ある日のファブレ邸での会話。
「ねえねえ、ガイがこの間屋敷に来たって本当?」
「あ、そうか。あなた実家に帰っていて知らなかったんだ。これマジ本当。私お茶出したもん」
「ええええ!?信じられない!!普通殺そうと思ってさぁ、しかもその事を知られている家に来る?どういう神経してんの、ソイツ」
常套手段にだまされて(裏)
ガイがファブレ邸を去った後、ルークはメイド達の会話を聞き真っ青になった。言われてやっと気付く己の鈍さにのた打ち回る。案の定、夕飯後父公爵から部屋に呼び出され叱声を放たれた。
「彼の存在は色々な意味で軽い物ではない。いつも接している傍仕えの人間の心情すら分からなくてどうする、お前は民の心が分からない王になるつもりか」と。
やはり、ルークは七年間神託の盾騎士団に居た所為か、まだその感覚が抜け切っていない。
あの頃はまだ預言が力を持っていたから、教団関係者というだけで大抵の無理が通用した。特務師団の制服を着ていれば、国境ですらノーチェックで越える事が出来た。政治的配慮など二の次三の次。苦情など聞く耳を持たなかったし、大抵の厄介ごとはヴァンかモースに押し付けていた。
・・・・・・・・・(溜息)。
これではとてもあのマルクト皇帝と遣り合う事など不可能。
そして数日後、ガイがマルクト皇帝よりバチカルへの立ち入り禁止の命が下った事を知り、またまた落ち込んだ。
そんな中、ナタリアがファブレ邸を尋ねて来た。彼女は屋敷に来るなりルークに憤りをぶつけてくる。
「ピオニー陛下も酷いですわ。ガイは彼女の為を思ってした事ですのに!それに彼は私とルークの大切な友人、しかも幼馴染ですわ。友人の家を訪ねる事は当たり前の事でございましょう」
・・・確かにガイは友人で幼馴染だ。だが彼がバチカルを訪れるとなると、キムラスカの人間に多少なりとも緊張が走るだろう。ガイの復讐者という経歴を考えると無理もない事だ。
ナタリアから見れば、ガイの直接な目的はファブレだったのだし、ルークのように襲い掛かられた事(カースロット)もなければ、ナイフもしくは縄を持った人間が枕元に立たれた事もない(ちなみにこれらの殆どは彼女が経験した事であり、ルークではない。彼は後日談として知っているだけだ)。
だから彼女は「謝罪したのだから良いではありませんか。これで終わりです」と簡単に切り替える事が出来たのだろう。
少し前の自分を見ているようで、居た堪れない。彼女の一言一言が見えない刃となって胸に刺さる。
ナタリアはまだ怒りが収まらないのか、ガイに対し良い感情を持たない人間達へ文句を言い始めた。ルークは慌てて「ナタリアそれ以上は」と彼女を止める。これは聞きようによってはファブレの関係者、そしてガイにバチカル入りを禁じたマルクト皇帝を責めていると判断され、王女は政治的に非常に拙い立場に陥ってしまう。彼女の発言がマルクトの耳に入ったら、確実に二カ国の間に亀裂が走る。
この場所が二人きりで良かった(ナタリアが来たら、メイド達は気を利かせて席を外す)。彼女自身感情的になりすぎたと気付いたのか「申し訳ありません」と詫び静かになった。ルークは心より安堵の息を吐く。
だが彼としては、彼女から「彼らがそう考えることは無理もありませんね」と言って欲しかった。ほんの少しでもいいから、ファブレ関係者に同情の念を向けて欲しかった。何故なら彼女は近い未来に自分達と家族になるのだから。
自分やその知り合いを殺そうとした人間に対し、反感を持つことはあっても親しみを覚えることなどない。・・・・・・ルークとて他人の事は言えない。ああ、何故あの時自分は気付かなかったのだろう!
メイドや騎士団はファブレを守る役目の人間だ。主に危害を加えようとした人間を、彼らが許すことなど出来ようか。
「そうですわ!」
パン!
