「おう、待ちくたびれたぜ三日月」
鶴丸が恐ろしいほどに美しい男にそう答えた。
やはり刀剣男士だった。
それもブラック本丸でラスボス率が高い三日月宗近か。
山姥切が一番綺麗だと思っている私でも、その美しさに目が眩み、一瞬ぐらっときたというから恐ろしい。
鶴丸は彼と知己であるらしい。親しい者同士特有の気軽な挨拶を交わしていた。
「すまんな。いろいろと手間取ってなあ。…で、そちらのおなごがそうか」
「ああ、彼女が俺たちの、自慢の主だ」
「ふむ…近う寄れ、と言うのは流石に失礼か。審神者よ、そなたに近寄っても構わんか?」
「あ、はい」
彼は『迎えに来た』と言った。ということは、私たちが今から赴く本丸の住人なのかもしれない。
長い付き合いになるかもしれないのだから、この程度のことを断って機嫌を損ねるのも馬鹿らしい。
今のところ彼は友好的なようだし、行き成り切りつけられる心配もなさそうだ。
彼は私の前に立つと、目が同じ高さになる位置まで屈んだ。
青い瞳に浮かぶ三日月が私にも見えない心の奥底まで照らしてしまいそうだと思った。
「なるほど、面白い眼をしておるなあ…一つだけ聞かせてくれ。そなたの一番大事な刀剣男士は誰だ?」
「山姥切国広よ」
私は即答した。
刀剣男士は皆平等で、特別なんてないと言うことが正解かもしれない。
しかし、どうせ私と接していればわかることなのだから、偽りを言う気にはならなかった。
乱にも初めに言ってある。
私は山姥切国広を最優先する。そんな主でいいのなら仕えて欲しいと。
彼がそれを聞いて頷いたから、私は乱を迎えたのだ。
私の言葉に三日月宗近は気を悪くするでもなく、嬉しそうに頷いた。
「うむ、それは良き主だ!」
どうやら私は彼の試験に合格したらしい。





「茶番はそのくらいにしていただけますかな……早く、新しい審神者を出してください」
「おお、すまんすまん。すっかり忘れておった。年寄りは呆けやすくて敵わんなあ」
三日月宗近のもつ雰囲気に飲み込まれていたのか。向こう側の刀剣男士たちは三日月宗近がやってきてからずっと黙っていた。
焦れたのだろう、今まで黙っていた一期一振が苛立った様子で三日月宗近に声をかけた。
彼らの剣呑な視線に気づいているにも関わらず、三日月宗近は優雅に笑う余裕すらあった。
「そら、お前たちの新しい主だ。大切に扱うがいい」

いつの間にか、としか言いようがなかった。

いつの間にか三日月宗近の足元、先程まで何もなかった場所に『赤い大きな何か』が蠢いていて。
それをぐちゃりと、嫌な音を立てて掴んだ三日月宗近は、軽々と彼らの足元へと投げ出した。

