「所有者氏名登録」
ぴ、と小さな駆動音。まだ目を開けない男が、唇だけを動かして私の言葉を反芻した。
続いて登録呼称。別にあだ名で呼ばれたいとか可愛く呼ばれたいという願望は無いので、普通に名前をそのまま登録する。また、低い声がそれを反芻して、数秒の間。そうして、ゆっくりとまばたきを三度。所有者登録が完了したということで、音声認識のために繋いでいたパソコンからケーブルを抜きながら、ゆっくりと起動してゆく男を見やる。
「おはよう、大倶利伽羅」
「……ああ」
浅黒い肌に、金色の瞳。学生服じみた衣装なので年齢設定は若い方なのだろう。同じ時期のモデルの燭台切光忠とかはホストか何かと見まごうばかりなので、家に置いておく分にはこの方が都合が良いなと思うのだけど。
大倶利伽羅、というモデル。彼らが発売された頃に流行っていたゲームとのタイアップで作られたモデルの一体だというのだけれど、私はそのゲーム自体をよく知らないので、彼が一体どういうキャラクターを元とされているのかはよく知らない。
自立型生活支援人形。簡単に言うのなら、アレである、青い猫型ロボット。
人間の生活を補助する自立型のロボット。自立して駆動し、学習して成長する。なんだか小難しい正式名称があったはずだけれど、それも覚えていない。とにかくまぁ、生活の援助をしてくれるロボットである。
ロボットとは言っても人間の肌を限りなく模した人工皮膚は触ると生々しいし、髪はうらやましいくらいさらさらである。平たく言えばカメラ機能でしかない瞳も、時々まばたきをするせいで本物みたいに思える。かなり高度な防水もされているから風呂場にも持ち込み可能。なんだかよく分からないけれど人間と同じように水分を摂取してそれをエネルギーに変えているらしい。
眠らないことと排泄をしないことだけが人間と違うところ、と言った、かなり高機能なロボットで、人によってはロボットという名称自体を嫌うとも言う。確かに、ここまで生々しく作られていて、学習機能による処理だと分かっていても成長してゆく様を見せられたら、人間と同じように扱いたくなるのは自然だろう。
私が物心ついたころには、もう人間の生活に自然に溶け込んでいたものだった。
家事機能に特化したものや、秘書のような役割をして歩くもの。こどもの世話。ボディーガード。下世話な話をするのなら疑似恋人から、夜のことまで。
色々な機能の人形が存在していて、大倶利伽羅のモデルが発売されたのは私が高校生くらいの時だろうか。当時、大流行したゲームのキャラクターモデル。発売当時は予約が殺到して大変だったらしいとニュースにもなった。
何だったか……そう、刀剣男士だ。刀を擬人化したキャラクターのゲーム。そのゲームのキャラクター……つまり、刀をモデルとした男、を、モデルとした生活支援人形。
その一年前には軍艦を擬人化した女の子のゲームをモデルとしたタイプも出ていたので、その界隈には人気が出るのだろうなぁと思っていたくらいだった。
その内の一体が彼、大倶利伽羅である。
生活支援のはずの人形なのに、キャラクターの設定上口数は少なく、愛想もなく、所有者登録―――主人の認識をしても、傅くわけでもない。それ、支援になるの?と首を傾げたことは今でもよく覚えている。
同時期に出た燭台切光忠モデルや太鼓鐘貞宗モデルは学習をしない素の状態で所有者への信愛ステータスがカンストしているレベルだと聞いたのだけれど。少し癖があるという鶴丸国永モデルを見たこともあるけれど、多分、大倶利伽羅モデルほどではないだろう。
別に意味もなく愛想よくしてほしいわけではないけれど、岩塩みたいな対応されるのはなんとも言えない。けれど、ゲームのキャラクターを忠実に写し取ったそのモデルは他のどれより売れたらしい。当時そのゲーム自体にハマっていて、織田のモデルをコンプするために貯金をするのだと息巻いていた友達が言っていた。
「食事は作れる?」
「問題ない」
「そう。でも私、あんまりお肉好きじゃないんだよね。あとで菜食レシピデータ、インストールしようかな。掃除とかはできる?」
「初期機能の範囲なら」
「そう。まぁ、壊れて困るものとかが置いてあるわけじゃないし、掃除機かけられるならそれでいいや」
愛想が無いというよりは、シンプルとでも言おうか。そもそも、人工皮膚の感情表現とか一体どうなってるんだろう。伊達モデルと括られる他の人形たちは見せてもらった限りでは随分にこにこと愛想よく笑っていたから、あれはハマると怖いなと思ったものだ。生々しいイケメンが親愛度カンストでこちらに接してくれるのである。人形だと分かっていてもハマる気持ちは分かる。あれは怖い。
一番やばいのは三条モデルだと聞いた。こちらはヤバイ以外の感想を聞かないので、ヤバイんだろうなと思うものの、怖くて実物に触れたことは無い。
そう思うと、大倶利伽羅モデルの塩対応はある意味良いのかもしれない。
慣れ合わないというのが口癖として設定されているという人形。所有者に対してそれはどうよと思ったこともあったけれど、外見設定が男である以上、変に距離感が近いと妙な気持ちになってしまうかねない。だってそれくらい生々しい。
そもそも生活支援人形にそれほどの興味のない私には、きっとこれくらいがちょうど良いのだ。
私が拾った大倶利伽羅。
愛想のない、けれど私に合わせて成長してゆく、私の人形。
「よろしくね、大倶利伽羅」
「……ああ」
視線は合わないし、声はぽつりとしたものだったけれど、返事はしてくれる。
1DKのアパートは、ふたり暮らしには少し狭いかもしれない。