地面にぽっかりと開いた穴が、ライガの住処だ。
洞穴の中は薄暗く、日の光が明るく射し込んだ森へいた影響か、入り込むときにわずかな勇気が試された。


「足元が滑りやすいので、気をつけてください」
「だーれが転ぶかよ!」


湿り気を帯びた土を踏みしめて、木の根っこで出来た道のようなものを歩んで、奥へと進む。人が踏んでも折れない程度には木は太い。坂のようになっていて、足に力を入れないと滑り落ちてしまいそうだった。


「うわっ!?」


注意したのに、足を滑らすのがルークである。踏み出した足が見事に滑って、前のめりに倒れそうになるところを、ジェイドが腰に腕を回して助ける。傍にいたマルクト兵が手を貸す間もない。


「おやおや、大丈夫ですか?」


ジェイドは笑う。
顔面から転ぶ寸前で助けてもらったルークは、転ばないと言った手前、恥ずかしくなって顔を赤く染めた。


「〜〜〜離せっ!」
「はい」


ルークは体制を整えて、一息つくとそっぽを向いた。


「…べつに、お前に助けて貰わなくたって転んでねぇっての」


とルークは減らず口を叩く。ティアが「ルーク!」と甲高い声をあげて、ぐっと詰まったあと、ジェイドにだけ聞こえるような小さな声で「…ありがとう」と言った。
礼を言ったのが気恥ずかしかったのか、背を向けて、先陣を切っていたジェイドよりも先に行ってしまう。
ずんずんと大股で進むルークに彼の手に掴まれていたミュウが「ルークさん、顔真っ赤ですのー」と口走ってしまい、ミュウは思い切り地面に叩きつけられて呻いた。


「おやおや、これはこれは…」


何とも微笑ましいことで。



思わずと言った様子で、ジェイドは顔を綻ばせる。
目撃してしまった哀れな人物の代表者、アニスは引き攣った顔で呟いた。


「大佐きもーい…」
「何か言いましたか?」
「いえっ、なんでもありません!」


しかも地獄耳かよ、とアニスはひっそりとぼやいた。







女王を守る配下と思しきライガが、警戒心剥き出してで低い唸り声をあげている。
わずかに開いた口からは二対の牙が見え隠れして、その太い獰猛な牙で首にでも噛まれたら、ひとたまりもないことは簡単に想像できた。
武器を構えてライガクイーンの元までたどり着く。開けた空間の奥に、木屑のベッドがある。その上に、人の頭ほどある無数の大きさの卵を守るように、通常のライガの十倍くらいはありそうなライガが巨体を横たえていた。あれがライガの女王だ。
卵の孵化を間近に控えて、気が荒立っているライガの女王は、人の気配を感じて両耳をピンとあげて、グルルルと唸った。
ライガの女王の迫力は凄まじく、魔物に慣れているマルクト兵も緊張を隠せない顔をしていた。平然としているのはジェイドだけだ。ルークの手から解き放たれたミュウが、ライガの女王の様子を見て、耳を落ち込んだように垂れ下げる。


「みゅう…ライガクイーンさん、怒ってるですの」
「まぁ仕方ありませんね。ミュウ、これから私が言うことを一言一句違えずに言ってください。良いですね?」
「はいですの!」
「では、――不躾ながらこの森から出て行ってください」
「みゅみゅみゅみゅう」


ライガの女王が咆哮をあげた。音の振動で、天上がわずかに崩れ落ちて、パラパラと木片が落っこちてくる。
このままでは、ミュウが潰されてしまう。動く必要もないのに、ルークの身体は自然と動いていた。木刀を振りかざし、木片を横なぎに払う。気がついたときにはミュウの身を守っていて、ミュウがきらきらとした大きな眼でルークを見上げた。


「お、お前を守ったんじゃないぞ。イオンを守ったんだからな!」
「ルークさんはミュウの恩人ですの〜!」
「うるせぇっつーの! 抱きつくな! うぜぇ!」


ルークの優しさに、感極まって身を震わせたミュウが、ルークの足に抱き着く。ルークはうっすらと頬を赤く染めて、ミュウを蹴り飛ばした。


「仲良しですねぇ」
「お前も! なんだよ、この森から出てけって! んなこと言えばライガクイーンが怒るの当たり前だろ!?」
「そうですよ、ジェイド。あんな言い方は…」


