その後、ルークは保護と言う形でジェイドたちと同行することになった。
ちょうどキムラスカに向かうところなんですよ、とジェイドが言うと、国家間の内情を知っているティアは怪訝な顔をしていたが、導師イオンがタイミングよく現れたことで尋ねる機会を失ったらしい。どこに誰がいるとも限らないエンゲーブの村で、和平のことをぺらぺらと打ち明けるわけにはいかないので、タルタロスに乗艦次第ルークには和平のことを話すつもりだった。
その日は宿屋に一泊して、明日はチーグルの森へ向かうことになった。
食糧泥棒の犯人を見つけ出したイオンが、チーグルの森へ行きたいと言ったことも一つの理由ではあるが、それよりも何よりも食糧泥棒に間違われて憤懣するルークの意思を優先させたことは言うまでもない。それに…。
(ミュウにも会えますしねぇ)
ルークの小さな味方。
ミュウの存在は、ルークの心を支え続けたことをジェイドは知っている。
みゅうみゅう。
みゅうみゅうみゅう。
みゅうみゅうみゅうみゅうみゅう!
「…うっぜー!」
色とりどりのチーグルの群れに囲まれて、心底うんざりしたようにぼやいたルークの言葉に、ジェイドは心の中で深く同意した。
小さな体のわりに、大きな頭、重力に反する二対の耳。一匹程度ならば可愛いと言われるチーグルだとしても、数を数えることが億劫になりそうなほど無数に群がられたら、鬱陶しいの一言に尽きる。
大きくて太い木の穴倉にはみゅうみゅうと鳴く、チーグルの鳴き声が満ちて、耳障りな不快感を与えてジェイドの視線が明後日へ遠のく。チーグルの言語など理解出来ないが、侵入者め、帰れ! みたいなことを言っているのだろう。チーグルの群れに囲まれて、喜んでいるのはティアくらいで、同じ女の子で可愛いもの好きのアニスですらうんざりした様子だった。
「ルーク様の言うとおり、超うざーい…」
イオンはアニスの物言いに苦笑したが、否定はしなかった。
騒ぐチーグルを一喝するように、年老いた鳴き声があがり、チーグルの長だと名乗る焦げ茶色のチーグルが現れる。目を覆うほど太く長く伸びた白い眉毛のせいで、きっと視界はそれほど良くないに違いない。ユリアの縁者かどうか尋ねたチーグルは、イオンがローレライ教団の導師だと知ると、食糧泥棒をした理由を話した。
一匹のチーグルの仔供がライガの住処を燃やしてしまい、ライガは怒り、食糧を要求するようになったのだと。食糧を用意しなければ、チーグルを滅ぼすとまで言われたらしい。そのことに、ローレライ教団に属する三人は顔を曇らせた。
「そんな…酷い」
「そうか?」
強い者に弱い者が負けるのは当然じゃん、とルークはだるそうに弱肉強食を説く。すかさずイオンがライガの行いを咎め「正しい食物連鎖とは言えません」と返すが、それにはジェイドが不思議そうな声をあげた。
「そうでしょうかねぇ」
「ジェイド、あなたまで何を…」
「よく考えてください、イオン様。チーグルに住処を燃やされたライガは被害者です。加害者であるチーグルに当面の食糧を要求した程度で事態を収めようとしたこと自体が、すでにライガはチーグルに譲歩していることになるんですよ。ライガは肉食獣ですから。もしチーグルを許すつもりがなかったら、住処を燃やされたときにでも全滅させられていたと思いますよ」
「ですが…」
「ライガはチーグルに食糧の提供を要求しただけです。エンゲーブから食糧を取る決断をしたのはチーグルであり、ライガはエンゲーブから食糧を盗って来いなどと言っていません。人間の村から食糧を奪った責任はチーグルにあるんですよ。それをライガの仕業だと言うのはおかしいでしょう」
「……では、ほっとけと言うんですか?」
「そうは言っていません。…この時期だと卵が孵化を迎えますから、それは軍人として好ましくありません。ライガの仔供は人間を好みますからね。村に近いところで仔供が生まれては迷惑です。――ライガと話し合いをしましょう。移住して頂けるかも知れません」
