ハルデンツェルの春(5)

新しい素材を大量に手に入れた神官長は研究者モードになっているらしく、最低限の執務を終わらせると隠し部屋に籠りきりの生活が続いている。

あまりに長いとエックハルト兄様や神官長の側仕え達が隠し部屋の外から声をかけてほしいとお願いしにやってくるので、しぶしぶ引っ張り出すはめになっている。

いい大人なんだから、少しくらいほっといても大丈夫だと思うんだけど。
神官長の周りは、神官長のことが好き過ぎる人だらけなんだよね!



そして本日も、朝と昼の食事を抜いたことを心配する側仕え達にお願いされて隠し部屋へ声をかける。

「神官長、そろそろいい加減にしてください。新しい素材で遊ぶのが楽しいのは分かりますけど、周囲に心配かけすぎですよ!」
「・・・君か。ちょうどいい、入ってきなさい」

珍しく隠し部屋へお呼ばれされた。
この部屋はわたしの中で説教部屋と呼んでるくらい説教されることが多い場所なので、入る前につい警戒してしまう。

・・・何も問題は起こしてない、はず。


「神官長?食事は抜かないでくださいって何回言わせるんですか」
「回復薬を飲んだので問題ない。それより、これを味見しなさい」

水差しから杯に薬を注ぎ、わたしに差し出してくる。
見た目は今まで通りだけど・・・。

「ブレンリュースの実を入れて改良できたのですか?」
「その通りだ。充分に甘くなったのでこれなら文句もなかろう」

ちょっとドキドキしながら口をつける。
濃厚な果実の甘さの後にくる少しの苦味。
うん、これ子供用シロップの味だね!

「美味しいです、神官長!これなら抵抗なく飲めます。わたくしの分のブレンリュースの実もさしあげますから、これからも甘いお薬をお願いします」
「ふむ、まぁいいだろう」


水差しの薬を他の場所に移し、使った道具を片付けていく。机の上には切り刻まれた素材や色々と書き込んであるメモが散乱していて、実験を楽しんでいる様子が伝わってきた。

「ハルデンツェルに行った成果はありましたね」
「そうだな。儀式が成功したのは君の手柄だ。私だけではあのように円滑に正しい儀式を試してみようとはならなかっただろう」

今回はわたしやお母様達といった普段はいない身内がいっぱいいて、ハルデンツェルの貴族達の気分的にも盛り上がってたしね。
神官長が単独でハルデンツェルまで行って、舞台に上がるのは騎士じゃなくて女神だよって助言することを想像しても「では試してみよう!」にはならなそうだ。
神官長が胡散臭い目で見られて終わっちゃうよ。


「わたくしの神殿長の肩書きが役に立ったのなら何よりです。それで、結局のところ何が一番の目的だったのです?」

思いがけないことを聞かれたのか、神官長の目が微かに見開かれる。

「・・・ハルデンツェルにとって春の訪れを早めることは重要だ。そうであろう?」
「それはそうですけど、神官長が自ら動く動機としてはちょっと不自然でしたよ。素材採取も目的の一つでしょうけど、他にもありますよね?」

これはただの勘だけど。神官長にはもっと大きな動機があって同行を強行したんじゃないかな。


しばらく無言の時が流れ、もしかして深入りしてはいけなかったのかと冷や汗が出始めたところで、神官長が軽く息を吐いた。


「取れる時に、取れるところから、取れるだけ取っておくもの、だろう?」

それは商人の心得です!!

ハルデンツェルで何をそんなに取ってきたの?
雰囲気的に素材の話じゃないよね。
当然お金の話でもない。


「・・・それは頭に恩がつきますか?」
「よく分かったな、大変結構。ハルデンツェルを君の味方につけておくことは今後のエーレンフェストでの立ち回りに大きく関係してくるだろう」
「えっ!?わたくしのためだったんですか?」
「君と、ついでに私も少々恩恵をいただくといったところだ」

何のことかはよく分からないけど、神官長が色々考えて祈念式に同行したのは確からしい。


「ハルデンツェルはお母様の実家ですから、元々わたくしの味方なのでは?」
「味方が必ずしも君の思い通りに動いてくれるとは限らん。貴族ならば利益を考えて動くのが当然だからな」

それは分かる。わたしの味方と言っておきながら、わたしを傀儡にしたがってる人だっているだろう。
今回恩を売ったことでそういった事態を回避する道ができたってことかな?


「君は君の意志を聞いてくれる味方を増やさなくてはならない。司書になりたいと望むならな」

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