イオンが困りきった顔で、ルークの言葉に同意する。


「おや、そうですか?」


ジェイドはわざとらしく肩を竦める。


(私は、かつてのイオン様を真似しただけなんですけどね)


森から出て行け、とかつて言ったのはイオンだった。ジェイドの言葉は、イオンの言葉を簡略化させただけのものだ。


「では、イオン様ならどういたしますか?」
「え…それは…」


イオンは口ごもってしまう。いくら待てどイオンから良案が出てくることはないだろう。
ジェイドは早々に見切りをつけて、ライガの女王に向き直った。


「――ライガクイーン、無礼な態度をお許しください。私はマルクト帝国国軍第三師団所属ジェイド・カーティスと申します」
「みゅみゅみゅうみゅうみゅうみゅ!」


ライガの女王が何かを話すように、鳴き声をあげた。


「みゅう…人間を使ったのか、チーグルの卑怯者め! 我らを人間に殺させる気か、と言ってるですの…」
「卑怯なのはライガクイーンの方でしょう! 聖獣を使って村から食糧を盗ませるなんて…」


明らかにチーグル寄りの考えを見せるティアが、怒った様子を見せる。ティアの言葉をミュウが通訳しようとしたので、「ティアの言葉は通訳しないで結構ですよ」とジェイドは止めた。


「それは違います。確かに、最初に人の手による介入を望んだのはチーグルでしょうが……我々はこの件を穏便に解決したい。マルクトが望むのは、これ以上チーグルによる食糧窃盗を食い止めること、それと、ライガクイーンの移住です」


グルルルル、ガゥ! ――ライガの女王が吼える。


「チーグルの食糧窃盗など我らには関係ない、それはチーグルがしたことでライガには一切関係ないはずだ、と言ってますの」
「そのとおりです。食糧窃盗はチーグルが犯したこと。それに関して、あなたを責めるつもりはありません。しかし、あなたには移住してもらいます」


グルルグルゥ。ライガの女王は唸った。


「チーグルの味方をするのか、と言ってますの」
「違います。このままあなたを放置しておけば、孵化したあなたの仔供によってエンゲーブが襲撃される恐れがあります。私は軍人として、それを食い止めたいだけです。チーグルの味方をするつもりはまったくありません。――この森の脇にある川を渡り、少し行った先にキノコロードと言う場所があります。そこにはライガが生息するだけの充分な食糧が取れます。移住して頂けませんか?」


ライガの女王は返事をしない。ライガの女王の鼻頭に寄せられた皺が、どうして人間の身勝手な提案に応じなければならない、と不満を示す。
だがしかし、ジェイドは最初から拒否できる提案をしたつもりはなかった。


「了承を頂けない場合は、武力行使も辞さないつもりです」


これは言わば、お願いの名を借りた、命令だ。
ライガの女王が咆哮をあげた。


「我らを脅すつもりか、人間め! と怒ってますの!」
「移住に了承を頂けない場合は、それも致し方ないと思っています。私としてもあなたを殺したくはありませんが、かと言ってこのままあなたの仔供が孵化するのを黙ってみているわけにはいきませんので。私は人間で、軍人ですから」


――魔物の事情より、人間を優先するのは人間として当然のことでしょう? 
ジェイドは冷淡に言い放つ。


そもそも、ジェイドとしては魔物の事情など本来考慮するに値しない。
このままライガの女王を殺せば、妖獣のアリエッタと衝突する危険性があるので、それを回避したいとは思っているが(母を殺されたことで、彼女はルークを一段と恨むことをジェイドは知っているから)回避出来ないならそれでも良い。
アリエッタからの恨みは自分一人で背負えば良いし、彼女が敵対するというのなら、どの道ジェイドは彼女を殺す。


「移住して、頂けませんか?」


殺されたくなければ。――ジェイドは小さく呟いた。
その言葉は、人間よりも数十倍聴覚が発達しているライガとチーグルには聞こえたらしい。
ミュウは怯えたように耳を垂れて、ライガの女王はグルと怖気づいたように喉を鳴らす。