「! 本当ですか!?」
「ええ」
着いて来た部下に指示を出し、森の出入り口に位置づけしているタルタロスまで戻らせる。十分ほど経過して現れた数名の部下は、エンゲーブで補充した数十キロの肉を重たそうに携えていた。不思議そうな顔でルークは肉を見つめた。
「こんなもんどうすんだ?」
「手土産ですよ。移住してくださいとお願いする立場ですからね、こちらは。手土産の一つくらい持っていった方が好印象でしょう、おそらく」
「へぇ、そんなもんなのか…。お前強そうだから、てっきりライガをやっつけちまうのかと思った」
「あなたがお望みならば倒しても構いませんが、あまりお奨めはしませんよ。ライガを殺すと、この森の生態系に影響を与えますからね。殺しますか?」
「んなことしなくていーって。平和に解決できるなら、殺す必要ないだろ」
そう言ってルークはチーグルの長から紹介された、件のチーグルの仔供をぐりぐりと足で踏みつける。ミュウと名乗った青毛のチーグルは「みゅう」と切なげに鳴き、ティアがルークを咎めるが、ルークは「うるせー!」と聞く耳を持たない。
見覚えの光景についとジェイドは赤い双眸を細める。きちんと見れば、今のルークでも充分優しいことがわかった。人を殺害するだけの力を持ち合わせているルークが、混信の力を足にこめて、ミュウを踏めば、ミュウのような小さい魔物は生きていられないだろうに。乱雑に扱いながらも、ルークはちゃんと手加減している。
(ああ、そう言えば…ミュウはルークに乱暴に扱われても、「遊んでくれてる」と言ってましたね)
ミュウだけが、この頃からルークの本質を理解していたのだろう。平和に解決できるなら、殺す必要ないと、ルークが実にさり気なくライガクイーンの殺害を止めたように。ルークは、優しいのだと。
(…私の目は、節穴か)
溜息を吐きたい気分で、ジェイドは「それでは準備も整ったことですし、行きましょうか」と笑顔でルーク達を促した。
ライガの住処へ向かう最中。
火を吐くチーグルを珍しがって、ルークは左手にミュウの両耳を掴んでブンブンと振り回している。
まるで人形を振り回す幼児だ。幼い行動にティアは眦をつりあげていたが、ルークの周りを囲んだマルクト兵に睨みを利かせられて文句を言う暇を与えられなかった。
ルークとイオンは肩を並べて歩き、その周囲を四人のマルクト兵が囲み、彼らの後ろにはライガの手土産を携えた兵が三人ほどいる。
襲ってくる魔物は先陣を切るジェイドと、皇帝陛下名代の護衛軍人二人にあっさりと蹴散らされてしまった。
無駄が一切ない戦闘が終了するたび、ルークは目を輝かせ、そしてだんだんと不満げな顔になっていった。
「俺も戦う!」
「…はい?」
「だから、戦うつってんだよ。守られてんのはもう飽きた!」
「しかしですね…」
「俺が良いつってんだから、良いんだよ!」
超・俺様だ。この頃のルークはわがままを言うことに躊躇いは無い。
自分のわがままがまかり通って当然だと思っているのだ。それは正しい。正しい、が。
ジェイドはルークの意見を撥ねつけた。
「駄目です」
「はぁ!? なんでだよ」
「あなたに万一のことがあったら、あなたを守る護衛が罰せられます」
「……どんな罰が下るんだよ?」
「そうですね…」
一拍間を置いて、ジェイドは真顔で告げた。
「首と体が離れちゃうかも知れません」
「!!」
ルークの目が丸くなる。体を強張らせたルークの顔色は青白い。
「それでも戦いますか?」
「……やっぱやめとく」
「はい、わかりました」
せっかく剣術の腕前を磨く機会なのに、戦えないことが悔しいのだろう。ルークは眉根を顰めて、それでも前言を撤回するような真似はしなかった。表情は完全に拗ねた子供だ。
(タルタロスに戻ったら、剣術稽古できるように取り計らいましょうか)
その一言を胸に留めたまま、口に出さないジェイドは、不器用な男だった。
TO BE…
prev next
back