ハルデンツェルの春(3)
「ようこそ、ハルデンツェルへ」
ギーべ・ハルデンツェルを始め、住人達が出迎えてくれた。代表者であるお母様と長い挨拶を交わす。
挨拶が終わればわたしの出番!
小聖杯を持って進み出る。
「癒しと変化をもたらす水の女神 フリュートレーネと側に仕える眷属たる十二の女神によって、土の女神 ゲドゥルリーヒには新たな命を育む力が与えられました。広く浩浩たる大地に在る万物が水の女神 フリュートレーネの貴色で満たされますことを心より願っております」
「確かに、土の女神 ゲドゥルリーヒは水の女神 フリュートレーネの魔力で満たされています。雪解けに祈りを、春の訪れに祝福を捧げます」
小聖杯の受け渡しは神官長がやってくれた。小聖杯に魔力がいっぱいになったところで重さが増えるわけではないから持つのは辛くないけど、貴族に直接渡すのは緊張しちゃうから助かった。
小聖杯はギーべ・ハルデンツェルの側仕えによって運ばれていく。
その後はギーべと打ち合わせをして、プランタン商会が契約を結ぶ。
平民が働く場所まで移動して印刷機を動かす様子を見て、文官達が細かくメモを取るのを眺めた。
ギーべ・ハルデンツェルが狩猟の話を始め、騎士団長であるお父様が追加で説明をしてくれていたところ、存在感を消していた神官長が突然食い付いてきた。
「この土地では春の初めにはどんな魔獣や魔木が活発化する?」
「そうですね・・・魔木でしたらブレンリュースが代表的ですがあとは・・・・・・」
わたしが聞いたことのない魔獣達の名前が並ぶ。
神官長はそれをとても興味深そうに聞いていた。素材集めが趣味のユストクスも後ろで熱心にメモを取っている。
エーレンフェスト最北端の地だし、珍しい素材が多いのかな?
「歌え、神に祈りの声を伝えよ! 舞え、神に感謝を伝えよ! 雪解けに祝福を!」
6の鐘が鳴り響き、大きな広場でハルデンツェルの祈念式が始まった。
「フェルディナンド様は祈念式に確認したいことがあると伺っていましたが、このまま貴族達による剣舞と歌の奉納を行ってよろしいのですか?」
ギーべ・ハルデンツェルが隣に座る神官長に進行の確認を取る。神官長は突然押し掛けてきておいて、何を確認したいのか詳細は話していないらしい。相変わらず言葉足らずな人だ・・・。
「例年と同じ流れを見せてもらいたい。古くから続く伝統を守り受け継いでいるこの地の儀式だからこそ、重要なものがあるのだと睨んでやって来たのだ」
「そうですか・・・私はてっきりエーヴィリーベがゲドゥルリーヒを追うがごとくこの地へ訪れられたのかと邪推いたしました」
「ふっ。私は自らをメスティオノーラを導くエアヴァクレーレンと弁えているが?」
「それは失礼しました」
わたしの苦手な神様表現が出てきてしまった。何となくわたしと神官長の関係を話してたように思えたんだけど、わたしはどうすればいい?何か反応すべき?
正面に座るお父様とお母様は貴族らしい笑みを浮かべていて内心が全く読めない。わたしもスルーでいいのかな・・・。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
わたしの焦りをよそに祈念式は進んでいて、耳慣れた祈りの言葉が聞こえてきた。舞台に目を向けるとハルデンツェルの騎士達が台の上に並んでいる。
「深い、深い白の世界に終焉を。全てを排する硬い氷を打ち砕き、我らの土の女神を救い出さん……」
・・・あっ。この歌詞聖典で読んで知ってる。
土の女神の眷属だった女神が命の神によって引き離されて追放され、水の女神に助けを求めに行く時の詩だね。
何となく歌いかけて隣に座る神官長からの強い圧を感じる。危ない!うっかり歌ってまた変な祝福が出たらわたしの頬っぺが犠牲になっちゃう!
