迷宮

 鉄錆びの臭いが周りに充満している。
 信じられない、という顔をしたまま相手は息絶えた。



  迷宮



 「これで12、最後か。こちらの被害は?」
 「ありません。二人ほど怪我をしましたが、軽症です」
 「そうか。撤退する。場所は常に移動しろ。同じ所に留まるな」
 「了解」
 周りの気配が消えると同時に、ルークの姿も掻き消えた。


 アクゼリュスが崩落して数週間が過ぎた。
戦争が始まったと思ったらすぐに休戦、その後平和条約が締結、オールドランドの大地を魔界に下ろすだの世界は大騒ぎだった。何処までヴァンは計算していたのだろうか。そしてそれらとは別に彼はとんでもない置き土産を残してくれた。

 裏の世界の全面戦争。

 もう今は誰が味方か敵なのか分からない。全員が疑心暗鬼に囚われている。

 残った組織は数少ない。生き残ったのは仲間同士の結束が固く、尚且つ腕が立つと評判が高いところだけだった。幸い、ルーク達はその数少ない組織に入るのだが、まさか裏の世界に信頼や思いやりというものが武器になるとは考えてもみなかった。
 同じ組織であってもお互いの信頼が全くないところは真っ先に潰れていった。

 とはいうものの、この時点で生き残っているのは相当の手練れ。一度は名前を聞いたことのある人間ばかりだ。そして自分達はファブレ公爵の配下、というのはすでに承知の事実。いつ何時公爵やアッシュの身に危険が及ぶかもしれない。彼らを守るのも自分達の役目である。

 あの外郭大地降下作戦続行中のメンバーの中で、裏の世界の者に通用する人間は少ない。あえて言うなら死霊使いぐらいか。

 あの鮮血の二つ名を持つ公爵子息“ルーク”の剣の腕は立つが、それは正々堂々とした勝負のみ通用する。特務師団長であった頃、ヴァンは彼に汚い仕事はやらせていないようだった。彼の行動、言動を見ていてそのことに気が付いた。
 自分がそういえば彼は血相を変えて否定するだろうが(そして自分の居場所を奪ったと責めるのだろう)、彼の言う汚い仕事は汚いとは言わない。その点、あの死霊使いは分かっている。

 あのティアとかいう女性も、あと十年くらい経験を積んだら何とか使えるかもしれない。最初の旅の時、ジェイドのルークに対する殺気に気が付かなかった時点で失格だ。おそらく事が起きたとき、自分に何が起こったのか分からないまま息絶えていることだろう。
 王女と導師守護役は除外。話にすらならない。ガイは・・・復讐を遂げられなかった時点でもう駄目だ。ある程度は通用するかもしれないが、最後まではとても生き残る事は出来ない。

 ルークは走る速度を落とした。
 気配がする。おそらく敵だ。

 さっきやりあったばかりでまだ疲れていると思って油断しているのだろう。でなければこのように簡単に気配を悟らせることはしない。
 いや、此処にいる自分が劣化レプリカだと知っているからか。

 以前なら相手も油断せず、それ相当の腕の立つ人間を数多く配置し、万全の体制で歓迎してくれてそれなりに苦労した覚えもある。
 それがいまやどうだ。自分がレプリカだと分かった途端、とんでもない格下が送られて来る。あるいは無謀にもたった一人で挑もうとする。今現在のように。

 おそらくルーク達とやりあった事のない組織だろう。少しでも実力を知っていたらこのような行動はとるまい。
 悲しいことだが、ルークの事を知っている老舗どころの組織は殆ど壊滅してしまった。老舗=名が知られているということもあり、真っ先に標的となったのである。

 ルーク達の組織は後回しにされたのだ。単にリーダーであるルークが劣化レプリカだから、という理由で。いつでも潰せると思われたのだ。そう、嘗められたのだ。

 このことを知った時、ルークは大声で笑った。

 所詮レプリカは偽物なのだ。実力があっても実績があっても、その力の違いを見せ付けても誰も評価しない。何もかもが幻なのだ。
 こちらは楽でいい。向こうが勝手にこちらをレプリカというだけで過小評価しているのだから。仕事がやりやすくしてくれてこちらが礼を言いたいくらいだ。そのせいで命を落としても自業自得というものだ。

 (もう少し上手く気配を隠せよ。よくこんなので生き残ってこれたなあ)

 相手にするのも馬鹿らしくなってきた。
 手首を動かす。

 相手の動きが止まる。
 ゴキン、という鈍い音と共に首から上が地面に転がり落ちる。周り一面赤い花が咲いたようになった。

 黒衣の青年は確認することもなく立ち去って行く。


 「この糸もう寿命だな。切れ味悪いし」
 と言いながら。







 あとがき
 狭間からちょっと時間が経っています。