鶴丸が短刀を拾ってきた。
あの日折れた短刀のうちの一振りと同じものらしい。早速顕現すると、乱藤四郎と名乗った。
乱は私によく懐いた。
私を慕い、よく私の髪の毛をアレンジしたがった。
私に似合いそうだからと今までほとんど手を出していなかった化粧品と、華やかな洋服をいつの間にかネットを通じて注文されることすらあった。
『研究会』と題して、ファッションの雑誌を二人で眺めたりもした。
私が乱を邪見にしなかったのは、乱の行動が全て、私を好意的に見ているからだと気付いていたからだ。
無関心に囲まれて長年過ごした分、私は好意に弱くなったようだ。
乱れは着飾った私を外に連れ出して散歩させた。それを山姥切たちはよい変化だと歓迎した。
「主はもっとおしゃれしなきゃ!」
「これ、綺麗すぎて私には勿体無いんじゃないの…?」
「いやいや、着ないで仕舞いこむほうが勿体無いぜ。折角乱が見立ててくれたんだ。あんたが喜んで着てこそ、その服にとっても誉になるんだ」
「…それは、あんたに似合うと、思う」
乱はそれでいて戦闘も喜んでこなした。あの小さな体で素早く敵の懐にまで飛び込んで、命を刈り取っていく。
機動が高くても打撃が低い分、初めは山姥切や鶴丸に遅れをとっていたようだが、必死で食いつき、追い抜こうと努力した。
いつの間にか短刀でありながら一撃で大太刀を仕留めるまでに成長していた。
どうしてそんなに急いで強くなったのか、と尋ねた私に、乱は笑ってこう言った。
「短刀は女性の懐剣としても使われていたんだよ。ボクも短刀だったら、主を守れるくらいに強くならなくちゃ!」
一期一振はそんな弟の行動を苦々しく思っているようだが、乱にとっては私が主だ。
会ったことのない『主』なんて慕うはずがないことを、なぜあの男はわからないのだろうか。
乱はといえば、兄が私という主を尊重していないことに憤りを感じているようだった。
ある日、共に散歩をする私たちの下に一期一振がやってきて、乱と諍いを起こした。
こちら側に来いと誘う兄を、乱はきっぱりと断った。
いつかは起こる衝突だったのだろう。
「何度言ったらわかる!『あれ』は主ではない!ただの、霊力を供給するだけの人間だ」
「主を悪く言うな!ボクの主はあの人だけだ!」
「違う!私たちの主は、主は…!」
「いちにい…違う、一期一振。あなたあなたはこれからボクの敵だ。あなたもボクを弟と思わなくて構わない」
「乱、どうして…!?」
私と彼らの溝は、決定的なものになっていた。
それからしばらくして、こんのすけと名乗る、政府の使いが私たちのもとへやってきた。
「審神者名××××。あなたはこの本丸の審神者を退いてもらいます。期日までに荷物を纏め疾く次の本丸へ向かってください」
「一応理由を聞いていい?」
「刀剣男士の士気の低下、あなたへの不信増加がみられます。このままでは更なる刀剣男士の破壊の危険性も考えられるからです」
「あっそ。山姥切たちは連れて行っていいのよね」
連れて行ってはいけないと言われたら向こうに突撃すると言って脅すべきかと考える。
「はい。希望する刀剣男士に関しては、あなたの判断で連れて行って構いません」
「それならいいわ」
こんのすけはこの本丸にずっといたようだが、前の主派…ひいては向こう側の味方だったから、一切関わりにならなかったらしい。
ここ最近の短刀の刀剣男士破壊や不和の様子を見て、私がこの本丸に相応しくないと上に報告していたらしい。そしてその要望が通ったと。
ここへは新しい審神者がやってきて、私は別の本丸に引継ぎ審神者としてまた連れていかれるらしい。
私があれだけ要望を出しても通らなかったものが、今更になってあっさりと決まった。
希望する刀剣は連れていけるということで、山姥切・鶴丸・乱についてきて欲しいと頼むと、当たり前だと返された。
こんのすけは審神者が代わることを既に向こう側の刀剣男士に伝えているようだ。
彼らは今度の審神者は『うまく』扱うつもりらしい。
まだ来ぬ後任が可哀想になったが、私にはどうすることもできない。
一応、政府には報告書で彼らの不穏な動きは伝えておいた。
審神者交代の日、私たちの見送りには、燭台切光忠を初め、十人程度の刀剣男士がやってきた。
誰も来ないことを予想していただけに、予想外の光景だった。
しかし燭台切以外の刀剣男士が私たちをみて睨んでいるということを見ると、おそらくは入れ違いでやってくるという新しい審神者を出迎えるつもりなのだろう。
歓迎するにしてはやけに鋭い目で転送装置を睨む彼らを見るに、嫌な予感が当たったことを知った。
本丸と他の時代を繋ぐ転送装置には、妙に怯えてこちらを見る、見たことのない役人の男が待っていた。
私の要望を握りつぶしてきた、いつもの踏ん反りかえった偉そうな男ではなかった。担当が急に変わったのだろうか。
彼にすぐ移動するのかと聞くと、引継ぎのものがきて契約を譲渡したほうがスムーズに話が進むので、申し訳ないがしばらく待っていて欲しいと、やけに平身低頭の態で謝られる。
あの政府の役人がここまで下手に出るのをはじめてみた。
もしかして、余程恐ろしい本丸に今度は配属されてしまうとか?
たとえば、さにちゃんで散々みてきた、ブラック本丸引継ぎのような…。
…。
確かに私は引継ぎ本丸の主として不適格だったから解任されたわけで、今度がそれより良いところに行くとは限らないよな…。
やばい。
後任を待つまでの間、離れを出るまではなかった不安が少しずつ大きくなってくる。
また同じことが起きたらどうしよう。それどころか、鶴丸が、乱が私を庇って傷つけられたらどうしたらいいのだろう。
私と山姥切のだけだったらそう思わなかった。一緒に死ぬだけだと考えていたものが、途端に重みを増す。
顔が暗くなる私を見て乱が明るい声で元気づける。
「大丈夫。主は、僕たちのところに行くんだよ!みんな優しいから安心して!」
…みんな?乱は、私たちがどこへ行くのかわかっているというのか。
不思議に思う私を他所に、鶴丸が慌てだす。
「こら乱!驚きが薄れるだろうが!」
「あ、ごめん!言っちゃった」
「…どういう意味だ」
山姥切が鶴丸と乱を問い詰めようとすると同時に、転送装置が音を立てて振動する。
どうやら引継ぎの審神者が到着したらしい。
さっさと終わらせて、次の本丸へ行こうと転送装置へ体を向けた瞬間。
私は目を疑った。
「迎えに来たぞ。…久しいな鶴丸」
平安貴族を思わせるような、青の装束。
決して女性的な風貌はしていないにも関わらず、彼には美しいという表現がよく似合っていた。
あまりに整いすぎて、人間離れした美しさ、という表現がよく似合った。
そして何より帯刀している。
…刀剣男士?