「よかろう、引いてやる。…そう言ってますの」
「ありがとうございます」


部下に目配せして、持ってこさせた肉をライガの女王の前に置かせる。


「こちらはお礼です。どうぞお納めください」


人の手によって飼育された肉は、魔物とは比べ物にならないくらいご馳走だ。ライガの女王はグル、と一つ鳴いて、ありがたく受け取った。


ライガの女王が天に向かってひと吼えすると、ライガがどこからともなく続々と現れる。いつでも戦えるように武器に手をかけて、マルクト兵は警戒する。警戒を通り越して、戦意をむき出しにしたのはティアで、アニスはイオンを背に庇った。
ライガたちは人間を無視して、移住の準備を整える。ある程度育った卵は大きく、運びにくそうだ。卵を前にうろちょろとするライガに見ているのが耐え切れないと言った様子で、ルークが「あー、もう!」と声をあげて一歩足を踏み出した。ライガが飛び掛ってきてもルークを守れるように、ジェイドは右腕に意識を集中させて槍を取り出せるようにしておく。


「ルーク様!」


ライガの視線が一斉にルークに集まる。マルクト兵が慌ててルークの行動を制止しようとするが、ルークは「退け!」と言って無理やりマルクト兵を押しのけた。
そうして、肉を包んでいた一枚の大きな布を取り払うとライガに向かって言った。


「この布で卵包んで、お前らの背に取り付けてやるよ。そうすりゃ、卵持ってけるだろ」


どことなく強張った顔なのは、これほどの魔物に囲まれたことがない所為だろう。ライガの群れに怯えながらも、そうした行動に移せるルークは非常に勇気があった。
ルークの翡翠色の双眸には、ライガに対する怯えはあれど、敵意はまったく無い。戸惑うライガをよそに、ルークはずかずかとライガクイーンの隣をすり抜けて、卵が置かれている木屑のベッドに手を伸ばす。優しい手つきで、丸い卵を持ったルークは、割れないようにそっと布に包んでゆく。
すべての卵を包み終えたルークは、本当に割れないかどうか確認すると、ライガクイーンとまではいかないが、そこそこ立派な体躯のライガに目をつけて、そのライガの背に布を括りつけた。


「よし。これで大丈夫だろ」


満足そうに頷いたルークは、「あー、かったるかった」とだるそうにぼやいて、頭の後ろで両手を組むと、サッサと洞穴の出入り口に向かって歩き出してしまう。
呆気に取られてルークの行動を見守っていたマルクト兵を叱るように一瞥して、ジェイドは彼の後を追わせた。残ったのは、イオンとアニス、それにティアとジェイドだ。
ルークの背中を見送ったイオンはやんわりと微笑んだ。


「…ルークは優しいんですね」
「…そうかも知れません」


ティアはいまいち納得がいかなそうな顔をしていたが、イオンの言葉を否定する気はないようだった。だが、彼女の場合ルークは優しいではなく、甘い…つまりはぬるいように見えるのだろう。
かつてのジェイドがライガクイーンを卵もろとも殺害したとき「後味悪い」と言ったルークに対して「優しいのね、それとも甘いのかしら」とティアは言っていた。彼女は、いくらルークが優しかろうとも、ルークの態度を甘いと評価するのだろう。――ルークが断髪して、自らの言うことを素直に聞くようになるまでは。


「…目障りですね」


――ティアは邪魔だ。疎ましい。彼女がいるだけで、ルークに悪い影響が出る。
呟かれた声は、温かみを持たず冷えたまま消失した。
ジェイドの呟きを拾ったアニスは背筋を凍らせて、青白くなるしかなかった。





END.
以前サイトにupした書きかけを完成させてupしてみた。
「優しいのね、それとも甘いのかしら」のティアの言葉ですが、原作でティアは皮肉ってこの言葉を使ったんでしょうが、この時点でティアはルークが優しいことを知っていたはずなんですよね。だから、優しいって言葉が出てくる。だけど、彼女にとってはルークは優しいじゃなくて、甘いように見える。何でかというと、ライガクイーン殺害までにルークに手間をかけさせられたので(ティアの認識からすると)、ルークに悪感情を持っていたから。まぁ、人間ですからね。そう思うとティアのあの態度わからなくはないのですが…そうなると、ルークに悪感情抱いて一つに纏まっていたのが、アクゼリュス崩落までのPMなんでしょうねー…。


2010.11.17
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