ハルデンツェルの春(4)

布団の中で夢現に雷鳴を聞く。
激しさを増す雷の物凄い音に眠気も消えて、飛び起きた。
わたしは思わず悲鳴をあげる。

「ひー!!こわいーー!!」
「ローゼマイン様、大丈夫ですか!?」
「リーゼレータ・・・?だ、だいじょうぶです・・・」

布団から顔を出すとリーゼレータとアンゲリカが心配そうにわたしを見ていた。
雷の音と光に半泣きのわたしはリーゼレータに手を繋いでもらい眠ることにした。
姉妹の幼い頃の可愛いエピソードを聞きながら夢の世界へと旅立ち、朝はギリギリまで寝かせてもらう。



「ローゼマイン、いつまで寝ている。早く外へ来て状況を把握しなさい」

神官長の低い声がオルドナンツから響く。
わたしは慌てて飛び起きた。
天幕を開けたリーゼレータに何があったのか聞くと、ハルデンツェルに春が来たらしい。

「祈念式を終えたから春ですよね?」
「そうではなく、一晩で完全に雪が解けたようです」
「えぇ!?」


着替えて言われた場所に向かうと、ハルデンツェルの城で一番高い塔に着いた。


「うわぁ、春らしくて良い景色です!春の女神様はずいぶん張り切ってくださったのですね」
「これはハルデンツェルでは初夏の光景なのですよ、ローゼマイン様」

呆然とした顔のギーべ・ハルデンツェルが力の入らない声で教えてくれた。
城の周辺は若葉の緑と色とりどりの花に囲まれていた。雪の気配はなくなり、穏やかな風が吹く。

「昨夜はずいぶん季節外れの雷だと思っていましたが、まさかこのような・・・。フェルディナンド様、神事を正しく行うと毎年このような奇跡を見られるのでしょうか」
「ハルデンツェルの女性達で大量の魔力を奉納したからな。昨夜の祈念式を行えば、毎年春の訪れを早められる可能性は高い」

神官長の言葉にギーべ・ハルデンツェルは考え込んでしまった。
周囲を見渡すと、城から続々と人が出て行く。

「ずいぶん慌てて出て行きますけど、よろしいのですか?」
「このような状況は初めてで、皆本当に大慌てなのです」

農村へ向かって畑を作ったり、魔獣を狩りに行ったりとハルデンツェルは大混乱のようだ。


「ローゼマイン様、フェルディナンド様、ハルデンツェルでは来年からも正しい儀式を行いたく存じます。どうか知恵をお貸しいただきたい」
「ハルデンツェルにとって冬を短くできることで救われる命が多くあることは承知している。出来うる限り協力しよう」

神官長の真剣な眼差しに、ハルデンツェルの冬の厳しさを知る。
アウブの仕事を手伝っているから、各地の税収なども把握してるのかもしれない。

「神殿では魔石にわたくしの魔力をこめて、下級貴族に使わせることで足りない分の魔力を補助しています。ハルデンツェルでも一年かけて魔石を用意し、女性達に使っていただくのはいかがでしょう?」

わたしの提案にギーべが目を張った。
魔力を補助することなど考えたこともなかったらしい。
「ご助言に感謝します。色々と考えてみようと思います」


「ギーべ・ハルデンツェル、あれはなんだ?」

お父様が遠くを指差す。
わたしも身体強化を強くして視力を上げ見つめた。
金色に輝く木が見える。

「昨日の話に出たブレンリュースの魔木か?」

神官長が心なしか弾んだ声で訊ねる。
ここでしか見れない魔木とあっては見逃せないようだ。

「そうです。本来ならばハルデンツェルの者以外に与えるのは禁じられていますが、春をもたらしてくれたローゼマイン様とフェルディナンド様に捧げるなら住民も否やとは申しますまい。もしよろしければ少し持ち帰ってください」

「ローゼマイン、ブレンリュースの実があれば私の回復薬の味が大幅に改良されると思うぞ」
「本当ですか!?ギーべ・ハルデンツェル、是非とも持ち帰らせていただきたいです!」

ギーべは笑顔で頷いてくれた。


「微力ながら私も狩りの手伝いをしてこよう。行くぞ、エックハルト」
「はっ!」

神官長がハルデンツェルの春にしか出会えない魔獣や魔木を狩れる機会を逃すはずもなく、いそいそと城を出て行った。
ギーべ・ハルデンツェルもお父様を連れてブレンリュースの実を採集するという名目で駆け回っていたらしい。



「こちらがブレンリュースの実でございます」

わたしと神官長に三つずつお土産としてもらった。
神官長が信じられないくらいの魔獣を狩ってくれたので、そのお礼も兼ねているらしい。


レッサーバスに帰りの荷物を載せていると、ユストクスが大きな箱を三つ持ってきた。

「・・・これは?」
「姫様、大変恐縮ですがこちらの荷物も載せていただけませんか?フェルディナンド様が採集された素材です」

神官長に目を向ければ、キラキラした笑顔で「よろしくたのむ」と言われた。
ユストクスもツヤツヤしてるし、採集は余程満足のいくものだったらしい。


「神官長?ハルデンツェル訪問の本当の目的はこっちですね?」
「何のことだ?」
「いやいや、おかしいですよね!なんですかそのやりきった!みたいな顔は」

ふっと口の端を上げた神官長はそれ以上何も言わなかった。貴族の沈黙は肯定である。

ハルデンツェルに春の訪れを早めることができたのは嬉しいことだけど、それだけで終わらせてくれない神官長がさすがだよ!

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