わたしが鼻歌で我慢してるとそれに気付いたギーべ・ハルデンツェルが楽しげに目を細めた。
「これは春の訪れを喜び狩猟の始まりを示す歌です。これを歌い男達は狩りへ出ます」
「・・・あら?雪解けを願い水の女神を呼び込む歌ではありませんの?」
首を傾げると、ギーべ・ハルデンツェルが不思議そうにわたしを見た。
「この歌はハルデンツェルでしか歌われていないものだと思っていましたが、ローゼマイン様はご存知なのですか?」
「曲は初めて聞きましたけど、聖典には絵と詩が載ってますから。聖典の絵によるとあの円柱の舞台で女神達が歌っていたはずです。神官長もご存知ですよね?」
「あぁ。今回ハルデンツェルへ来たのはこの歌を見るためだったようだ。古くから儀式が伝わっていて神事が正しく行われているなら、ハルデンツェルの冬はこれほど厳しくならないのではないかと考えたのだ。ローゼマインは神事に強いので同行すれば何か発見があるのではないかと思い訪問させてもらったのだが・・・」
神官長の訪問理由を聞かされたギーべ・ハルデンツェルの顔が引き締まる。
「正しい神事が行われれば春の訪れが早まるということですかな?」
「可能性はある」
それまで静かに話を聞いていたお母様が口を開いた。
「それではローゼマイン様の言う通りハルデンツェルの女性達を女神に見立てて歌ってみましょう。何事も試してみなくては」
「おや、久方振りにエルヴィーラ様が歌を?」
「せっかくですからフェシュピールも拝聴したいものですな」
おじい様世代の貴族達が昔を懐かしむよう目を細めた。
ギーべ・ハルデンツェルもからかいを含んだ声で賛同する。
「それは良いな。其方とローゼマイン様にも舞台に上がっていただこう」
「わ、わたくしもですか!」
周りが盛り上がってしまい断れない流れになってる!神官長に助けを求める視線を投げてみたけど「興味深い。参加させてもらうと良い」とまさかの裏切りにあった。
何か変な現象が起こっても神官長のせいにしますからね!
お母様が突然フェシュピールを弾くことになっちゃって大丈夫?とお父様を見ると、むしろ笑顔だった。
「案ずるな。エルヴィーラの腕前はなかなかだぞ」
「嫁自慢ですかお父様」
思わずこぼれた言葉にエックハルト兄様が吹き出していた。周囲も微笑ましいものを見る空気になる。
機嫌良くフェシュピールを取りに行ったお母様を待つ間、騎士達の剣舞を見る。
「神官長も剣舞ができるんですよね?」
「騎士団に所属していたからな、当然できる。ここではやらないぞ」
「わかってますよ」
青色巫女見習い時代に義父様とお父様が見せてくれた剣舞も綺麗だったね。あの時は義父様が面倒くさくてイライラしてたからちゃんと見てなかったけど。
「お待たせしました」
奉納舞が終盤に差し掛かる頃、お母様が戻ってきた。
ギーべ・ハルデンツェルが「聖典の通り女性だけで歌を捧げてみよう」と言い演奏するお母様を紹介した。
ギーべ・ハルデンツェル夫人がわたしの手を取り台に上がる。
ちらっと神官長の方を見れば、何かを期待するような眼差しを向けられた。
いつもはわたしの非常識を責めるのに、今日はそれを待ってるみたいだよ!?
ギーべ・ハルデンツェル夫人が女性達に立ち位置の指示を出し、わたしは小聖杯のすぐ手前に配置された。護衛騎士のアンゲリカもすぐ傍で控えている。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
ハルデンツェルの女性達が立ち上がり歌が始まるけど、わたしはタイミングを逃して跪いたままだ。ど、どうしよう!?
「皆の祈りを届けましょう」
歌い終わり神に祈りを捧げるタイミングにわたしもやっと立ち上がり、一緒に両手を上げて祈りを捧げる。
「神に祈りを!」
ずわっと魔力が引き出される。足元の台に大きな魔法陣が浮かび上がった。
とっさに神官長に続けて良いのか視線で問うと、こちらに近付きながら頷かれた。
光る魔法陣が身長を越える高さまで上がるとピタリと動きが止まり、小聖杯に吸い込まれていった。
次の瞬間、女性達がバタバタ倒れていく。驚きの声が上がり、座り込む女性が続出した。
「ローゼマイン様、お体に異常は?」
「わたくしは大丈夫です・・・」
アンゲリカに声を掛けられ答えていると神官長が目の前に来た。
「ローゼマイン、どういう状況だったか説明できるか?」
わたしは首を横に振る。
お父様も近付いてきてわたしの無事を確認するとお母様の方へ向かった。
「エルヴィーラ、其方は無事か?」
「わたくしは何ともございません。フェルディナンド様この状態は・・・」
「奉納式と似た状態になっているな。下級貴族には負担が大きすぎて魔力が少なくなっている。回復薬を持っているものは飲ませてやりなさい」
神官長の指示に騎士達が慌てて回復薬を取り出し、動けないでいる女性達に飲ませ始めた。
「後のことは私とギーべ・ハルデンツェルが対応しよう。女性達は部屋に戻って休みなさい」
顔色の悪い下級貴族を帰そうにも、身分が上の者が動かなければ退席しにくいことを気遣ったのだろう。女性全員を帰すことで解決作としたらしい。
「フェルディナンド様、感謝いたします」
お母様がお父様にエスコートされて部屋に戻って行く。
わたしも神官長から飲んでおくべき薬の指示をされ、部屋で休むこととなった。