月といましめ(中)

 マルクト皇帝との会談を終えバチカルに戻ってきた時、ファブレ邸にてルークを出迎えてくれたのは、ファブレに仕えている白光騎士団やメイド執事のラムダスではなく、腰に手を当て憤懣やるかたない、といった様子のナタリア王女だった。


  月といましめ(中)



 「ルーク何て酷い方です、私に黙って何処かに行ってしまうなんて。しかもその行き先を誰にも告げないなどという行為は、とても信じられません!あなたは自分がどういう立場の人間なのか自覚はありますの!?」

 今回の事は、インゴベルト王とファブレ公爵夫妻、ラムダスは知っている。これはマルクト側も似たようなもので、知っているのはノルドハイムかゼーゼマンくらい、皇帝の懐刀と評されるジェイドと某伯爵はこの事を知らされていない。

 「すまない。機密に関わる事なので話すわけにはいかなかったんだ」

 誰と何処で何を話したのか。内容も含め、絶対彼女に知られてはならない。知られたらそれはもうとんでもない騒ぎとなるのは目に見えている。

 「私はあなたの婚約者ですのよ!隠し事など持っての他ですわ!!」

 自分に黙って、しかもその内容は誰も、父国王も臣下である公爵も婚約者であるルークでさえ教えてくれない。ナタリアは自分だけ仲間はずれにされたという疎外感で一杯なのだ。しかし。

 「ファブレのごくごく身内に関する事だ。公にしたくない部分の。ナタリア、こう言えば分かるだろう?」

 その言葉に彼女は黙り込んだ。ナタリアは王女として王宮で育ったのだ。貴族の家について下手に追求すると、己の身が危ない事ぐらい分かるだろう。

 「・・・分かりましたわ。この話はここまでにしてあげます」

 不承不承ではあったが納得してくれたようだ。ルークは安堵の息を漏らす。しかし油断をするにはまだ早かった。

 「ならば、このお詫びとして来週のケセドニアの訪問、私も連れて行ってくださいな!」
 「は?」

 予想もしなかったナタリアの言葉に、ルークは呆気に取られてしまう。

 確かにルークは来週ケセドニア向けて出発する。だがこれは前々から計画されていた公務、つまり仕事であり、外遊と名を変えたバカンスではない。遊ぶ時間など当然無く、そのスケジュールとて分刻みで息をつく暇もない。途中立ち寄った町でも公務が発生する為、移動も時間が掛かる。

 「ナタリア、本気で言っているのか?」
 「当然ですわ。ねえルーク、宜しいでしょう?」

 ナタリアは両手を胸の所で組み、上目遣いでもってルークに懇願する。

 今までルークは、キムラスカにしろマルクトにしろ貴族か王族、もしくはある程度上の地位にいる人間のみ、しかもパーティや会議、会談という形でしか会った事がなかった。王族として次期国王として正式な形で―今まで非公式、プライベートとは別にして―国民と接触した事や、その姿を表した事などごく僅かである。
 今回の公務の半分の目的は、次の世代のキムラスカ王として国民の前に姿を表す事、つまりお披露目の意味もあるのだ。

 それでもキムラスカ国内はまだいい。問題はその他の国や自治区である。

 実はケセドニアでのルークの評判はお世辞にも良いとはとても言えず、キムラスカも対応に苦慮している。何故ならケセドニアでルークというと『ルークレプリカ』の方の印象が強く、またその評価も高いからだ。

 流通の拠点であるケセドニアでは、肩書きより実績がものを言う。

 過去マルクトとキムラスカ、教団とユリアシティ各国の間に立ち、アスターやケセドニアの主な業者と直接交渉していたのは“ルーク”ではなく彼女なのだ。その時の彼女の判断力、決断力の高さ、機転のよさは商人の間で語り草となっているほどだ。

 だが、キムラスカ(ファブレ)は実績のある彼女を切り捨てた。実より名を取った。ある程度事情は理解出来るとはいえ「他にやりようが無かったのか」との声が上がったのも事実だ。
 キムラスカが情報操作を行っている事は、彼女と接したことがある人間なら誰でも知っているし、同情もある。そうなれば当然、ルークの能力に疑問符が出て来るわけで・・・・・・。

 だからこの際良い機会だと、キムラスカは本人を送り込む事を決めたのだ。今までのマイナスを評価は間違いであり、次期国王としてこれ以上の人物はいないのだと認めてもらう為に。

 余りの重圧にルークの胃がキリキリと痛む。どちらかというと行きたくない。だが拒絶出来ない。拒絶すればルーク、いや、キムラスカはケセドニアに戦わずして負けを認めたと思われ、半永久的に頭が上がらなくなってしまう。

 最初はナタリア王女も一緒に、という話で進められていたのだ。だが、庶民なら兎も角、結婚に関しては婚約以外日取りも何も決まっていない、第一王族が婚前旅行というのは些か拙いだろう、との反対の声が出てルーク一人という形になったのだ。
 ちなみにこの事を知っているのは王とファブレ公爵を含むごく一部の人間だけで、ルークとナタリアの二人は全く知らない。

