好きって言ってもいいの?


 暖かい。


 何かに包まれている感覚がする。

 それは酷く安心できて、守られている様だった。


 そんな事を思いながら、皐は重い瞼をゆっくりと開く。

 ぼんやりとする意識の中で何度かまばたき、寝ぼけ眼をこすった。


「……んっ」


 いつもの様に時計を見ようとすれば、上から低い声が降ってくる。


「……?」


 それに疑問を抱いた皐がノロノロと視線を上げれば、視界いっぱいに赤井の寝顔が飛び込んできた。


「……っ!?」


 一気に眠気が吹っ飛び、身体がビシリッ! と音をたてて固まった。

 上げそうになった悲鳴を抑え、慌ただしく視線を彷徨わせる皐。

 そのおかげで、自分が赤井に抱き締められてベッドに寝ていた事が分かった。


 何がどうしてこうなったのか。


 眠る前の記憶が曖昧で、皐には見当もつかない。

 とにかく、彼の腕の中から抜け出ようと考えた皐は、自分の身体に絡んでいる筋肉質な太い腕を退かそうとするが。


 動かない。


 かなり力を入れているのだが、腕はピクリとも動かない。

 ならば、と思って腕の中から脱け出そうと身を捩るが。


 抜け出せない。


――えっ、これ、どうするの?


 自分の事なのだが、疑問符が脳内を埋め尽くす。

 いっそ、赤井を起こすべきだろうかと見上げようとしたところで。


「…………ククッ」


 低い笑い声が落ちてくる。

 驚いて見上げれば、笑いを堪えきれていない赤井の姿。


「……い、いつから、起きて……?」

「最初から、だな……」


 皐が恐る恐る尋ねれば、不敵に笑って答える赤井。

 今までの行動を思い返し、皐は顔を赤らめた。

 そのまま視線と顔を下に向け、表情を隠すように両手で顔を覆う。


「……お、起きてるなら、起きてるって言ってください」

「ああ。次からは気をつける」


 拗ねる様に皐が言えば、赤井は彼女の頭を撫でながら言った。





 ベッドから脱け出した二人は、ダイニングに場所を移動した。

 赤井はコーヒーを、皐は紅茶を飲みながら、どうして二人で同じベッドに寝ていたのかを話していた。


「お前さんが気を失った後、ベッドに運んだんだが……いつの間にか俺の服を掴んでいたようでね……」

「あの、もしかして……」

「ああ。何をやっても離さないから、そのまま一緒に寝かせてもらったよ」


 サラリと言われた言葉に、皐は酷い頭痛を覚えた。


「その……申し訳ありません」

「問題はないさ」


 苦笑しながら赤井が言うと、皐は自分の掌を見た。

 今は透けずにあるそれだが、また同じ事が起こらないわけではない。


「そんな顔をするな」


 言われて赤井の方を向けば、真っ直ぐな翡翠と視線が合う。

 その瞳は力強く、自信に満ち溢れていた。


「お前と手を繋ぐ事ぐらい、いつでも出来る」

「……はい。その時は、またお願いします」


 小さく微笑みながら言う赤井に、皐も穏やかに微笑んだ。





 その後、思わぬアクシデントがあったおかげで変装を解いた赤井に対し、もう一度変装を施しに来た工藤夫妻。


「ごめん、優兄。何度も何度も」

「皐が無事なら、構わないさ」


 有希子が赤井に化粧を施している間、皐と優作はダイニングで紅茶を飲んでいた。


「……優兄。私…………ずっと、優兄達に迷惑かけてたんだね」


 皐の身体が透ける事は、以前からずっとあった。

 今回、それを優作から聞き、皐は視線を落とす。


「ごめんなさい」

「皐が謝る事ではないよ。むしろ、謝らなければならないのは、この事を黙っていた私の方だ」

「そんな事ないよ」

「いや、そんな事あるんだ。知らなければ皐は帰らず、ここに居続けてくれるかもしれないと、思っていた……」


 結果、知ってしまった皐は酷い混乱状態に陥った。

 赤井がいなければ、そのままこの世界から消えていただろう。


「それはどうやら、間違っていたようだ」


 そんな事は、すぐに推理できた。


「間違ってなんかないよ」


 目を閉じて言う優作に、皐は困った様に笑う。


「もっと前から知ってたら、不安になる度に消えかけてた気がする。だから、調度良かったんだよ。それに……」


 必死になって手を伸ばしてくれた赤井を始め。

 涙ながらに抱き締めてくれた有希子。

 そして、皐の事を思い悩んでくれる優作。


 他にも、沢山の暖かい人が、皐の周りにいる。


「それに、どうしてここに居るのか、赤井さんや今の優兄の言葉を聞いて、分かった気がするから……」


 どうして、今まで気付けなかったのか。

 皐という存在を、こんなにも必要としてくれている人達がいた事を。


「大丈夫だよ、優兄。私はずっと、ここにいる」


 違う世界から来た事や、先を知っている事に対する使命など。

 自分はどうやら、事を難しく考えすぎていたようだ。


「赤井さんと約束したの。この家で、あの人の帰りを待つって」


 この世界の人と出会い、笑い合って、日々の生活を送る。

 平凡な理由ではあるが、それが一番、皐に合った答えだろう。


「……そうか」


 穏やかに笑う皐を見て、優作も彼女の変化に気がついたのだろう。

 優作もまた、フッと笑って皐を見つめた。


 この後、ゆったりと会話をしている義兄妹のところに有希子と沖矢が戻って来る。

 戻って来た後で沖矢が優作に対し「義妹さんとお付き合いしてもよろしいですか?」と尋ね、それを聞いた皐が飲んでいた紅茶を喉に詰まらせたのは、また別のお話。


好きって言ってもいいの?
(微笑む君と笑い合う)

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