、」
「加害者の身内が、加害者を罰するために査問会を開くって? …どうせ軽い罪にしかしないんだろ? だからアリエッタを連れて、ダアトに戻ったんだよな、ヴァン師匠はよ!」
「!」

イオンの謝罪は上辺だけのものだと、暗に告げられていた。まさかこのような言葉をルークにぶつけられるとは思ってもいなかった。ショックを受けたようにイオンは驚愕した表情で立ち尽くす。守護役のアニスと、ティアが心配したような声でイオンの名を呼び、ルークを非難した。

「何よ! そんな言い方しなくたっていいじゃない!」
「イオン様になんてこと言うの。アリエッタはきちんとダアトが裁くわ。身内贔屓なんてするわけないじゃない!」
「それならよりキムラスカに引き渡すべきだろ。身内贔屓してばっかのお前らの言葉なんて、信用できねーんだよ!」
「な…!」
「僕たちは身内贔屓なんて…!」
「してないってのか? それならどうしてアリエッタを引き渡さないんだよ! そこのティアも、なんで捕まえないんだ! そいつは、俺の家であるファブレ公爵家を襲撃して、家人をナイトメアで攻撃して眠らせたあと、中庭でヴァン師匠を襲ったんだぞ! 俺が邪魔したから無事だったけど、もしヴァン師匠が譜歌の耐性がなかったら、無抵抗な相手を何の躊躇いもなく殺人してる、非道なヤツなんだよ!!」

ルークの話を聞いていたイオンたちは驚愕に顔色を変える。
ティアとルークがふたりでマルクト帝国にいた理由を、彼らは気付ける立場にいたのに、無視していた。ティアは慌てたように弁解した。

「それは、私にも事情があったのよ! 大体、私はファブレ公爵家を襲撃したつもりもないし、家人をナイトメアで攻撃したつもりもないわ。ヴァンを殺害する場所にファブレ公爵家を選んだのは…その、申し訳ないと思ってるけど。でも、決して貴方や家人を傷つけるつもりなんか無かったわ、だからこそ、侵入するときにナイトメアを歌ったのよ」

ティアの弁解は、彼女の非常識を浮き彫りにしただけだった。ルークの話を聞いたあとでは、ティアの弁解は自分勝手な理由にしか聞こえない。
イオンたちですら信じられないような目を向けているのに気付かず、ティアは悲痛な面持ちで「決して害意はなかったの。信じて…くれないかも知れないけれど」と、まるで舞台に立つ女優のように悲劇のヒロインを演じてみせる。観客が白けていることにも気付かず、彼女は自分の演技に陶酔していた。

「ルーク…」
「…信じられねーよ! 信じられるわけないだろ!? なに自分勝手なことばかり言ってんだよ、お前! お前が歌うナイトメアで、魔物が殺せるんだぞ!」

タタル渓谷を下るとき、何度も遭遇した魔物。
サイノッサスなどの魔物を、彼女は何度となくナイトメアで屠っていた。ナイトメアを詠唱する前に、彼女は「深淵へと誘う旋律…」と言葉を置く。彼女はナイトメアの効力を理解せずにその言葉を言っていたのかも知れない。だが、皮肉なことに、その言葉は真実ナイトメアの真の恐ろしさを告げていたのだ。ナイトメアは、味方識別を施した相手以外を、深淵――一生目覚めることが出来ない深い眠りの淵へと導くことが出来ることを。

「もしお前のナイトメアで、俺や家人が死んでたらどうするつもりだったんだ!? それでも”巻き込むつもりはなかった”って、”私情だから貴方には関係ない”って…言えたのかよ!?」

ティアが大量無差別殺人未遂という、犯罪者の烙印を押されても不思議ではなかった。
ナイトメアをただ眠らせるだけと思い込んでいたティアは、ナイトメアがどれほど恐ろしいものであったのか気付かされ、身体から力が抜けそうになる。かくかくと笑う膝によって立つことも困難になった彼女は地面に崩れ落ちた。瞬く間に血の気を失った顔色、震える唇で彼女は呟く。私はそんな、そんなつもりじゃなくて、と。だが、どんな言葉を言ったところで、言い訳にしかならない。
イオンたちは途端にティアが罪人に思えてきて、自然と彼女から距離をとった。

「…イオンはティアを捕まえなかったよな。ジェイドも。なんで、俺がティアと一緒にいたのかすら、話を聞くこともしなかったよな」

ジェイドは血相を変えた。焦燥が胸中を埋め尽くす。

まずい、このままでは。
――しかし、そもそも何がまずい?

何かを言わなくてはと、言葉を探しあぐねているうちに、ルークが言葉を放つ。

「――お前ら、もしかして共犯だったんじゃねーの?」

ダアトとマルクトが手を組んで、キムラスカに甚大なダメージを与えようと、計画を企んでたのではないか。
向けられた恐ろしい疑惑に、咄嗟に否定を返すことが出来なかった。彼らは自分たちが、ティアの所為でそのような疑いを向けられるとは、甚だ思っていなかった。


それが、命運を分けた。


瞠目して何も言えずにいるイオンたちに、針の筵が突き刺さる。

「あ…」

違う、と言う言葉を口に出す前に、怒号があがり。
限界点を突破したキムラスカ軍人の激しい怒りに晒された彼らは、犯罪者として、その身を拘束された。


彼らの末路は、推して知るべし。



END.
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