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セイレーン

お前に触れたがる手



どうして気合が入ってしまっているのだろう?
自分の浴衣姿を見下ろし、渚は先程からそんなことばかり考えていた。
一緒に行くと決まったとき、三井は『浴衣な』と当然のように言い放ってくれた。
…まあ、百歩譲って花火大会なのだからよしとしよう。
彩ちゃんも浴衣を着てくると言っていたし。
けれどこんなに飾りつける必要はなかったのではないだろうか?
軽く息を吐いて帯に挿んである香毬根付けと触ると、チリンと涼しい音がした。
頭に手を当てれば、すっきりと纏めあげた髪に挿してある簪に触れる。
下駄を履いている足は歩いても擦れないように鼻緒の下に絆創膏を貼ってあるし、ペディキュアもしてあったりする。

「…何を期待しているんだか。」

一人ポツリと呟いて、渚はギョッとした。

期待…?
何に?
…何を?

「…うそぉ…はぁ、分かんない…」

混乱する頭を軽く振ると、渚は俯いて三井達が来るのをひたすら待った。



「…さすが松島先輩。ヤローどもがほっとかないっすね。」

宮城の声が呆れを含んでいる。
途中で出会い連れ立って待ち合わせ場所に向かっていた2人の目は、そこで待つ渚を見つけた。
それはいいのだが、周りにいる男性達が余すことなく渚を見ているのだ。
盗み見るような人から、不躾なぐらい目を離さないような人まで…。
視線を下に向けている渚は気付いていないが、声をかけるべく動き出そうとする人までいる。

「あっ!あいつら、松島先輩に話しかけようとしてますよ。」
「んだと!?」
「いいんすか、三井サン?」
「チッ!」

ニヤニヤと笑いながら様子を窺ってくる宮城に忌々しそうに舌打ちをして、三井は渚の傍へ駆け寄った。

「松島、待たせたな。」
「…三井君。」

呼ばれた自分の名前に反応してパッと顔をあげた渚に、ドクンと三井の胸が高鳴る。
いつもとは全く違う雰囲気にのまれてしまいそうだ。
一方的に指定した浴衣を着てきた彼女に、嬉しさと独占欲が心を蠢く。

「早えな。」
「そんなことないでしょ?」
「早えよ。お前が一番だろ?」
「まあ…でも、そんなに待っていないし。宮城君と彩ちゃんは?」
「宮城は来る途中で会ってソコにいる。彩子は…ああ、来たぜ。」

カラカラと下駄を鳴らして走り寄ってくる彩子に、渚がうわぁと歓声を上げた。

「彩ちゃん、美人っ!すっごい色気っ!」
「…いやいや、『何を仰るうさぎさん』ですよ。渚先輩の方こそ美しさに磨きがかかっちゃって!!」

やだぁ〜!と互いに褒め合いをする渚達を尻目に、三井は宮城と視線を交わし合う。
考えていることはおそらく同じ。
その証拠に、宮城は軽く頷いてニヤッと笑った。

「ま、メンツも揃ったことだし行こうぜ。」

さり気なく渚の横を確保して、三井は屋台の方に歩き出す。
促されるように歩き出した渚から、ほのかな香りがフワッと漂った。



紺地に白群や天色などで模様が描かれている浴衣を纏う淑やかな姿。
いつもと違う髪形から見える項の白さ。
よく見ればうっすらと化粧をしている顔。
制服姿とはまるで違う渚に鼓動を乱されっぱなしだ。
浴衣や下駄のせいか普段よりゆっくり歩く彼女の隣で、三井は食い入るような視線を送り続ける。

「…あれ?彩ちゃんと宮城君は?」
「ん?あ、おぉ…はぐれちまったみたいだな。」

キョロキョロと周りを見て聞いてきた渚に、三井も合わせて視線をあちらこちらに向けてみた。
…本当は知っている。
渚が屋台を見ていた隙に宮城と示し合わせて離れたのだ。
これだけの人混みなのだから、逸れたとしても不思議ではない。
初めからそのつもりで、4人で花火大会に来ることを承知したのだ。

「どうしよう…連絡取れないよね?待ち合わせ場所、決めとけばよかったな…。」
「大丈夫だろ?あっちだって一応、宮城がいるんだし。」
「でも、一緒に花火見るつもりだから…」
「いいじゃねえか。この際、2人で見ようぜ?それとも、俺じゃ不満だってのか?」
「そっ、そんなことないけどっ!」

慌てて顔の前で両手をブンブンと振る渚に、思わず笑いが零れる。

「ははっ!顔、赤いぞ?」
「…三井君のせいだもん。」

クツクツと笑う三井を睨みながら、渚の心臓はドキドキ高鳴っていた。
そう、彼のせい。
顔が赤いのも、心臓がうるさいのも…。
タンクトップに半袖のシャツを羽織っているだけのラフな格好。
ユニフォーム姿で何度も見ているはずの腕が、やけに逞しく見える。
短髪が似合う整った顔立ちは、一般的に『格好いい』と女性に騒がれる部類に当てはまるだろう。
熱を持つ頬に手を当てて渚はプイと横を向いた。

「何だよ、怒んなよ。ほら、行くぜ。ハグれても知らないからな。」
「あっ、ちょっと待って!」

笑ったまま歩き出した三井を、渚は慌てて追いかける。
そのまま歩き続けるかと思っていたが、彼は少し先で立ち止まった。
ゆっくりと振り向いて、初めて会った時のように顎で早く来いと促す。
あの時とは違って笑っている顔が眩しい。
また一つ、渚の胸が高鳴った。


2013.08.14. UP




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夢幻泡沫