すべてのパッセージリングが耐用年数を迎えたことで、ローレライは地殻から開放された。
赤紫色の空に向かって飛翔したローレライは、空中でぴたりと停まり、翡翠色の二対の瞳に世界を収めた。

障気の所為で空気は汚染され、魔物も人間も等しく死に絶えていた。生存している人間は、ごくわずかだろう。そのごくわずかに、かつて世界を救済した英雄たちは含まれていた。土壌は穢れじわじわと植物を枯らし、海側の大地は障気に溶かされていた。
世界には、風の音と、海が波打つ音しか、存在しなかった。


これが、世界の果てだった。


ルークがパッセージリングを崩壊させて、ザオ遺跡などのパッセージリングの連結を切断しておけば、大地の崩落はゆっくりと進んだはずだった。
人類は、一時の猶予が与えられ、何とか生き延びるための策を生み出せたかも知れない。
しかし、今生では上手くいかなかった。


アクゼリュスが崩壊するまでに、親善大使一行――ルークが到着できなかったこと。
それが、世界の命運を分けた。


『まったく、愚かな奴らだ』


悠長に行動しているから、こうなるのだ。
アクゼリュスの民を真に思うのであれば、導師イオンの救出など他に任せて、彼らはアクゼリュスに向かうべきだったというのに。


大体、彼女らは忘れている。アクゼリュスのセフィロトに到る扉は、イオンの力が無ければ封印を解除できない。そして、ヴァンはルークの超振動でパッセージリング破壊を目論んでいた。そこから導き出される答えは、前回と同じようにアクゼリュス崩壊を迎えるのであれば、『イオンの救出など必要なかった』事実である。
アクゼリュスのセフィロトの封印を解くべく、六神将たちはザオ遺跡のパッセージリングの封印を解き次第、イオンを伴い、アクゼリュスへ訪れたはずなのだから。
アクゼリュス崩落を機に、世界をレプリカとすりかえるという無謀極まりない計画を実行に移そうとしていたヴァンが、イオンをアクゼリュスに連れて来る確率は恐ろしく高い。イオン自身がアクゼリュスに向かう意思があったのだから――そのことを彼女らは前回の旅路で理解していたのだから――イオンの救助などしなければ良かったのだ。イオン自身もその方がきっと楽だっただろう。アクゼリュスまでタルタロスで行くことが出来たのだから。ルークたち、親善大使一行の歩行速度をわざわざ遅くさせる必要も無かった。それどころか、ルークたち親善大使一行がもっと早くにアクゼリュスに到着していれば、先遣隊を殺害したヴァンの凶行を止めることが出来て、尚且つ彼の正体に気づけたかも知れない。

そして、ティアにもアクゼリュス崩落の罪はあった。
兄が外殻大地を崩壊させようとしていたことを黙認していたことも、罪と称されて然るべきではあるが――ティアは、六神将に連れ攫われたイオンを救出すべく乗り込んだザオ遺跡で、イオンが何をされていたのか予想できる立場にあった。パッセージリングの存在を知り、導師の力でしか解除できない封印、六神将たちに何をさせられていたのか尋ねた一行にイオンが教団の機密に当たるからと黙秘した理由、それらについてきちんと考えてさえいれば、ティアはヴァンの計画を事前に知っていたのだから、外殻大地を崩落させるという恐ろしい計画の信憑性に気付き、一行に相談せずにいられなかっただろう。
兄を信じていたかった――たしかに、そういう思いはあったのかも知れない。敬愛する兄を思う妹としては、その思いは仕方ないことだろう。あるいは、六神将が独断で行動しているのだと思いたかったのかも知れない。――だが。彼女自身が、六神将は兄の部下だと旅の最中で告げているのだ。
そして、六神将が兄の部下だとわかっていながら、六神将の怪しい行動をたびたび目撃しておきながら、それでも兄を信じていたかった、というのは現実を直視できない愚か者の言動である。
ティアは私情に駆られて、現実を直視せずに、大きな失敗を犯した。そして、その失敗に気付かずに、ルーク一人に罪を着させた。それは、ティアの罪だった。

誰かしらに、罪も問題もあった。
イオンを助けて欲しいと親善大使一行に救出を願い出て、間接的にアクゼリュスの住民が死亡する事態を招いた、アニスも。
イオン救出を優先させて結果的に多くのアクゼリュスの住民の命を見捨てた、ジェイドも。
イオン救出を優先させて、無駄な寄り道と称したルークを叱った、ナタリアとガイも。
――無論、ルークにも問題はあった。
しかし、ルークが責められるのであれば、彼女らもまた責められる立場であるのだ。
それを理解せずに、ルークに対して見限ることが出来るという発言をし、時にはルークを卑屈呼ばわりし、自責の念に駆られることもないティアたちのほうがよほど問題があった。
ルークの仲間たちが、私情を持ち出さずに、真っ当な判断さえ下せることが出来たのならば。――もっと被害は少なく済んだに違いない。
今生でも、世界を救済できると思っていた彼女らが、自身の行動にも問題があったのだと気付くことは永遠に来ないのだろう。――ジェイド・カーティスだけは、ルークを欠いた自分たちでは世界を救済できないと気付いていたようだが。

ローレライはべつに何もしていない。
ただ、時間の流れが平等であること、それとこの世界は、過去をやり直した世界であることを知っていただけだ。
今生で起きたアクゼリュス崩落は、前回でアクゼリュスが崩落した時間帯と同じ時間に起きている。
時間を気にすることなく行動していた、ティアたちは、アクゼリュス崩落が具体的に何時何分に起きるのか、わからなかった。ただ、ルークが超振動でパッセージリングを破壊した所為でアクゼリュス崩落は起きると、漠然に思い込んでいただけだ。ザオ遺跡で六神将と戦い、ケセドニアで余分に一泊したことが、時間のロスを生み出した。世界の命運を決したのは、そんな些細なことだった。

ローレライは、不毛となった大地を見下ろした。
障気の影響で溶けていく街並みに、不幸なことに生き残ったティアたちがいた。
障気触害に身罷ったナタリアと、アニスが苦しそうに地べたに蹲っていた。紫色の障気を全身に纏い、苦痛の声をあげている。どこかの民家の壁に寄りかかっているガイも、障気触害を発症させたのか、顔色を悪くさせていた。
ベンチに座るティアが空を見上げて、体中を紫色に染めて、懇願の響きを持ってかすれた声で譜歌を紡ぐ。しゃがれた声で紡がれる旋律、途切れ途切れに聞こえた譜歌は、ローレライに何の感慨も与えなかった。

「、イ、おね…い、ろーれ…い。――も…う、いちど、だけ、チャンス、を…」

この世界に来たことを悔やむティアは、ローレライに乞う。
もう一度だけチャンスが欲しいと。
まるで、神に人生のやり直しを頼むかのように。

ローレライはつ、と双眸を細めると、興味が失せたかのようにティアたちから視線を離した。
荒廃した大地には、命の息吹が生まれる様子はもう見えない。

いくら何度やり直したとしても、ティアたちが思い描く未来は来ない。
彼女達が、自分自身にも問題があるのだと気付かない限りは。

ローレライは、だから、ティアの嘆きも、ナタリアたちも苦痛の声も無視した。
彼女らに世界は救えない。それを証明するかのように、ルークとジェイドが欠けた彼女らは何も出来なかった。
神と等しい存在のローレライにとって、それがたとえ聖女の子孫であろうとも、興味を見出せない以上は無価値な人間だ

何の未練も無く、音譜帯へ駆け上がっていくローレライを引き止める絶望に満ちた少女の声は、決して届くことはない。




END.

2011.03.12
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