どさっ、とやけに重いものが落ちる音がした。

つられて全員が『赤い何か』を注視する。

それがなにか、一瞬理解できなかった。

赤い、蠢く、なにか。
赤い汁があちこちから溢れだして大地を汚していく。

肉の塊のようにも、大きな動物にも見えるそれが、人間だと私は気づいてしまった。
「ひっ」
思わず息をのんだ。
頬も、鼻も、耳も。顔の肉は削ぎ落とされていて、やけに平坦になっていた。
刀で切られた傷だろうか、癒えない傷口のあちこちに蛆が這い、止まらない血液で地面が赤黒く染まっていく。
腕を一本、足も一本が根元から切り取られ、骨が露出している。
存在している残りの手足も、爪は全て剥がれ、幾筋も深い傷が走っていた。
首を小刻みに動かしては辛うじて無事な両眼であたりを見つめては、何かに怯えている。
そのためか彼は血走った瞳を見開き続けていた…いや違う、目を閉じれないように瞼が切り取られていた。
全てを見続けるように、目を閉じて逃避することさえ許さないという執拗なまでの意志をそこに感じだ。
『それ』が芋虫のように這いずりながら痛みで暴れるほどに傷口に砂が擦れ更なる痛みを産む悪循環に陥っているらしい。
「主」
「……大丈夫、山姥切。ありがとう。…でもいいわ」
これ以上は見せられないと判断した山姥切が私の眼を掌で覆うが、やんわりと手を掴んでおろさせた。
三日月宗近の鶴丸に対しての、「久し振りだな」と言う言葉。
乱と鶴丸の、どこへ行くのかわかっているような様子。
予想が正しければ、これは私が鶴丸に囁いた言葉によって起きた結果だ。
山姥切の主として、目を逸らすわけにはいかない。
私は彼がこうなるとわかっていて、鶴丸を向かわせたのだ。
「ああ、忘れていた。『喋っていいぞ』」
三日月宗近から許可を受けた途端に、濁った、醜い、悲痛な悲鳴がその口から溢れだす。
「いだあいあいだいだいごめんんんなああさいいもうゆるじでじにだああいいだいいだいい゛だいいいい」
謝罪と懇願と痛みをひたすらに訴える彼は、何故こんな状態になっても、生きているのか。
刀剣男士でもない、ただの人間が。
「ごろじでぐれ゛ぇぇぇええええたのむぅああああああいたい!いたいいだい゛…」
「やっぱ煩いよ、三日月さん。主の耳が穢れちゃうじゃん。『黙れ。ボクたちがここを去るまで呼吸を止めていろ』」
乱が今までに見たことがない、冷たい目でそれを見つめる。
するとそれは、口を強制的に閉じてしまった。呼吸の出来ない苦しさゆえかいっそうに暴れだす。
向こう側の刀剣男士が悲鳴を上げる。
「これは、呪詛…!?」
「違うよ、祝福だよ」
乱が笑う。
「俺たちがされてきたことを、少し再現しただけでこの様よ。死にたくないと喚いて煩いからな、望み通り死なぬ体にしてやったまでのこと」
三日月宗近が袖で口元を隠しつつ、それに補足を加える。
どれだけ痛みを感じても、傷を受けても死に逃げることができないのか。
「お前らはどんな主でもいいんでしょう?主を僕たちに頂戴。かわりに『これ』をあげる」
「俺の仲間達すべてが、真名を握っているからな。
俺がたとえ折れても他の奴らが生きている限り解けない祝福だ。驚きだろう」
こんな審神者はいらないと青い顔で首を横に振る刀剣男士達に乱は容赦しなかった。
「ご飯は与えなくとも生きていけるから離れに閉じ込めておけば、あなたたちはここでずっと『主様』を待っていられるよ。それとも土の中に生き埋めにする?
本丸と契約を交わしている審神者が生きてさえいれば、手入れ部屋は稼働できる、そうだよね。だったら今までとどう違うの?
主が変わったところで『問題ない』んでしょう?ねえ答えてよ」
「乱!!」
「気安く呼ぶな!ボクのいちにいは他にいる。お前じゃない!」
真っ青な顔をした一期一振が悲痛な声を上げた。まさか弟にそこまで否定されるとは思ってもみなかった顔だ。
「あっはっはははざまあみろ!ボクたちが、ボクたちが、苦しんで、痛くて、折れてる間もお前らはずっと笑ってたんでしょう!?ずるいよ!お前らだって苦しめばいいんだ!」
「乱…」
「なあに?主」
狂気の言葉を吐き続ける乱にたまらず声をかけると、振り向いてくれた。
乱はいつもの私に向ける、主を敬い慕ってくれる、乱藤四郎の顔をしていた。
「もしかして、あなたたちがこれを仕組んだの…?」
「そうだよ。こいつらには主は勿体無いんだもん!えっとね、前の主とつるんで悪いこと隠してた担当もね、同じようにしてやって、僕たちのところのこんのすけに頼んで現代へ送ってもらったんだ。それで他のやつらも、同じようにしてやろうかって三日月さんが脅したら快く言うこと聞いてくれたんだ。
……主を、僕たちの主にしてくれること。
あ、主の担当も、主を苛めてるって鶴丸さんから聞いたから、石切丸さんがお仕置きしてくれたよ!」
それでいつのもの担当ではない役人が転送装置の前で待っていたのか。
この件を知っていたからこそ、下手な真似をすれば二の舞になると畏れ、私たちに怯えていた。やっと不審な態度が理解できた。
「普通の人間なんか僕らみんなで呪ったらいちころだよ!」
「おいおい。呪いじゃなくて、祝福だろう?」
鶴丸が乱につっこんだ。
「よいではないか。それくらいで怯えるようなら我らの主は務まらん」
「これ、俗にいう生贄じゃないかなあ…」
こういう展開は予想してなかったので茫然とする。
主を呪った刀剣男士がいる場所に、私は突撃させられるわけか。
鶴丸を唆したのは私だから、責任を取るのはやぶさかではないと思っていたが、まさかこうなるとは。
私の替わりに山姥切が疑問を投げかけた。
「あんたたちの話が本当なら、こいつは自業自得だが…審神者自体に恨みを持つ奴らがあんたらの本丸にいるはずだ。
そいつらの刃が主に危害を加える可能性はないのか」
「それはない。なにせ俺たちも折れたと思い見捨てた鶴丸を救い、寄越してくれた恩人だ。
確かに人間に怯える者も存在するが、誰が助けてくれたのか、鶴丸が皆にしかと話しておる。恩を仇で返す真似はすまいよ」
「なら俺から言うことはない。あとはあんたの意思だ。俺はそれに従おう」
ええーでも騙し討ちしてこないかな?
歓迎しておいて油断したところを地下牢に閉じ込められたり、とか…。ああさにちゃんスレ巡回の影響がここにも!
「こちらに来る、利点がもう一つあるぞ」
鶴丸が声を潜めて囁いた。まるで悪魔の誘惑だ。以前とは丁度逆の立場だ。
「俺たちは、皆山姥切に負い目を持っているから決して君の初期刀に危害を加えない。俺も傷つけたいとは思わないな。
そして山姥切国広が慕っている主をどうして取り上げようと思うものか」
「え、なら行く!」
どうせここにいたら、逆恨みで山姥切が苛められそうだと思っていたのだ。
山姥切を庇ってくれる兄弟はもう刀解してしまったから、山姥切の味方が多い本丸を選ぶに決まっている。
「…本当に、行ってしまうのかい…?」
縋るような視線で、燭台切光忠が私に問いかける。
何を今更言うのだろう。
「『審神者の替わりなんでいくらでもいる』んでしょ?君が言った言葉だよ。責任をもちなよ」