自分の考えに没頭していたルークは、突然のナタリアの声と手を打つ音にびっくりする。慌てて彼女の方に視線を向けると「良い事を思いつきましたわ!」と顔を輝かせながら、キムラスカの王女は目の前の婚約者に話しかけた。
「シアとガイが結婚すれば宜しいのですわ!」
「・・・・・・は?」
ナタリアの言った事の意味が分からず、ルークの動きが止まる。
「もう、鈍い方ですわね。彼女とガイが結婚すれば、全てが解決するという事です。キムラスカとマルクトとの和平の何よりの証となりますし、夫となれば妻の故郷に来るなど別に可笑しくありません。ガイは自由にバチカルに来る事が出来ますわ!」
その言い方では、ガイがバチカルへ自由に行き来したいが為結婚するのだと聞こえ兼ねない。その上和平云々と言葉が続けば、誰もが完全な政略結婚と思ってしまう。
「障害といえば、彼女がレプリカで、貴族でもないという事ですけれど、彼女はこの世界を救った英雄ですし、父インゴベルト国王が後ろ盾になれば文句も出ませんでしょう。いえ私が文句など許しません。それに彼女がガイと結婚する事によってレプリカの地位向上にも繋がりますし、良いこと尽くめですわ」
「ま、待てナタリア!」
一人でどんどん話を進めていく彼女をルークは慌てて止める。
「何ですの?」
「こういうのは周りが勝手に決めるものじゃないだろう。第一本人の意思を確認せずに「その点は心配ありませんわ!」」
ルークの声を嬉々としたナタリアが遮る。
「ガイは彼女の幼馴染で育ての親ですのよ?彼女の事を一番知っているのは彼ですわ。あなたもご存知でしょう?ガイが真剣に彼女の事を想っている事を」
それはルークも否定しない。だが、彼の想いは執着といったほうが理解出来る。
「憎からず彼女もガイの事を想っている筈です。自分の事を理解している殿方と一緒になるのが女性の一番の幸せですわ!」
憎からず想っていた?あれが?
彼女のあの目は異性を見る目ではなかった。女性が、好意を抱いている男性に対して呆れと諦めの混じった視線を送るものか?これもある意味特別な視線といえばそうなるが。
女性の心理の理解など全く自信がないルークでさえそれくらい分かる。彼女がガイに対し恋愛感情など全く抱いていないことを。
「シアの花嫁姿とても美しいでしょうね。ガイも美形ですし、お似合いのカップルですわ」
ナタリアは手を胸の前で組み、うっとりとしている。
「早速ティア達にこの事を話しましょう。そうだわ、お父様の耳にも入れておかなくては」
「ナタリア!ちょっと待て!」
「ルーク、何故止めますの?彼女が完全同位体のレプリカで、自分から離れていくのは面白くないのかもしれませんが、こういう時は笑顔で見送るべきです」
ルークの顔が引き攣った。ガイと彼女の結婚は、彼女の中で決定事項になっている。
拙い、完全に拙い。
ナタリアは王女として育てられた所為もあって、自分の考えを絶対曲げない。しかも変な所で行動力は抜群に高い。この話がマルクトに行ってしまったら終わりだ。あの伯爵は、拒絶どころか喜んでこの話を受けるだろう。このままでは彼女ニ〜三日内にガイとの婚約が内定してしまう。 だが、ここで何としてもナタリアを止めなくては。ルークは必死になって頭を働かせた。
「これだと彼女が戻ってきてから直ぐ結婚、という事になるかもしれませんね」
ふふ、とナタリアが笑う。
「・・・待て、ナタリア」
今日、何度目になるか分からない制止の言葉を彼女に向ける。
「もう、ルークったら、いい加減聞き分けて下さいませ」
「そうじゃない。確かにあいつは戻って来る。だがな、無事に、とは限らないぞ」
「え・・・?」
ナタリアは何を言われたのか理解出来なかったのだろう、ぽかん、とした顔をした。
「あいつは死んだんだ。死人が生き返るなど絶対にあり得ない」
「でもローレライが約束してくれたではありませんか」
「・・・確かにそうだ。だが五体満足無事に、とは言っていない。一度死んだ人間を呼び戻すんだ、何か不測の事態が起きても不思議じゃない」
「そんな事・・・!」
「ないと言えるか?ローレライは人間じゃない。俺達と感覚も常識も全く違う。自然の摂理に反する事を頼んだんだ。何か不都合が起きても・・・、俺達は文句を言える立場ではない」
