ふたりで行った海は、決して世界の果てではなかった。
おれたちの救いや絶望は癒着していない、ごく一般的に美しいものを尊ぶだけなら共感をもって並びあうときもあれど、違う個体の違う人間だ。どこを果てにするか、どこを中心にするか、数分語らえばその心のつくりがまるで噛み合わないことを、よく認識出来るだろう。
少しだけ遅く帰ろう、と言い出したのはおれのほうだった。大抵何か提案や誘いをかけるのはおれだ。
彼女が小さく笑って頷くのもいつもだ。ふたりで示し合わせて、支部長とレイジさんに「夕飯はふたりで食べて帰ります」と連絡を寄越した。まるで学校帰りのような雰囲気で。
海が冷たく感じられるようになったころ、おれたちは靴をはき砂を払い、海風でばさばさになった髪を手櫛でとかし、歩き出した。手をつなごうと言ったり求めたりする素振りはなかったけど、なんとなしに手を掴めば彼女はやんわりと握り返した。
「悪いことしてるみたいですね」
白けた太陽がやる気なく世界を照らす中で、彼女は朝と同じ言葉を口にした。
「そうかな、戦術的でしょ」
おれは知っていた未来の通り、同じ言葉で答えた。
おれを追いかけてボーダーに入ってきた、女の子。家族を殺され友人がさらわれ家が壊れたばかりの、小学生だった。歳が近い小南とはあっという間に仲よくなったが、彼女はどうにも強くなることに堅実すぎて、周りもよく心配していた。そんなに一生懸命戦う理由が、何にも無い、無くなった子だったから。
部隊の人間にはその能力を真っ直ぐ買われていたが、最近解散してしまった。短くない間戦歴を積んでいたけど、隊長の家族の都合があったらしい。「解散するかもしれません」と、半年ほど前に彼女が夕食の席でレイジさんにこぼしていた時にもうその未来は見えていた。部隊に愛着のある彼女は解散しなければいいと言外にあらわしていたので、おれは「解散しないといいね」と適当な言葉を繕った。
上手くいかないことがある。それは誰だっていつだってそうだ。でも彼女の場合、上手くいかないことを嘆くのも悔やむのも下手だから、しょうがなかった。解散したことを報告して、「エンブレムを支部のに戻します」と言う彼女は、どうにも上手に生きて死ぬことが出来ないようだった。
海沿いの歩道を歩きながら、見下ろす彼女の横顔は海を見ている。
まだ中学生の少女は、ブレザーを脱いでワンピースに薄いコートを羽織ると、随分大人のように見えた。身長が高く顔も大人びてはいるが、きっとそうではない。
「夕飯食べたら、少し休憩しようか」
声をかけると、海からおれへと視線を移した。暗い色の瞳はいつも僅かに伏せられている。
「はい」
何も、予想外のことはない日だ。
おれと彼女だけの時間に、おれの思い通りにならないことはないようだった。
夕飯を済ませたおれが彼女の手を引いた先は、休憩の出来る小綺麗なビジネスホテルだった。穏やかに凪ぐ海には似合わない、きつい光が入口を照らしている。彼女は「疲れちゃったんですか?」と静かに尋ねた。「少しね、トリオン体じゃないし」冗談めかして言うと、彼女は顔をほころばせてかすかに声をたてた。
年齢と名前を少しだけごまかして書いたチェックインのシートを覗きこんで、彼女はおかしそうに「お酒強いんでしたっけ、迅さん」と呟いた。「まぁまぁ、あんまり嗜まないだけだよ。そっちは弱いんだっけ?」とにやにやしながら返せば、「お、結構飲めますよ」と張り合ってきた。
「何が好きだっけ」
「ええと、あれ、カクテルとか」
「ふぅん。おれはビール」
「ビール!」イメージにあわない、と笑う彼女は随分晴れやかだった。
部屋は愛想のない色合いでまとめられていた。「ダブルベッドですか?」「ここしかないんだって」「なるほど」疑問も抵抗もない彼女とともに、靴を脱ぎベッドに寝転んで足をのばすと、疲労が四肢に杭を打つようだ。隣の女の子は早くも眠たそうにぼんやりしている。
細い手をとると、ばらついた前髪の隙間で瞳が笑う。
「きょうはどうしたんですか」
「何か変?」
「迅さんが、よくわたしの手をとってくれるから」
わたし、もうすぐ死んだりするんですか? と、彼女はあくまでも冗談として言った。もちろんそんなことはないので、おれは首を横に振って答える。サイドエフェクトが見せてくれたきょうは確定的に、平穏無事で何事もない一日だ。おれたちが三門市を離れて、何か起こるという可能性は万に一つもなかった。
だから今日連れ出した。
何も無い今日、彼女をここまで連れ出して、おれの言葉すべてに頷くことを知っていた。知っていた通りに動いただけの今、心臓は騒音をたてないがすこしだけ呼吸が速くなるような気がした。
「大丈夫、死なないよ」
「……迅さんが言うならほんとうですね」
「そういうこと」
彼女の手はあたたかかった。
生きている、人間の身体だった。
18歳と15歳/4月 崩れあう今日の骨
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→To Be Continued