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空は快晴。
新たな道へと旅立つ今日は、卒業の名に恥じぬ小春の日である。
式を終えた静かな大学のキャンパス。人の気配がない中庭に立つ桜は、穏やかな風に揺られていた。
卯月の初めに咲き散る花びら。今年は何故か、弥生の初めに花びらが舞う。
大地が鮮やかな薄紅に染まる中。華やかな色合いの袴に身を包んだ皐は、目の前に立つ大きな桜の木を眺めていた。
しかし、祝いの日であるにも関わらず、皐の瞳は切なくも悲しく、その表情は浮かない。
――また、繰り返すのね。
声なき声が響いて消える。
それは一体、ダレに対する言葉であるのか。
問いかける人がいない今、皐は静かに目を閉じた。
「センパーイ!!」
遠くから聞こえる高い声。
だんだんと近づく足音を聞き、皐はそちらへ視線を向ける。
見つめた先には、走り寄ってくる美しい彼女。長い黒髪を揺らし、かわいらしい笑顔を振りまき、花びらが舞う中を軽やかに走る姿は、まるで春が来た事を喜ぶ妖精のようだった。
「先輩、こんな所にいたんですね。も〜、あっちこっち探しちゃいましたよ」
少しだけ息を荒くし、すねた表情をしている彼女。かわいらしく怒る彼女を見て、皐は困ったような笑顔を見せる。
「ごめんなさいね。桜があまりにも綺麗だったから、近くで見たくて中庭の方に来ていたの。日本の桜を間近で見られるのも、今日が最後になりそうだから……」
「そう言えば先輩、卒業後はロスに行くんでしたっけ。先に言ってくれれば、私も最初から一緒に来たのに……」
溜息交じりに「先輩ったら……」と言う彼女へ、皐は切なげな笑顔を向ける。
だが、笑顔を向けられたはずの彼女は、目の前の桜を眺め始めていた。だからなのか、静かに向けられた皐の視線に気づかない。
桜が絶えず散る中で、長い黒髪を揺らす彼女。
それはまるで、一つの絵画のように。
薄紅色の花びらが、美しい彼女をより一層、美しくさせる。
「………………綺麗ね……」
ポツリと小さく呟く皐。
「そうですね……いつ見ても、ここの桜は綺麗ですね」
満面な笑みを浮かべながら答える彼女に、皐が小さく笑う。
「桜より、貴女の方が綺麗だよ」
「えっ!?」
大げさに驚く彼女は、みるみる顔を赤くさせた。
それがまた、愛らしい。
「い、いきなり何ですか先輩。桜よりって……それなら先輩の方が綺麗ですよ!!」
慌てる彼女がかわいらしくて、皐はクスクスと笑う。すると、彼女はからかわれたと思ったのか、大きな声で「先輩!!」と叫んだ。
「別に、着飾るとか、そんな意味で言ったんじゃなくて……」
頬を赤く染めながら怒る彼女に、皐はにこやかに告げた。
「ただ……貴女の雰囲気が、綺麗になったなって思ったの」
内側から輝く彼女のそれは、皐から見ても思わず目を細めてしまいそうなほどである。
幸せの中で生きている。
彼女が気づいているかは分からない。だが、隣から見ている皐からしてみれば、それが彼女の全身から溢れ出しているのが手に取るように分かった。
「そう、ですか? 別に、普通だと思いますが……」
「そう? だって貴女『私、幸せです!!』って顔してるもの。てっきり、卒業する私と会えなくなる事が嬉しくて仕方ないのかと思ったくらいよ」
「そんなわけないじゃないですか!!」
ムキになって怒る彼女と目が合って、二人で黙って見つめ合った後、どちらが先に沈黙を破ったのか、一緒になってクスクス笑い始めた。
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