「で、でも、大丈夫ですわ、きっと・・・!」
ナタリアは必死になってルークを説得しようとする
「では、聞くが」
ルークの眼光が鋭くなる。その様は、ダアトで六神将の一人、鮮血のアッシュと呼ばれていた時を彷彿させる。
「彼女の身体が健常でなかったなら?もしも彼女が子を生せない身体になっていたとしたらどうする?それでも結婚しろとお前は言うのか?」
この手の話題には触れたくなかったが、この際仕方が無い。顔が赤くなっていくのが分かる。
「そ、それは・・・」
子供が産めない、と聞いてナタリアは真っ青になった。
貴族の女性で一番に求められる事は跡継ぎを作れるかどうか、という事だ。ナタリアもその事は嫌というほど理解しているだろう。インゴベルト王が認めた娘とはいえ、彼女は王家の血を引いていない。ナタリアがルークの子を産む事は絶対条件なのだ。
もし仮に、彼女とルークの間に子が恵まれず別の女性が産んだ子が王となれば、彼女のその身はどうなるか分からない。
でも道がない、という訳ではない。妻となる女性の家の格が夫の家より高く裕福であれば、子を生せないと分かっても嫁ぐ事が出来る。が、その場合は夫が愛人か側室を作るのを容認せねばならない。
ガイは伯爵だ。となると跡継ぎを作るのは必須。それに彼女は貴族ではない。第一自分以外の女性が必要なのを分かっていて、其れを承知の上で結婚しようとする女性がいるものか。
「あ、いえ、そう、そうですね。先走りすぎましたわ」
どうやら納得してくれたようだ。ルークはホッとする。
「あ」
ナタリアの口から声が漏れた。嫌な予感がする。
「前もってガイにその事を話してみたらどうでしょう?」
・・・はい?
「それに彼女が戻ってきた時、婦人科のお医者様に診てもらえば良いのです。それで話を進めましょう。どちらにしろ、早めにお父様に話した方が宜しいですわね」
ナタリアのこの言葉にルークは唖然とした。状況は変わらない、いや、最悪になった。
「それにガイなら、彼女がどんな姿になっても受け入れてくれます。それに前もって準備をしておけば何も心配いりません」
確かに彼女が戻って来た時、健康診断は必要だろう。だがナタリアは何と言った。婦人科?婦人科と言わなかったか?
「そうですわ。跡継ぎなら、お医者様にお任せすれば良いではないですか!不妊治療の発展目覚しいといいますし。これで万事解決致しますわ」
・・・・・・・・・!!
ナタリアは上機嫌だ。
ルークはとてもじゃないが、彼女の言葉を聞いていられなかった。王女でなければ、殴って黙らせていた。確かに其れらしき話題を振ったのは自分だが、それにしたって男性の前で話して良い話題じゃない。
彼女は、定期的に行われる健康診断ですら己の身体を―医者とはいえ―他人に診せる事に対し、難色を示してしていたではないか。特にナタリアが口にした婦人科(・・・)は若い女性が診てもらうのに一番躊躇うところだ。何故そうあっさりと、しかも平然と受診しろと言えるのだ。自分ではないからか?
まだ何も分かっていない、決まっていないというのに彼女は勝手に話を進めてしまい一人で納得してしまっている。
とにかくこの暴走しまくっているナタリアをどうにかしないと、彼女はこの世界に戻って来た瞬間「戻って来たからいいでしょ。約束は果たしたわ」と言って即、この世からおさらばし兼ねない。
この後彼は、この話を自分(ルーク)以外の人間に話したり、進めたりするのは彼女がオールドラントに戻って来てからしろ、と必死になってナタリアを説得し確約させることに成功した。
他人の幸せを己の基準で判断し、押し付ける。そこに本人の意思など存在しない。これは「預言に詠まれていたから」との理由で、その通りの行動を強要していた以前と同じではないか。「預言」が「あなたの幸せの為」と言い方が変わっただけだ。
確かに彼女がこの世界に戻って来る事は嬉しい。だが。この世界に戻って来る事が、本当に彼女にとって幸せなのか。
ルークは分からなくなった。
あとがき
ナタリア大暴走。両想いなら良かったんですけれどねえ。
それに事情をよく知らない人から見たら、物凄く良い話ですし(相手伯爵様ですよ)。だから余計にタチが悪い。