学食のサラダうどん




学部棟の端っこにこじんまりと設置された喫煙所で煙草を吸っていると、名前を呼ばれる。
振り返ると、この世のきれいを閉じ込めたような男が、軽蔑の目付きでこちらを睨んでいた。

「あんた、煙草吸うの。」
「たまにね。」
「肌にも身体にも悪いんだからやめたら?」
「どっちも興味ないもん。」
「ほんと女と思えない。」

そもそもわたしだって吸うつもりはなかったのだ。
ただ、おじいちゃん先生がかなりのヘビースモーカーなので、少しでも先生と話していたかったわたしは授業の後の一服にまで同行し、そこでずっとお話を聞いていた。
そうするうちに、自然と自分でも手を出すようになってしまって現在に至る。
正直、きっかけさえあればやめてもいいかなぁとは思っているのだけれど。
瀬名くんと同じ授業を取るようになって2週間。
わたしが思っていた以上に芸能人の『瀬名泉』は多忙で、休む日もあれば授業を途中抜けして仕事に向かう日、授業の後に新幹線に乗って移動する日なんかもあった。
とりあえず友達増やしなよ、と言ってゼミの皆と交流することも勧めてみたけど、一般人との距離感がわからないと一刀両断された。どうも、子どもの頃から芸能人として暮らしてきて、学校も『そういう』子たちが通う学校に行っていたらしい。
何でわたしは大丈夫だったんだと首を傾げると、またしても「間抜け面」と笑われた。
なるほどこの間抜け面に安心したのかもしれない。芸能界は大変だと言うし。
私と瀬名くんが取っている授業が被った語学やサークルの友達から、次々と「瀬名泉と知り合いなの?!」という連絡が入るようになって、彼が感じていた煩わしさの一端を知ったような気がした。

そうやって一つの季節が過ぎる頃には、わたしと瀬名くんは毎週水曜日、昼休みを一緒に食べる程度の仲になっていた。
今日の気分はカツカレー。瀬名くんはサラダうどんの小と小海老のサラダ。どんだけ野菜食べるんだろう。
というか、男女逆な気がしてくる。そう思っていたことが顔に出ていたのか、前を歩く瀬名くんがトレイを持って鼻で笑う。

「女の子がカツカレーとか…」
「別に食べちゃだめだなんて法律ないでしょ。」

軽蔑を通り越し、憐憫が含まれた視線を感じながらわたしはスプーンでカレーを掬う。
うちの学食は、割とバリエーションに富んでいる割に値段が安いし味も美味しい。
特にカレーに関してはレトルトの味がしないので、ついつい頼んでしまう。今日は寒いから、あったかいうどんにしようとおもっていたはずなのに。

「今日は午後全部出れんの?」
「ん、今日は丸々オフ。」
「そ。お疲れ様。」

少量で空腹感を満たすためにたくさん噛んで食べる瀬名くんは、安い学食のサラダうどんを食べているのに、きちんと背筋を伸ばして綺麗な箸使いで昼食を口に運んでいる。
どう足掻いても格好がついてしまうのがすごいなあと、もう三ヶ月の付き合いなのに飽きずに見惚れてしまった。

「美人は三日で飽きるなんて誰が言ったんだろうねぇ。瀬名くん見るの飽きる気がしないよ。」
「飽きられたらそこで終わりだからねぇ、芸能人は。」

わたしがデザートの杏仁豆腐を二人分食べ終わるのと同じタイミングで、瀬名くんも食べ終わる。
食べた量はわたしの方が圧倒的に多いのだけれども。
午後の授業に瀬名くんが出れるなら、わたしは久しぶりに内職しようかなぁ、来週提出のレポート少し進めたいし。
瀬名くんのサポートをするようになってから、無駄な責任感に駆られ以前より真面目に授業を受けるようにはなったものの、大学の授業の醍醐味は内職だ。もちろん興味のある授業や試験の難しい授業なんかはしっかりと聞かなくてはならないけれど、卒業のための必修授業のうちのいくつかはとりあえず単位さえ取れればいいのだ。
就職活動に最低限必要なのは大学の成績ではなくて、卒業証明なのだから。
そういえば、瀬名くんは卒業したらどうするのだろう。芸能活動を続けそうではあるけれど。
そもそも何で忙しい中わざわざ大学に通っているんだろう?
案外知らないことだらけだ。結構仲良くなってきたと思ったんだけどなぁ。