 つまり今回の公務に関してキムラスカは、ナタリア王女は必要なしと判断したのだ。それを単なる王女の我侭で覆されたとなればどうなるか。

 それでなくとも、ルークはどっしりと圧し掛かる重圧を感じプレッシャーに押しつぶされそうだというのに、何故彼女はそう簡単に、しかも軽い口調で自分を連れて行けと言えるのだ。物見遊山でケセドニアに行くとでも思っているのだろうか。

 「ナタリア、俺は仕事で行くんだが?」

 心の奥底から湧いて出る怒気を抑えながら、ルークはゆっくりとした口調でナタリアに語りかけた。

 「分かっておりますわ。私を連れて行って下さるだけでいいのです。後は私一人で大丈夫ですわ」

 それは無理だ。いくら本人が一人で大丈夫だと主張しても、ある程度警備が必要となる。
 急遽受け入れなければならなくなったケセドニアの方もいい迷惑だろう。キムラスカのインゴベルト王が彼女を溺愛しているのは有名な話だし、ちゃんとした警備、それなりの設備を整えないと後で何を言われるか分からない。万が一の事が起きれば、首が飛ぶのはこちらの方である。

 「ナタリア、お前にも公務があるだろう。それはどうするんだ」

 彼女自身公務に追われ、ケセドニアに行く暇など無い筈だ。

 「心配いりませんわ!必要な分は前もって片付けておきますし、それ以外はずらしてもらいます」

 ナタリアは大した事はない、という風に簡単に言った。彼女付きの侍女や事務官の泣きそうな顔が目に浮かぶ。

 「いいでしょう?だってルーク、あなたは私に黙ってしかも何処へ行ったのか教えてくださらないのですから、これ位は当然でしてよ。それにもう私ガイにケセドニアに行く、と話してしまいましたし」

 「・・・何?」

 「もう、鈍い方ですわね。ガイはシアの婚約者ではありませんか。結婚の準備の為です。打ち合わせを含め、色々道具を用意しませんと。ガイもスケジュールを調整して、私達がケセドニアに来る日に合わせて彼も来るそうです」

 つまり、ルークがケセドニアに行くと判明した時点で、自分も付いていこうと計画しガイと連絡を取っていた、という事になる。そうじゃないと時間的に間に合わない。
 それにケセドニアは流通の拠点。キムラスカでは手に入りにくいもの、もしくは高価なものが簡単に安く手に入れる事が出来る。王宮御用達の業者もケセドニアにて商品を仕入れている場合が多い。

 つまりこのナタリアは、花嫁道具を購入する為にケセドニアに行く、と言っているのだ。

 「ナタリア、お前ケセドニアに買い物目的で行くのか・・・?公務をさぼって」

 一月近くも王女がバチカルにいないとなると、滞った公務も膨大なものとなる。そのフォローで王宮はパニック状態となるだろう。

 「まあ、失礼な!ガイとシアの結婚は国家の威信を掛けたものですのよ!これも立派な公務ですわ!もう約束を取り付けたというのに、あなたはそれを断れと仰いますの?」

 心外な!とでも言いたげな様子でかの王女様はルークに反論した。

 「何が約束だ、人の都合も考えず勝手に決めないでくれ。俺は仕事でケセドニアに行くんだ、外遊なんかじゃない。準備とて、彼女が見つかってからでも遅くは無いだろう!!」

 「見つかってからでは遅すぎるではありませんか。何もかも無視しているのはあなたのほうでしょう。こうも人の気持ちが分からない人とは思いませんでしたわ。ならば無理やりにでも分からせて差し上げます!これは命令です。私をケセドニアに連れて行くこと!拒否は許しません、いいですわね!!」

 もうすぐ成人を迎える王女とは思えぬ―ある意味ナタリアらしい―捨て台詞を吐き、けたたましい足音をたてながら彼女はファブレ邸から立ち去って行った。

 彼女のあんまりな態度にルークが呆然としていると。

 「あらあら。ルーク大変でしたわね」

 どのくらいの時間呆けていたのか。部屋の入り口にはにこやかな笑みを浮かべたシュザンヌが立っていた。

 「母上。お騒がせして申し訳ありません」

 ルークは真っ赤になりながら謝罪の言葉を述べる。

 「あなたが気にする事はありませんわ。この場合謝罪の言葉を述べるのはナタリア王女の方でしょう」

 ・・・・・・・・・。何があったのか事情を聞かぬところを見ると、あの遣り取りは全てシュザンヌに筒抜けだったらしい。

 彼女は傍にいたメイドにお茶を頼む。どうやら腰を据えて話し合いをするつもりのようだ。

 「母上?」
 「ルーク」
 「はい、何でしょう」
 「ナタリア王女の事、どう思っていますか」

 う。

 「それは・・・、まあ、婚約者、ですし、彼女の事を好ましく思っております、が・・・」

 しどろもどろになりながらもルークは答える。シュザンヌは笑みを浮かべたままだ。

 「では、次期国王として彼女は自分の妻、王妃として相応しい人間だとあなたは思いますか」
 「・・・それは」

 母親の言葉に彼は素直に頷けなかった。

 普通なら「美人で気の強い、ちょっと我侭だけれど可愛い彼女」で済むだろう。

 だが自分たちは違う。いずれ王と王妃になってキムラスカを治めていかねばならないのだ。国民を愛し愛され周りへの気配りを忘れずに、そして全ての理想であらなくてはならない。
 それらはあくまで理想であり、現実にはほぼ不可能な事くらい分かっている。しかし、今の王女の姿はその理想から余りにもかけ離れ過ぎ、ルークも将来に不安を感じてしまう。

