後期試験の対策で毎日図書館や研究室で自習している最中、携帯が震える。休憩がてら画面ロックを解除すると、試験終わったらゼミメンバーでスノボ行こう!とゼミ長がグループLINEに投稿していた。
どうやら4年生のほとんどの先輩が卒論を何とか書き終えたらしい。あれよあれよと企画が固まり、日帰りバスを貸し切って行くことに決まっていた。
学年ごとに参加者を纏めてくれている女の子から個別にLINEが届く。
【瀬名君って来てくれるかな?香夏子ちゃん、よく話してるし聞いてみてもらってもいい?】
まぁ、そうなりますよね。と思った。
結局この4ヶ月で、瀬名くんにわたし以外の友達はできなかった。
どうも一般人との距離の取り方がわからないのは本当らしく、話し掛けられても用件を簡潔に的確に返事してしまうので、会話のキャッチボールにならないのだ。
わたしに対しても同じような対応だけれども、気を許してくれているからか只管に小言と文句と愚痴がつくので他の人に比べたら話す時間は長いかもしれない。
どうせ仕事を理由に来ないんじゃないかなぁと思いながら、瀬名くんとのトーク画面を開く。
最後に送られて来たメッセージは【共食い?】だった。休んだ日のプリントをコピーする見返りに肉まんを強請った結果である。
わたしが優しいことに感謝しろよ、というメッセージに対しての返信はなかった。
「んー…ゼミスノボ来るの?瀬名くんの出欠確認がわたしに来たよ、と。これでいいや。」
ボタンひとつで繋がる世界。
試験のためにバイトのシフトを減らしているので手持ち無沙汰だ。いや、勉強しなきゃいけないんだろうけど。
図書館の勉強用個人机を運良く確保できたので、周りの目を気にする必要がない分つい自分に甘くなってしまう。
本来レポートを書くために持ってきたノートパソコンで、行く予定のスキー場をグーグルで調べてリフトのコースなんかも確認しているとマナーモードの携帯が机上で震えて音を立てた。
静かな図書館ではそれなりに響いてしまうので、慌ててそれを手の中に収めた。
【多分行ける。仕事終わったらスケジュール確認して連絡するからよろしく。】
受信を確認したら先ほど連絡した瀬名くんからで、まさかの返答に小さく「え、」と声が漏れた。
とりあえずわたしも瀬名くんも多分参加するけど夜確定で、という旨を学年幹事の女の子に送って、ふぅ、と溜め息をつく。
2月頭の平日、4年生と騒げるのもこれが最後かもしれない。ああ、ゼミでも追いコンやるのかな。
折角だし、新しいお友達ができるといいね、瀬名くん。
そうして何とか試験を乗り越えたわたし達は、早朝からターミナル駅でバスの到着を待っている。
ウェアは持っていてもボードは持っていないわたしは、大きめのボストンにウェアをぎゅうぎゅう詰め込んできた。
何人かはボードとブーツも自前で持ってきている。白い息を吐きながら携帯を握り締めていると、後ろからカバンで背中を押される感覚。
「わ!」
「はい、おはよー。今日も朝から間抜け面だねぇ。」
「瀬名くん!今の本当に危なかったからね!バランス崩して道路飛び出て車に轢かれちゃうところだったからね!」
「そうなる前に助けるに決まってるでしょ。そもそもそんなヘマしないってば。」
はぁ、とわざとらしく吐き出された溜め息も当然白い。
男の割に白く、よく手入れのされた滑らかな肌を寒さで赤らめてはいるものの、わたしのように寒さで身を縮こめることもなく、背筋を伸ばしてまっすぐと立っているその姿は、冬の張り詰めた空気にとても良く似合っていて美しかった。
そうやってもう何度目かもわからないけれど、瀬名くんに見惚れていたら目が合った。
「何?」
「何でもない。おはよう。昨日もお仕事だったのに、よく起きれたね。」
「これくらい余裕だし。でもバスでは寝るから肩貸してよね。」
えええ隣に座るの?他の子と座って仲良くなりなよぉ、と呻けば、仲良くない奴にいきなり肩貸してなんて言えないでしょ、とまぁ納得できる答えが返ってきた。
昨日お仕事で疲れているのは間違いないだろうし、仕方ないから貸してあげよう。
他の子たちとおやつ交換会したかったなぁ…。って、あれ?
「瀬名くん、私とは仲いいって思ってくれてるんだね!」
「……言葉のあやだから。」
「嬉しいからおやつ分けてあげるね!」
「いらない。ほんと最近豚に磨きがかかったよね。」
鼻で笑いながらも、私のボストンバッグを引ったくって、到着したバスのトランクルームに置いてくれる。
車内に乗り込み席を確保すると、瀬名くんが無言で手を差し出すので首をかしげながらそこに自分の手を乗せた。
それに対して瀬名くんは般若のような形相で「馬鹿じゃないの?荷物渡せって意味!」とわたしの肩に掛かっていたトートバッグを奪って椅子の上の荷物棚に乗せてくれた。
「あ、おやつ!」
「それくらい棚に乗せる前に出しておきなよねぇ。」
「瀬名くんが勝手に乗せたんでしょ!」
私の手の中に戻されたトートバッグからお茶とおやつを取り出して座席の前の網ポケットに入れると、瀬名くんがもう一度手を差し出してくれる。
「お願いします。…案外優しいところあるよね。」
「まぁKnightsだからねぇ。」
「は?」
「……今度CD渡す。」
ああ、もしかして瀬名くんのCDのタイトルか何かなのだろうか。
彼の芸能活動についてはめっきり疎いので、瀬名くんがたまに零す身内ネタのようなものにわたしが首を傾げると、瀬名くんは機嫌を悪くしつつ次に会ったときにその話題に関するものを押し付けてくるのだ。
この間は1年生のときに出たドラマのDVD(1巻だけ)、その前は表紙を飾った雑誌、わたしの部屋にわたしの意思とは関係なく地味にどんどん瀬名泉グッズが溜まっていくのがちょっと面白い。
「瀬名くんおやつ食べる?」
「いらないって言ったでしょ?聞いてた?」
「ガムかグミくらい食べるかなって。」
「…ガムならもらってあげる。」
差し出された手の上に瀬名くんの目と同じ色のパッケージの板ガムを1枚乗せる。
わたしがおやつに付き合って欲しかっただけなのに、律儀にお礼を言う瀬名くんは何だかんだで良い人だなぁと思った。