「・・・やはりお前か」
ルークの姿を確認するとぽつりとヴァンは呟いた。
微衷(びちゅう)
ティアが大譜歌を歌う。
以前のパーティ、ガイやナタリア達を相手にしていたのとはわけが違う。今回はあんな素人集団ではない。選りすぐりの精鋭に加え、それぞれが安心して背中を預ける事の出来る心より信頼した仲間だ。あっという間にヴァンは窮地に陥った。
ルークは右手を動かす。
するとヴァンの左手に絡んでいたワイヤーが締まり、肩から数センチを残し夥しい血が噴出しながら身体から離れる。流石にこの状態になると、彼の顔色が変わった。
「何故、という顔だな」
背後にぴたりと付き、心臓の部分にソウルクラッシュを当てながらルークは静かな声で言った。
「哀れなヴァンデスデルカ。人のままであったなら勝機もあっただろうに」
ズグリ。
剣をヴァンの背中に付き立てる。皮を破り肉を切り裂き、剣は嘗て人であった存在に呑みこまれて行く。
「人は変わる。成長する。お前は人を、世界を見る事を止め、全てを諦めた。己の世界が全てと判断しそして見下した。その瞬間お前は成長する事を止めてしまった」
剣がヴァンの身体を貫き、血に濡れた刀身が現れる。
「お前は、何故己の云うとおりにならないのだと泣き喚き、癇癪を起こしたただの餓鬼だ」
「・・・は、はは、餓鬼、か・・・」
「男の趣味は、金が掛かるようになっただけで内容は子供の頃と変わらない、と言いますからね」
「・・・趣味、扱い、か。レプリカ風情に、そう言われるとは、な」
「お喋りが過ぎました。・・・さようなら、師匠」
ルークはヴァンの身体を貫いていた剣を抜き、目にも留まらぬ速さで薙ぐ。ゴロンと音を立てて、哀れな男の首が転がった。
「兄さん!!」
妹が悲痛な声を上げ駆け寄ってくる。だが、彼女が遺体に辿り着く前に、彼の身体は音素となって消えていった。ティアはその場に泣き崩れるより他なかった。
「・・・任務完了」
そのルークの言葉と同時に、作戦終了を告げる発光弾を打ち上げた。
「ルーク様」
「後は打ち合わせ通りに」
「はっ」
ルークと僅かな人数を残し、他の人間はティアと共に去っていく。エルドラントは完全に無力化された訳ではないだろうが、一番の脅威であるヴァンと六神将は片付いたのだ。後はキムラスカ、マルクト両軍に任せて大丈夫だろう。それに。
「・・・疲れた」
もう自分に残された時間は少ない。
エルドラント方向の空が突然白く光った。
「作戦終了の発光弾を確認」
「こちらでも確認出来た。ヴァンを倒したようだな。皆の者ご苦労だった」
タルタロスに歓声が上がる。公爵は部下を労った。
「アッシュ、私はやる事があるのでここを離れる。後を頼んだぞ」
「はい。元帥、何処に行かれるのです?」
今この場ではファブレ公爵はアッシュの父親ではない。上司であり、キムラスカの元帥なのだ。
「全ての終止符を打つ為だ。お前の未来の為に」
「!?」
アッシュは追いかけようとしたが、艦の船長に行く手を阻まれそれ以上進む事が出来なかった。
待機させておいたアルビオール三号機に乗り、ファブレ公爵はエルドラントの地に降り立った。ルークと共に乗り込んでいた公爵の部下が、護衛として周りを取り囲む。 それから先の公爵は凄まじいの一言に尽きる。
レプリカホドにいる魔物は、オールドラントに生息するどんな魔物よりも強い。だがそんなもの公爵の前には通用しなかった。衰えを全く感じさせないその動きは、鬼神が乗り移っているのではないかと噂される程だった。
そして。
「・・・ルーク」
「閣下」
ルークは岩に座っていたが、公爵の姿を確認すると直ぐに立ち上がった。
休んでいたのではない。恐らくもう長い時間立っていられないのだ。障気中和の後遺症によって。
「全て終わりました」
そう言うと、ルークは笑った。穏やかで、無邪気な顔をして。
「そうか」
公爵はルークの傍まで歩み寄り、紙のように白くなった頬を撫ぜる。指から伝わる体温のあまりの低さに、彼にはもう時間がない事が分かる。
「ご苦労だった。よくやった礼を言う、・・・ルーク」
言いながら、公爵は彼を抱きしめた。ルークはその温もりを感じる為背中に手を回した。
「あなたの望みは私の望み。この私の気持ちに何の偽りもございません」
自分はこの人の為、今まで生きてきたのだ。この人はこうやって自分を抱きしめてくれた。それだけで充分。
「新たな任務を与える」
「何なりと」
「これからお前が行く場所の事だが。私が其処に行くまで、障害と思しきものは全て排除せよ、終了後その場にて待機。私の指示を待て。よいな」
「了解しました。閣下が来られるのを心よりお待ち申し上げます」
「――――――」
公爵が何事かを呟いた。そして両腕を動かす。
「!!」
鈍い音が響くと同時にルークの目が僅かだが見開かれ、身体が跳ねる。だがそれは一瞬の事、直ぐにその目は閉じ、公爵の背中に回されていた手は力なく落ちた。彼の身体が淡い光に包まれる。
「ルークッ!!」
死霊使いと呼ばれるマルクトの軍人が息を切らせて駆け込んで来た時、その場には両手に剣を持ったまま何かを抱きしめるように、空っぽになった腕を見つめているファブレ公爵が立っているだけだった。