 先ほどの事もそうだ。ナタリアは自分の意見、要望を押し付けるばかりで、ルークの事情など全く考慮に入れていない。己の我を通すばかりで、周りへの配慮というものを一切合財忘れてしまう事が多すぎるのだ。
 今回のケセドニア行きは静養もしくは外遊などではなく、仕事なのである。しかも自分だけではない。色々な部署の官僚も随行する。彼女の入る余地など全く無い。

 確かに王女であるナタリアの方が身分は上で、その臣下であるルークは彼女の命令を聞かねばいけない立場である。だが、既に今回随行するメンバーは決定しており、ケセドニアにも名簿を送ってしまっている。病気や怪我の為、やむを得ずメンバーの交代、もしくは増員したというのなら向こうも納得するだろうが、そういった特別な理由も無く突然変更というのは先方にも失礼に当たる。

 しかもそうやって無理やりメンバー入りした彼女の目的が、自分もキムラスカの将来を担う人間の一人だから少しでも手伝いたいとか、ルークの負担を少なくしたいから等健気なものではなく、ケセドニアで公務とは全然関係ない人物に会い買い物する事―本人の我侭―なのだ。
 そんな事が知られたら「キムラスカは我々を馬鹿にしているのか」と相手も怒りを覚え、結果公務は大失敗という事にもなりかねない。

 「以前と違ってもっと己を律せねばならないというのに、ナタリア王女にも困ったものですね」

 ルークはきょとん、という顔になる。

 「ナタリア王女は王家の血を引いてはいないでしょう?だからですよ」

 怒らないで頂戴ね、とシュザンヌは前置きをする。

 「それだけで周りの目は厳しい、という事です。普通なら何でもないミスでも、王家の血を引いていないからだ囁かれ、反対に上手くいったとしても、王家の血を引いている方ならこれ位出来て当然別に特別な事ではない、と冷たく言われるでしょう。王族の血を引くか引かないかでこの違い。ルーク、似たような経験ありませんか?」

 彼女の言わんとする事は分かる。

 王族、というだけで大抵の人の目にある種のフィルターが掛かる。何気ないちょっとした事で感動され絶大な評価を得る。例えば、落としたハンカチを拾ってやっただけで「何てお優しい方なのだろう」と感動の余り噎び泣く。普通なら「有難う」で終わりなのに。
 それに皆ルークに向かって言う。

 「流石、気品風格というものが違いますな!あのレプリカとは大違いだ」

 よくよく調べてみれば、そう言う人間に限って“彼女”と会話どころか会った事すらないのだ。

 王族という肩書きだけで通常の二倍三倍高く評価する。ルークやナタリアはまだ若い。それに、彼等の実績は人々の記憶から薄れつつあり、王族という肩書きの方が大きくなっている。

 「以前より増して仕事をこなし、誰もが納得する結果を出さなくてはなりません。そうまでしてやっと認められるか認められないか、そういう状況です。失敗は決して許されない。ご本人が考えておられるよりも、遥かに危うい状況下に置かれているのですよ、ナタリア王女は」

 王女として生まれ育った母親にそう説明され、自分の認識の甘さにルークは愕然とする。自分が思っていたよりナタリアの立場はかなり危険なものになっていたようだ。

 そうしてルークはある事を思い出す。
 彼女の実の父親はヴァンと共にこの世界を滅ぼそうとした六神将の一人、黒獅子ラルゴであるという事を。

 「己の持つ地位と権力を当然のものと考え、課された義務を軽視している今のナタリア王女でしたら、私は彼女を王妃として認めるどころか、息子の嫁に迎え入れるのも許しません」

 キムラスカが、ファブレが衰退してしまいます。
 はっきりとシュザンヌは宣言した。

 「・・・母上?」

 普段物静かで、不平不満など滅多に口にする事が無い母がここまで言うとは。

 「ルークあなたが気に病む事はないわ。悪いのは私達。己の頭で考える事を放棄していたツケが今やって来ただけの事です」
 「それは一体どういう」
 「ナタリアの王女の事は私に任せて頂戴。殿下には私からお話しておきます」
 「母上・・・」

 「ルーク。自分の意見はきちんと主張しないとこれから大変ですよ?あなた達は夫婦になるのですから。それと、身分を盾にして相手の言論を封じ込め、無理やり従わせようとする輩など最低の部類だという事を覚えておきなさいね」

 「・・・は、宜しくお願いします」

 ルークには、それだけしか言えなかった。

 翌週。



 ルークはケセドニアに出発した。その一行に、ナタリア王女の姿はなかった。