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もう一つの理由は、旧ヴェローニカ派の子供世代まで、ローゼマインに取り込まれてしまうことだ。ローゼマインにそんなつもりはなくても、ヴィルフリート様の側近として、危機感を覚えたのだ。
「ヴィルフリート様と同年代のマティアスとラウレンツが、ローゼマインを主に選んだだろう。あの二人は旧ヴェローニカ派の学生の中心的存在だった。学生達の支持がローゼマインに傾くことは予想が付いた。」
マティアスとラウレンツはかつてヴィルフリート様の遊び相手だったが、主にはローゼマインを選んだ。妹にはライゼガング系貴族という強力な後ろ盾があるというのに、旧ヴェローニカの次世代まで支持を始めたのだ。
「だから、子供の世代を取り込もうと思ったのか。」
「ああ、城の本館では貴族の視線に晒されるから、粛清で接収した家を借り上げて、子供達を住まわせれば庇護することが出来る。ヴィルフリート様に恩義を感じて、味方になってくれると思ったのだ。」
せめてフロレンツィア様に進言して頂きたかったのだが、ヴィルフリート様が最も信頼する古参の側近達、旧ヴェローニカ派の大人達は反対した。ヴィルフリート様自身が貴族達の悪意に耐え、毅然と前を向いていらっしゃるのに、臣下にする者達を甘やかしてどうする、というのが言い分だった。
「ヴィルフリート様は、その意見を取り入れた訳だな。相変わらず、おだてに弱い方だ。」
「アドリアン」
私は眉を顰めた。この同僚はヴィフリート様が甘やかされ、成長していないとして辛辣なのだ。流石に人前では言わないが、ここはフロレンツィア様の側近控室で、いつ他の側近が入ってくるか分からない。
同僚は肩を竦めた。
「古参の側近達は、ヴィルフリート様に耳触りの良いことを言って丸め込んだようだが、真意は違うだろうな。」
「真意?」
「バルトルトが名捧げをして、信用を得ただろう?古参の側近としては穏やかではなかったはずだ。それに旧ヴェローニカ派の子供達を庇えば、不正に関与していたのではと、疑われる可能性もある。主の利より、自分達の保身を優先したということだろう。」
ヴェローニカ様がヴィルフリート様に付けた古参の側近達は、ヴィルフリート様が廃嫡の危機に陥っても辞任しなかった。だが結束が固い反面、排他的でもあった。側近が増えても、ヴィルフリート様の信頼を得ないよう牽制していたのだ。
アドリアンの予想には、一理ある。私は反論できず、黙り込んだ。
「次期アウブの寵臣の座を渡したくなかったのだろうが、結局彼らのしたことは、自分に返ってきた訳だな。主あっての側近だというのに、主の立場固めを放置した結果、領主候補生の側近の地位さえ失うことになった訳だ。」
黙り込んだ私を見て、同僚は話題を変えた。
「結局、君の異母弟はメルヒオール様に仕えることになりそうだな?」
私は息を吐いた。
「そうなるだろうな。神殿では親しくして頂いているようだし、母親のトルデリーデも、ローゼマインよりはずっと受け入れ易いだろう。」
今となっては、あの時反対を押し切ってローゼマインの側近になったとしても、いずれ辞任するしかなかったのだ。ローゼマインが他領のアウブとなった以上、母親を捨ててエーレンフェストを出ていくことは出来なかっただろうから。
私も話題を変えることにした。
「あの子達が懐いてくれているのは、ニコラウスと共に家に招いたことがあるからだと思う。」
「家に招いた?旧ヴェローニカ派の子供達を?」
「ああ、アレキサンドリアの兄弟達に、こちらに残していった服の下げ渡しを頼まれたんだ。向こうは気候が違うから持って行っても着る機会が無いらしい。旧ヴェローニカ派の子供達は、一からあつらえるのは楽ではないからな。とても喜んでいた。」
気候が違うということもあるが、新領主と側近として、新しく大量に服を仕立て、存在感を示す必要もあったようだ。母上はアレキサンドリアの新しい服を見れないことを、随分残念がっていた。
「成程な。其方の兄弟ならローゼマイン様とエックハルト様、コルネリウス様か。男女とも質の良い服が揃っていただろうな。仕立て直せば十分着られるか。ローゼマイン様のご意向か?」
私は頷いた。
「ローゼマインは自分に仕えたがっていたニコラウスと、青色見習い達を気に掛けているからな。それに両親の意向でもある。父上が旧ヴェローニカ派のミュリエラと婚約したことは知っているだろう?」
私はリンクベルク家が、派閥争いが無くなることを望んでいること、旧ヴェローニカ派がライゼガング系や中立派と融和することを願っていることを話した。
「リンクベルク家としての意向か。ならば見習う貴族も多いだろうな。」
同僚は頷いた。
我が家は領主の傍系でかつ、ライゼガング、ハルデンツェル、グレッシェルという有力ギーベを縁戚に持つ上級貴族だ。ローゼマインを養女に出す前から影響力はあったのだ。だからこそヴェローニカ様は要である母上を追い落とし、家を乗っ取ろうとしたのだろう。
私達が夕食を取っていると、フロレンツィア様の筆頭文官レーベレヒトが入って来た。
「やあ、君らも夕食かい。私もご一緒していいかな。」
側近達は主の動向に合わせて、交代で食事を取るため、途中から一緒になったり席を立ったりすることになる。文官のレーベレヒトは社交場で情報収集でもしていたのだろう。
私達が席を勧めるとレーベレヒトの側仕えが準備し始めた。
「昨日は散々だったな、ランプレヒト。落ち込んでないか?」
レーベレヒトが面白がった顔で聞いてきた。昨日の晩餐会には彼も出席していて、私がさんざん親族に説教されるのを見ているのだ。
私は苦笑して言った。
「いつものことですからね。慣れています。それに、得難い忠告でしたよ。」
レーベレヒトは中々頭の切れる人物で、頭も固くないため親族の中では話しやすい相手だ。親しいという程ではないが、時々ためになる情報や忠告もくれる為、それなりに頼りにしている。だがヴィルフリート様が関わるときは傍観に徹して関わろうとしない。立場上難しいのだろう。
レーベレヒトは真顔になって聞いてきた。
「どうするかは決めたのか?やはり気持ちに変わりはないか?」
「正直なところ、迷っています。両親にも相談するつもりです。」
ごまかしても良かったが、私は正直に迷いが生じていることを告げた。親族は力になってくれることが多い、ごまかせば助力は必要ないと受け取られてしまうのだ。
レーベレヒトは頷いた。
「そうか。ならば言っておくが、辞任するとしても、後の事は心配しなくていいぞ。」
私は目を見張った。フロレンツィア様の筆頭文官であるレーベレヒトは、迂闊な事は言えないはずだ。それなりの根拠があるということだろう。
「そうですか。有難うございます。」
私は礼を言った。レーベレヒトが請け合ってくれたのなら、心強い。逆に言えば、早めに答えを出さなければならなくなった。
つづく