終焉

 エルドラントに残っていたレプリカ兵を無力化し、全ての安全が確認された後、アッシュはローレライの鍵を使い、ローレライを解放した。



 終焉



 あの戦いから数年の月日が経った。

 今キムラスカは、新しい王と王妃誕生に国中が喜んでいる。
 アッシュはインゴベルト国王より、王位を譲渡され新しいキムラスカ王となった。その凛々しい姿に、誰もがキムラスカの輝かしい未来を想像し、希望に沸いた。そしてその後、婚礼の式―華燭の典―が行われ、誰もがその雅な宴に酔いしれる。

 国王夫妻は式の終了後、バチカル市内のパレード、夜は各国首脳を招いての王宮主宰の晩餐会、その翌日からは地方巡業を兼ねた新婚旅行と休む暇が無い。それとは別に、本人達が出席しないだけで、あちこち食事会だのお茶会だのが開かれている。

 ファブレ公爵は此処一ヶ月休む暇もなかった。息子の結婚式というだけでなく、国の主となるのだ。病弱なシュザンヌでさえ忙しく動き回り、倒れる暇がないほどだった。
 新婚旅行に出発する国王夫婦を見送った後、ついさっき屋敷に戻って来たばかり。メイドが持ってきたお茶を飲み、ようやく一息つくことが出来た。

 「・・・終わったな」

 アッシュの結婚相手はナタリアではない。

 彼女は、先のタルタロス密航の兼で王位継承権を剥奪、その身は庶民に落とされバチカルから追放された。当然アッシュと彼女との婚約は破棄された。

 色々と揉めはしたがなんとか落ち着き、今彼女はインゴベルト王が密かに渡している月々の仕送りを頼りに、ケセドニアにて生活している。しかし王女としてのプライドが抜けきれていない所為か、一般人の生活に馴染めず色々と苦労しているようだ。
 事あるごとにケセドニアのキムラスカ領事館に駆け込み、己のみ通ずる正義感を振り回す彼女の姿はつとに有名だ。しかし、それが出来るのもインゴベルトが生きている間だけだという事に、彼女は気が付いているのだろうか。

 それは兎も角。

 アッシュの妻、つまり新しく王妃となった女性は、マルクトの名門貴族の娘で彼の皇帝とは親戚筋に当たる。

 皇族という身分であるから、キムラスカの王妃として迎えるのに家柄は申し分ない。だが「あのアッシュから義父上と呼ばれたい」との皇帝の一言により、彼女は皇帝の養女となりマルクト皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世第一皇女としての輿入れとなった。

 その事を知った時、アッシュの眉間の皺が一本増えたのはいうまでもない。

 あの皇帝の血縁だけあって、性格も明るく機転が利く姫である。彼女なら立派にアッシュを支えていく事だろう。

 もう、自分の役目は終わった。

 そうして、残ったお茶を一気に飲み干す。
 コンコンと扉をノックする者がいる。

 「誰だ」
 「私ですわ。あなた」

 言うと同時にシュザンヌは扉を開けて入ってきた。

 「・・・入室の許可を出した覚えはないが」
 「あら、入ってよいと言われたでしょう?心の中で」

 見ると自分の妻はニコニコと笑っている。・・・敵わない。
 夫人は、上流階級の夫人らしく足音を立てず、力ない笑顔を浮かべた公爵の傍に行く。

 「息子は巣立ってしまいましたし、二人で一緒に老いていこうと思っておりましたが」

 其処まで言うと、夫人はちらりと公爵が飲み干したカップに視線を送る。そのカップの隣に小さな蒼い、紫色でファブレの紋章が描かれた小瓶が置いてあった。それ意味はファブレの人間なら誰でも知っている。

 「どうやら私のその願いは叶いそうにありませんわね」

 「・・・シュザンヌ」
 「謝る必要はございませんわ。私はあなたの妻ですのよ。夫の考えている事を、そして行っている事を理解し受け止める事が出来なくてどうします?」

 夫人は身を屈め、椅子に座っている公爵に視線を合わせた。

 「知っていたのか」

 ファブレの裏の顔を。

 「似たような組織は王家にもありましてよ。ただ、兄上はそれを受け入れられないだろうと、父、先々王は消滅させてしまったそうですが」

 この話、ファブレ公爵は先代より聞いた事がある。無くなった理由は知らなかったが、まさかその事情を夫人が知っているとは。

 「父、先々代のキムラスカ王が、あなたとの婚約が成立する前に教えてくださいました。そして輿入れ後にもこう仰いました。この話をした時、もしも私が受け入れられないそぶりを見せるようだったら、その場で殺していたと」

 ・・・・・・・・・。

 先先代のキムラスカ王は、豪胆で名の知れた人物だった。

 「そうか」

 薬が効いてきたのか、公爵に睡魔が襲ってきた。
 シュザンヌはふらつき始めた夫の身体を抱きしめ、その頭を撫ぜながら言葉を続けた。

 「きっとあちらの世界ではあの子が首を長くして待っていますわ。邪魔なものはとっくに排除して退屈しているかもしれませんわね」

 その姿がはっきりと脳裏に浮かび、ふふ、と笑いが毀れる。

 「私の分も、残してくれると有り難い、のだが」

 「あらあら。私が来るまで取っておいて貰わないと困りますわ。あなたやルークの剣芸を見られる機会なんて滅多にないのですもの」

 「・・・・・・?」

 「この身が朽ちた時、迎えが来て別の場所に案内されようとしたら、脅し宥めすかし暴力に訴えてでもあなた達の元に参りますわ。メアリ達も喜んでついてくるでしょう」

 「とんでもない、じゃじゃ馬・・・、だな」
 「ふふ。病弱だから皆騙されているだけです。私の猫かぶりは筋金入りですのよ。何しろあの王宮で育ったのですから」

 睡魔だけではなく、だんだん身体の感覚がなくなってきた。公爵に残された時間はあと僅か。

 「後の事は私にお任せ下さい。ゆっくりお休みなさいませ。もう何も心配いりませんわ」
 「ああ、シュザンヌ、後は頼む。・・・ごきげんよう」

 「ええ、ごきげんよう、あなた。ルークに宜しくね」




 若い星が輝きを増していく一方、年老いた星がひっそりと静かにその生を終えた。