目が合ったどころじゃない


 ふと目を覚まして時計を見ると、時刻は既に昼を過ぎていた。


 時計の短針を見ながらぼんやり思うのは、最近、午前中に起きられない事。

 半年くらい前はここまで眠気は酷くなかった。

 だが、新一がコナンになった時期から、少しずつ緩やかに眠る時間が増えてきている。


 これが一体、何を意味するのか。

 何となく、察しはついてる。

 しかし、皐はそれ以上の事を考えないよう、頭を左右に振った。


 もそもそとベッドから這いだし、うつらうつらとしながら着替えを済ませて洗面台へ。

 今にも閉じてしまいそうな瞼を軽く擦りながら、洗面台の扉を開ける。

 中をゆっくりと覗けば、そこには沖矢の姿があった。


「おはようございます」


 相も変わらず爽やかな笑顔。

 年頃の女性ならば、それだけでコロッとやられてしまいそうだ。

 彼のそんな表情を見る度、皐は眩しいなと思った。


「……おはようございます」


 軽く頭を下げると同時に、抜けきらない眠気が再び襲ってくる。

 そのせいで、グラリと皐の身体が傾いた。


「おっと……」


 直ぐに反応した沖矢のおかげで、崩れた身体は転倒せずに終わる。


「大丈夫ですか?」

「す、すみません!!」


 小さく笑いながら沖矢が皐に尋ねれば、慌てた様子で皐が謝った。


 何かの拍子に皐が倒れそうになり、それを沖矢が受け止める。

 この光景は、工藤邸に住む二人が揃うと必ずと言っていいほど見られる光景である。


 当事者二人――特に、沖矢の方はその事に慣れてしまったらしい。

 最近は皐の倒れる方をある程度予測する事が出来るようにまでなっていた。


 一方の皐は、沖矢に抱き止められる度に顔を赤くしている。

 なぜなら、皐はこの世界に来る前から、男性との付き合いが乏しい。

 優作の義妹になってからは、以前の世界よりも男性と接する事も少なくなった。


 そのせいか、彼に抱き止められる度に脳内ではパニックを起こしている。

 唯一の救いは、動作や表情筋が鈍いおかげで、恥ずかしがっている程度に抑えられている事くらいだろう。


「……っ」


 密着すれば、微かに香るブランデーと煙草。

 それは彼の爽やかな見た目とは異なっている。

 細身に見えて、それを裏切るかのような逞しさを持つ腕と体躯。


 そこまで考えて「変態か!」と叫びたくなる思考回路を強制的に切断する。

 そして、皐は沖矢の腕に手を置いて離れようとした。


 ――ところで、悲劇は起きる。


「新一!!」


 バタン!! と大きな音をたてながら、洗面台に勢いよく入って来た蘭。

 自分が考えていなかった光景を見てしまったせいか、次の瞬間、彼女は呆然とした。


 さて、ここで少し考えてもらいたい。

 人間とは時に、酷く偏った考えを生み出す動物である。


 前後の出来事を知る皐と沖矢は、倒れそうになった皐を沖矢が助けた結果がこの体勢。

 特に、これと言った問題はない。


「ちょっと、蘭。新一くんはいたの……?」


 次に、今、洗面所に辿り着いた園子の視点から考えてみよう。

 彼女は恋愛思考が強い少女である。

 皐が沖矢に支えられている現状は、沖矢が皐を抱き締めているように見えなくもない。


「うっそー……」


 その証拠に、彼女は今、頬を赤く染めて見つめている。


 さて、残る一人は蘭である。

 幼い頃から想い人でもある新一が、誰よりも見つめていた女性である皐。

 勿論、それを快く思わない時期も当然あった。

 しかし、皐が原因不明の過眠症を患っている事、いつ倒れてもおかしくない人物である事を知った。

 その時から蘭の中では、皐は嫉妬の対象から守るべき人に変わった。

 特に新一がいなくなってからは、その思いは強くなる一方である。


「貴方、誰?」


 鋭い視線を沖矢に向ける蘭。

 皐が沖矢に支えられている現状は、不審者が大事な人へ迫っているように見えなくもない。


 知り合いならまだしも、初対面。

 しかも、人様の家に上がり込んでいるこの状況から見て、蘭の脳裏にある言葉が過ぎった。


「まさか……皐さんのストーカー!!」

「「はっ!?」」


 驚いたのは無論、沖矢と皐の方である。

 何がどうしてこの状況で沖矢がストーカーになるのだろうか。


 時々、斜め上の方向に結論を出す蘭には、皐も何度か驚かされている。

 彼女が普通にいい子である事は否定しないが、時々過激になるのだ。


「えっちょ……!!」

「蘭ちゃん、待って!!」


 慌てる沖矢と、蘭に静止を叫ぶ皐。

 しかし、戦闘態勢に入った彼女を止める事は出来なかった。

 結局、沖矢は顎を下から蹴り上げられてしまう。


 弾みで沖矢から離れた皐は、蘭に抱き止められた。

 そのまま、庇うように蘭の背中の後ろに移動させられる。


「皐さん。離れてて」

「待って、蘭ちゃん!! その人、コナンくんの知り合いなの!」

「……え?」


 未だに厳しい視線を沖矢に向ける蘭へ、やっとの思いで伝える皐。

 彼女の動きが止まったと同時に、蘭の携帯が着信を告げた。





 コナンからの連絡で、沖矢がここに住む経緯を知った蘭と園子。

 洗面台からダイニングへと移動した皐は、不機嫌な蘭にお説教をされていた。


 ちなみに、沖矢は巻き込まれないようキッチンの方へ逃げたばかりである。


「いくらコナンくんのお願いとは言え、少し不用心だと思うんですが」

「うん……その、ね……困っていたみたいだったから……」


 苦笑しながら何とか誤魔化そうとするが、蘭の機嫌は一向に上向かない。


「まぁ、蘭。いいじゃない? 何かあったわけでもないし、あの人イケメンだし、優しそうだから、私は皐さんの彼氏かと思ったけど」

「園子……」


 同じようにダイニングにいた園子が、困り果てた皐を見て助け船を出そうとしたが失敗。

 そこから正味一時間弱は、蘭のお説教が続く事になる。



目が合ったどころじゃない
(抱き止めた報酬は、女子高生のハイキックとお説教)



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