昔からかくれんぼが得意だった。
その日も友達数人とかくれんぼをしていて、あと見つかっていないのはわたしだけだった。見つかった子達も鬼を手伝って、茂みの隙間に隠れているわたしを探していた。狭い公園だからそれほどかからずに見つかるだろうし、終わったらわたしの家に集まってお絵描きなんかしよう、と話していた。
突然大きな地鳴りがして、地面が揺れる。大量の葉が落ちてきて、頭を払っていると「地震?」「怖い」と不安げな友達の声がした。地面はまだ揺れている。地震にしては妙に規則的な強弱をもった揺れで、布に水が染みていくように違和感と不安が胸に広がった。「家に行こう」と友達が呼びかけているのに、漠然となにか怖くて、嫌な予感がして、茂みから出れなかった。
「名前ちゃんも行こう」
「――うん、今、」
行く、と言うより先に人の悲鳴が聞こえた。
公園の中じゃない。外だ。
(一人分じゃない)
思ったのとほぼ同時、地鳴りよりずっと大きな音を立てて目の前の樹が折れた。違う、なにかが無理矢理樹を踏み潰した。咄嗟に身体を折って小さくする。枝が折れる音がうるさくて耳を塞ぐ。
柱のような動物の足のようなものが、手をのばすとさわれそうなほど近くを踏んで、すぐに離れた。それは緩慢な動作で植え込みを薙ぎ倒して、どこかへ行く。
バリバリと枝木が折れる音に顔をしかめながら、息を殺してそれを見送り、ようやく茂みから公園の広場を覗く。
そこは模型を強い力で押し潰したような、酷く散らかった更地だった。
わたしは何が起きたのかわかっていなかった。
多分、わかっている人なんてそこにはいなかった。そもそも人がいない。かくれんぼをしていた友達の姿は一つとしてその更地になく、見渡しているうちに遠くない場所で複数の悲鳴があがった。どれも聞きなれた声だった。
悲鳴の方を見ると、さっきほんの数十センチ先を踏んでいったあのなにかが頭を出している。悲鳴をあげる友達に、わたしがなにも出来ないのはこれ以上なく明白だった。本能的に背中を曲げて茂みに頭を隠す。隠れて、生きて、どうすればいいのか考える。友達がどうなるのか考える。妥当な案は出てこなかった。
全部急に起きた。全部、理解し難いことだった。
(あれはなんだろう)
尋ねて答えてくれる人は思い浮かばない。答えてくれるような知識はわたしの頭になかった。図書室で読んだ恐竜の図鑑も、宇宙の解説書も、あんなものが突然公園を更地にするなんて書いてなかった。誰か知っているのだろうか。みんなの声が聞こえなくなっていく、その行き先を誰かひとりでもわかっているのだろうか。わたしは地面の揺れがあれの足音だってことしかわからない。
友達の悲鳴も、地鳴りのような足音も遠ざかってから、這いずるように茂みを出た。どこも怪我なんてしてないのに脚が震えるから、膝を殴って立ち上がる。
あたりには人の姿も、鳥の声も、あの影もなかった。
小枝を折る音ひとつにすら怯える胸を抑えて、公園を出る。広くない道路はほとんど瓦礫が覆っていた。わたしの家もある静かな住宅街は、分厚い壁の破片と粉々になったガラスが重なりあった景色に着せかえられていた。目を凝らすと、何体もあれと同じ影がある。空気が冷たくて耳鳴りがした。
「――おかあさん、」
口から声がこぼれるまま、歩き出す。思い当たる屋根と同じ色の破片や、折れ曲がった標識を目印に。その中に生きている人がいるのかもしれないなんて、その瞬間は考えられなかった。
いつの間にか、雨が降りだしていた。
家だった場所は案外早く見つかった。
玄関先に倒れている姿を見て、思わず声をあげた。呼びかけに答えないその人の腰から下は瓦礫が被っている。これを全部持ち上げて、とにかく病院に連れていこう。近くの診療所はだめかもしれないけど、市立総合病院なら平気かもしれない。何にせよ早くやらなきゃ。
雨に濡れたガラスを指先だけで掴もうとすると滑るから、ハンカチを右手に巻いて引っ張りあげた。左手が破片で傷ついたけど、出ている血の割に痛くなかった。あとでわたしも絆創膏をもらえばいい、と思って続ける。
屋根なのか壁なのかわからない瓦礫の隙間に手を突っ込んで、掴めた破片からどかしていく。わたしひとりじゃどうしても時間がかかって、人ひとり引きずり出せるようになる頃には雨も強くなっていた。どんな破片より重たい腕を引っ張って、精一杯抱えて歩き出す。総合病院の方向がわからなくて、なるべくガラスが落ちていない道を進む。
濡れたワンピースの裾が重たくて、泥と埃と血にまみれた左手に水がしみた。
□
生きてないものはもう助けられない。だから死んだものしかいない場所で出来ることは無い。倒すべきものも掴むべきものもなければ、この身体は飾りだ。
で、その子は生きていた。びしょびしょのワンピースはそれなりに綺麗なのに、人間を引きずる細い手は泥と血に汚れて酷い有り様だった。
見晴らしのよい場所からあたりを見回していたとき、市街地の真ん中を歩いているところを見つけた。声をかけると、少しきょろきょろしてからおれに気づいた。ぼんやりとこちらを見上げて「はい」と答える。
どこから歩いてきたのかはわからないけど、靴の汚れなんかからそう短くない距離だろうとは想像がついた。引きずられているのは大人、恐らく家族だろう。もう助からないことは見てとれたけど、それを引っ張っている子のほうはこのまま避難所まで連れていけば助かる。
「こっち、来れる? 病院まで案内するから」
「……おかあさんは」
手元を見て、不安そうに眉をひそめる。あからさまに慌てたり、動揺して泣いたりしない。小南程度の幼い女の子だろうにやたらと落ち着いていて、錯乱しているようにも見えなかった。
「お母さんも後から来れるようにするよ」
見える未来、彼女が今日明日に死ぬ可能性は低い。ひとつひとつの未来について考え込む余裕はないが、少なくとも今死ぬよりは生きた方がいい。
近くまで降りていくと、彼女はおれの目をまっすぐに見上げる。穏やかな色の瞳は海のようだ。こんな状況で、こんな場所で、生きていないものを両手に引きずる少女にしてはあまりにも凪いだ表情をしていた。
汚れた頬を雨が叩く。
「一緒に来れる?」
「――はい」
彼女は小さく頷いて、それを手放した。
15歳と12歳/あの日 蹲る昨日が刺す
(5/13)
→To Be Continued