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セイレーン

ロマンチックには程遠い



「松島渚、呼び出して。」

穏やかな昼休みの雰囲気が一気に緊張を孕んだ。
低い声で呼び出したのは、爽やかスポーツマンの風貌をしている三井寿。
しかし…それはここ数日のことで、その前は真逆の存在だった。
湘北高校でも1、2を争う不良集団の主格。
彼が入学した時はスーパースターだとかで騒がれていた。
けれど気が付けば髪を肩ぐらいまで伸ばし、高い身長をこれ見よがしに揺らしながら周囲を威嚇していた。
その彼が少し前にバスケ部と一悶着を起こしたらしい。
学内が騒然とした流血騒ぎが収まってみれば、何と三井がバスケ部に復帰したと言う。
幸いと言うべきか渚と三井はクラスが違ったため、『ふ〜ん、そうなんだ』ぐらいしか思っていなかった。
心配な点はあったが、不良とは関わり合いたくない。
それなのに何で!?
弁当を食べていた手から箸が落ちる程に動揺した渚の耳に、先程の低い声がもう一度自分の名を呼ぶ。

「おい、松島渚。いねえのか?」
「はっ…ハイ…」

入口付近に陣取っていた男子の一人が、緊張したように返事をする。
そして、渚の方を見た。
男子でさえまだこれだけ恐れているのだ、渚が怖くないと思わない訳がない。

「…松島。三井が、呼んでる。」

彼の目線に合わせて三井の視線も渚に突き刺さる。
無言で来いと顎をしゃくる同級生に、ひくりと口の端が引き攣った。

「渚、あんた何かしたのっ!?」
「何もっ!何もしてないよ!!と言うか、初めて会うし…多分…」
「…まさかの告白?」
「えっ…えぇ〜…」

冗談でもやめてよねと円香を睨めば、明らかに怖いより好奇心が勝った目で渚と三井を見比べてくる。

「松島っ、早く来いっ!」
「はっ、はいっ…」

苛ついた声に慌てて立ち上がり、及び腰ながら教室のドアまで近づく。

「あ…あの…」

渚が視線を合わせないように俯いていれば、三井がチッと舌打ちをした。

「…ついてこい。」

一言だけそう言うと、三井はずかずかと廊下を歩きだした。



松島渚は、湘北高校の中で有名人である。
柔らかそうな髪をいつも緩くお下げに編んでいる少女。
成績優秀で、もの静か。
友達が多いわけではないが、そうかと言って一人でポツンと座っているというわけでもない。
仲のいい人が何人かいる、所謂狭く深く友人を作るタイプ。
言動で目立つことのないはずの彼女がなぜ有名かと言うと、それは偏に容姿のせい。
白い肌、明るい茶髪。
長い睫毛に縁どられた、髪と同じ明るい色の目。
スッと通った鼻に、愛らしい紅唇。
スタイルも抜群とは言わないまでも男子ならそそられる、女の子にしてはほんの少しだけ背の高い細身の身体。
そんな彼女を青春真っ只中の男子が放っておくわけがない。
お決まりの『お前、この学校の中じゃ誰がいい?』の質問に、必ず複数回答されていた。
三井もずっと前から美人だという認識は持っていて、不良時代は仲間と『喰いたいよな』と軽口を叩いていた。
意外なところで接点があったことに驚いたが、目的は告白ではない。
余計な手間はかけたくないとばかりに、三井はさっと用件を切り出した。



「お前、図書委員だよな?」
「…はい。」
「今まで俺の代わりに貸出当番してたんだろ?」
「あ、うん…」
「じゃあ、これからもするよな?」

人目のない校舎裏に連れ出された渚は、切り出された話にキョトンとする。
短くなった髪をガシガシと掻きながら自分を見てくる三井に、ええと…と記憶を辿った。
昨日、図書委員担当の山田先生に呼び出された。
心当たりはなかったので何だろうと思えば、放課後の貸出当番についてだった。
三井のクラスでは彼がいない時に委員会決めがあったらしく、報復されるのを避けるためにクラスメイトは無難な図書委員を押し付けた。
委員会の方でも、適当に割り振った当番に彼がこないのは百も承知だった。
それでも誰もいないのは困る、と言うことで担当の山田先生に頼み込まれて渚が代わりに出ていた。
『三井が真面目に学校生活を送るらしいから、松島はもう来なくていい。』
山田先生は明らかにホッとしながら渚を見て言った。
松島も受験があるのに今まで悪かったなと言われて、水曜の放課後は諦めていた渚はラッキーと思った。

「…松島?」
「え…あっ…でも、三井君が出るからって…」
「俺、部活があるんだよ。今まで通り、出るよな?」
「や、あの…私も受験勉強があるし。それに、安西先生も『三井君がしますよ』みたいなこと、言っていたし…」

委員会担当の先生の横で恰幅の良い身体を揺らしながらホッホッホッと笑っていた白髪頭を思い出す。
しどろもどろになりながらも拒否を示した渚に、三井はぐっと言葉に詰まる。
安西先生の名を出されてしまって、無理やり押し付けることができなくなった。
どうしたもんか…と顎に手を当てて考える三井の頭に、ピンと閃きが走る。
ニヤリと笑って渚を見ると、どうだと言わんばかりに腕を組んだ。

「なら、賭けしねえか?負けた方が貸出当番をするってことで。放課後迎えに行くから、帰らずに待ってろよ?」

一方的に約束を取り付けると、三井はウキウキと校舎に戻って行ってしまう。
そして言葉通り、渚のクラスのHRが終わる頃には教室のドアのところで待っていた。
困惑したままの渚に体育館シューズを用意させ、三井は強引に部活へと引っ張って行った。


2013.05.15. UP




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夢幻泡沫